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七話 能ある妖は(5)

― 9.断罪する目 ―


 結局、黒髪切りの正体はわからなかった。

 一条達が駆けつけた時には、男の姿は無く、いくつか証拠となる品が残されているだけだった。


「ぞっとしたのは、女の黒髪が束になって保管されていたのを見つけた時ですな」


 一条は身震いする仕草で、その時の状況を語る。

 壁一面に吊された髪の束、そしてそれをよってさらに太い束にしたものが、しめ縄のように掲げられていたという。


「悪鬼妖怪の類ですな、あれは」

「そんなに禍々しい物ですかね?所詮は人間の髪でしょ」

「夭夭殿は見たことがないから、気軽に言えるんです。ありゃあ人知を超えた何かを崇拝するための儀式に違いありません。いやもう、遅かったのかも」

「髪を崇拝するなんて聞いたことがありませんけど…いや、髪をよって束に…道か、門だな。しかし、妖力がまるで足りない。違うか、一つである必要はないしな。もしかするとすでにいくつか…」


 唐突に、夭夭は自分の世界に入り込んでしまった。

 ぶつぶつと独り言を繰り返し、思案に暮れている。


「妖狐どの。夭夭殿は、いかがなされたんでしょうか」

「極まれに、頭を使う事があるんです。そうなると、あんな感じで周りの声が聞こえなくなります。だいたい一時間くらいでしょうか」


 ゆずと一条はなま暖かい目で、夭夭を見守った。

 むろん彼らが『やる気のない主だと大変だな、わかりますか』などと視線で語り合っていた事など夭夭には預かり知らぬ事である。

 その後、一条とゆずの間でいくつか情報の交換をし、後日改めて事情聴取を行うことになった。


 柚木神社へと帰る道すがら、ゆずはちょくちょく夭夭の様子を窺っていた。

 何となく解決してしまった事件のせいで、再び怠惰な日々に戻るつもりなのだろうと思っていたのだが、どうやらそんな顔つきではなかった。


「ゆずさん」

「は、はいっ」


 夭夭がいつになく真面目で真剣な口調だったせいで、ゆずの声はうわずってしまった。


「色々情報を整理して考えてみたんですが」

「はい」

「どうも二つの勢力が動いているみたいなんですよ」


 夭夭は右手と左手の人差し指をそれぞれ立てた。


「あ、一つはわかりますよ。例の『蜜柑色のリボンで、長い黒髪の女』のいる勢力ですよね」

「はい。そしてもう一つが今回黒髪を集めていた方。この二つが相反する勢力だというのは今回の事件でわかりました」

「蜜柑の女が、黒妖狐を使って邪魔したからですか」

「そうです。実際に本拠地を突き止めましたしね」


 どのような理由で対立しているのか、もしくは蜜柑の女の勢力だけが一方的に邪魔をしているのか、全く不明だ。

 普段であれば、こうした面倒な案件には首を突っ込まない夭夭なのだが、今回ばかりは無視できそうになかった。


「そのうえ多分、蜜柑の女性側には、サナ江さんが絡んでます」

「サナ江さんって、生きているかどうか怪しいはずでしたよね。なにか根拠でもありましたか」

「黒いドロドロなんですけどね、この短期間で異常なほど力を付けていると思いませんか」

「そういえば」

「サナ江さんが研究していた分野なんですよ、妖の改変。ドロドロは間違いなく改変されていますね」

「改変?妖を改変って、どういうことですか」


 ゾクリとするほど、冷たいゆずの声が聞こえた。

 予想していた反応とはいえ、背中を嫌な汗が伝っていた。だが、この話は避けて通れない。

 たとえ、ゆずの怒りに触れたとしても、隠しておくわけにはいかないのだ。

 静かな夜道で、夭夭の喉が鳴る音が大きく響いた。


「妖そのものの性質が変わるんですよ。そのかわり特殊な力を得ます」

「へえ、当然本人は同意の上なんですよね」

「いえ意思は確認していないと思います」


 ゆずの返事が一拍遅れる。

 無理矢理妖の体を作り替えるという行為に、たとえようもない怒りを感じているのだろう。

 冷たさから一転、燃えるような熱さを感じる。


「それで、まさか夭夭さんはその事を知っていたんですか」

「師事していましたからね」

「それは、改変に関わっていたということですか」


 柚木神社へ向かう石段の裾で肩から飛び降りたゆずは、じっと夭夭を見上げた。

 練り上げた妖力は刃物が、尾に集中している。

 返答如何によっては、許さないという事だろう。

 

 夭夭は、一度大きく深呼吸をすると、ゆっくりと膝を折ってしゃがみ込む。

 目の前には、澄んだ目を向けてくるゆずが居た。


「ええ、関わってました」


 直後に、黄金色に輝く尾が刃となって夭夭の首へと振り上げられた。



― 10.深める ―


 ピタリと止まったはずの刃は、勢いを殺せず夭夭の首を裂いていた。

 なま暖かいものが首を伝う感触は、思ったより気持ち悪いなと思いながら、夭夭の手はゆっくりとゆずへと向かっていった。


「どうして、どうして避けないんですか」


 ビクリと体を震えさせながら、それでもゆずは抗うことなく夭夭の手を受け入れていた。

 ああ、妖狐も涙を流すことがあるのかと、驚きながらその頭を優しく撫でる。


「まあゆずさんの手にかかるなら、それでも良いかなと思いました。あ、手じゃなく尾ですか」

「つまらない、です」

「うぐ」


 少し傷ついた顔で、優しくゆずを抱き上げた。


「関わっていたのは本当なんです。でもね、私は逆の事をしていたんですよ」


 胸に抱いたゆずの顔が、ゆっくりと持ち上がる。

 ああ、撫でると耳がピコンと跳ねて可愛いなあなどと、余計な事を考えながら、かいつまんで説明することにした。


「私は、改変された妖を元に戻す事をしていたんです。おかしいでしょう?師事したサナ江さんに隠れて、影でコソコソと正反対の事をしていたんです。結局最後はバレて大喧嘩、即破門ですよ。まあ直接の原因はサナ江さんの研究施設を全壊させたことですけどね」

「夭夭、さんが?」

「良くも悪くも、若かったんですよ。研究の理由をもっと掘り下げて聞き出して置くべきでした。ただ、当時は感情がね、爆発してしまいまして。てんてんの部屋から持ち出した道具を使いまくって、大暴れです」


 例え正義が夭夭にあったとしても、正三位のサナ江に手を上げたことは解師協会にとって許されざる行為だ。

 結局この騒動が原因で、夭夭は序列から外れる事になった。


「そんな感じで、今はしがない骨董店兼、自由契約の解師なわけです」

「ごめんなさい。私、早とちりしたんですね」


 夭夭の腕の中で、ゆずが小刻みに震えていた。


「いいんです、どんな形にしろ、関わっていたのは間違いないんですから。殺されても文句は言えません」

「私、夭夭さんが妖の体を好き勝手に改造していたらと思ったら、悲しくて恐くて、ぐちゃぐちゃになってしまって」

「そんな事、頼まれたってするもんですか」


 ゆっくりと、時間をかけてゆずの首の後ろをマッサージする。

 落ち着くまで、何も言わず待った。


「私、お役目失格ですね」

「なあに、気にすることありません。先々代なんて、てんてんに八度殺されかけてますから」

「えっ、そんなに?」

「はい、ちゃんと記録が残ってますよ。そうやって、絆を深めていってるんです」

「き、絆」

「だからゆずさんも気にする事はありません」

「きずな…夭夭さんと絆…」

「むしろこうして昔のことを話す機会がなかったのが、申し訳ないというか…あれ、ゆずさん?」

「深い絆って、もしかして、ああいう事とか。妖狐なのそんなこと、あでもてんてんさんが以前つかったクスリで…」

「ゆずさーん、戻ってきてくださいってあれ?あ、あれれ、なんか意識が…遠く?」

「きゃーっ、夭夭さんっ!?」


 失血のしすぎで意識を失った夭夭は、運んでくれた宮司から酷く説教を喰らい、一週間の謹慎を申し渡されたという。

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