七話 能ある妖は(4)
― 7.つばぜり合い ―
「放せっ、放せよこの野郎」
麦穂から発せられた金色の縄によって捕縛されたのは、黒い体毛の妖狐だった。
何とか抜け出そうと口汚く罵り大暴れしていたが、麦穂の縄は暴れるほどに妖狐をきつく締め上げていく。
同時に妖力も強制排出するというオマケ付きの、極悪非道な道具だ。
妖狐がすっかり動けなくなるのに、そう時間はかからなかった。
「そろそろ大丈夫ですかね」
念のため十字架に手をかけながら黒妖狐に近寄り、じっくりと観察する。
「うーん?」
恐る恐る、しかし全身を隈無く観察した結果、首を捻らざるを得なかった。
「どう見ても一尾ですよねぇ、ゆずさん」
「はい、まごうことなく一尾ですね、夭夭さん」
二人はお互い見つめ合ったまま、困惑の表情を浮かべる。
先程ゆずと渡り合った速度からして、少なくとも三尾はあると思っていたのだが、まさかの一尾である。
妖狐の間で尾の数はとても重要だ。
一尾違うだけで、実力にはそれこそ雲泥の差が生じる。
「一尾の妖狐では、ありえない速度と威力でした。わさび程度の力があるんじゃないでしょうか」
「わさびさん、確か四尾でしたよね。それほどですか」
「あの子は猪突猛進型ですからチョロいですけど、こっちの彼は待ち伏せする程度の知恵があるので厄介ですね」
「彼?ああ、男の子なんですか」
口で麦穂を噛み切ろうと、弱々しくもがいている妖狐を改めて観察をする。
性別はわからなかったが、その代わりに全身を覆う黒い毛に異質な感覚を覚えた。
「あ、この感じなんか以前会った事があるなあ」
「黒いドロドロですか」
「そうそう、それ。随分洗練された物になっていますけどね。ほとんど同一化しているし、別物に近いくらいです」
かつて対応した黒いドロドロが対象者の精神を喰らい、体を崩壊させていったことを考えると、正常な意識を残している時点で格段の進歩である。
その上、上乗せされる力の幅も広がっているようだった。
「でも夭夭さん、意識が残っているせいで凶悪さは薄らいだ気がしますよ」
「確かに。まあ詳しく聞きたい事はたくさんありますけど、その前にそちらのお嬢さんを連れ出しましょうかねぇ」
「あらら、気絶しちゃいましたか」
安堵感からか、清音はいつのまにか崩れ落ちていた。
そして意識を失った人間を運ぶのはとても大変なのである。
格好の良いことを言って担ぎ上げた夭夭だったが、わずか数歩で根を上げ、早々に救援を要請したのであった。
「いやはや、流石は天下一の解師ですな、夭夭殿」
「嫌味ですか」
一条とその部下達に手伝ってもらい、なんとか清音を運び出した先で一服していた。
幸いなことに清音の身体に外傷らしきものは無く、気が付けば事情が聞けるだろうということで、今は部屋で横にされている。
「ははは、人間ってやつは意外と重いもんですからな、気にせんでいただきたい。それよりも早期解決にご協力をいただき、感謝します」
「協力?強制の間違いじゃありませんか」
「とんでもない事です。善良なる市民の義務ですな」
「へぇ、それじゃ義務を果たした我々は、もう失礼して構いませんよね。ではでは」
立ち上がろうとした夭夭の腕が、ガッシリと大きな手によって掴まれた。
振り返ってみれば、一条が真剣な顔つきで見つめている。
「本件は、我々の管轄外でして」
「ご冗談を、傷害事件ですよ。もしかしたら殺人だ。どう考えてもそちらの領分でしょう」
「確かに犯人が人間であれば、我々の仕事ですな。しかし、妖は対象外です。妖狐なんぞ我々の手には負えませんし、逮捕もましてや事情聴取なんて不可能です。こりゃ解師協会の仕事ですよ」
「そりゃそうでしょうけど、被害者は人間ですよ」
「加害者は妖ですな」
バチバチと二人の視線が交錯し、火花を上げている。
「どちらにしろ、私は解師協会から依頼を受けたわけじゃありません。協会を通して正式に依頼してください。誰か非番じゃない者を寄こすでしょう」
「あれ、夭夭殿は非番ではないと」
「仕事着に見えます?」
「いやあ、解師の皆さんは自由人ですからなぁ。あ、そうそう。実は先ほど部下が解師協会さんへ問い合わせをしてきましてな」
ペラリと目の前に、契約書の写しが広げられる。
そこには、夭夭が髪切り事件の対処を引き受けた旨がかかれている。
どこまで用意周到な男なのかと、内心舌打ちをする。
「今回の傷害事件、あきらかに髪切り事件の一環ですな。第一被害者が関係しているわけですから」
「いや、全く別という可能性もあるかと」
「ご冗談を」
またもしばらく睨み合いが続いたが、先に夭夭が折れることになった。
いずれにしても、清音という第一被害者には話を聞きたいと思っていたのだから、考えようによっては渡りに船だ。
それにあの黒い妖狐の存在も、放置は出来ない。
多分に面倒な事が増えそうだが、引き受けた方が益が大きそうだと打算も働いた。
「はあ、わかりましたよ。じゃあ部屋を一つ借りますけど、良いですね」
「どうぞ、ごゆっくり」
連れ込み宿の店主じゃあるまいしと心の中で毒づきながら、まずは黒い妖狐から話を聞くことにした。
― 8.告白 ―
黒妖狐への聴取は、清音の回復を待ってから行った。
どうみても彼女を護っている様子だったので、話を聞くには彼女の存在が不可欠だと判断したためだ。
そして今、黒妖狐は起き上がった清音の膝の上で丸くなり、尻尾をぱたぱた振りながら上機嫌で応えている。
「最初は、チクッとした程度だったんだよ」
黒妖狐は、最近妖の間で噂になっているという『マシマシ屋』を訪れたという。
色々な力を増し増ししてくれるという、謎の女性が経営する屋台で、気まぐれに店を開くものだから、噂が噂を呼んで幻の屋台と呼ばれている。
運良くその『マシマシ屋』と出会えた黒妖狐は、願いを叶えるために力を欲した。
「大切な人を護れる程度の力が欲しいって、お願いしたんだ」
「蜜柑色のリボンで、長い黒髪の女でしたっけ」
「うん、そう。で、そいつの持っていた注射で背中を刺されたんだ。チクッとした後、自分の力が恐ろしい勢いで吹き出してきた」
「なるほど、しかしどうしてそんな事をお願いしたんですか?」
「清音を傷つける奴が許せなかったんだ」
黒妖狐は、むかし清音に助けられた事があるという。
野狐である以上、様々な妖と諍いになる事が多い。
ある時、格上の妖と争って傷つき、妖力も尽きようかという時、幼い頃の清音が偶然居合わせた。
その時無言で差し出された飴を食べた黒妖狐は、妖力が回復して一命を取り留めた。
こうして清音に恩を感じていた黒妖狐は、髪を切られたり馬鹿な跡取りに迫られている窮状から救い出してあげたかったのだという。
「飴で妖力回復?そんな事できるはず…いや、もしかして、いやいやあの一族は…」
「なんです、夭夭さん。聞いたことあるんですか」
「随分前にお家騒動で血族が絶えた『薬回し』という一族がありましてね、その一族が妖力を回復する術を持っていたと聞いた事がありますが…生き残りはいなかったかと」
清音に視線を移すと、そっと俯いて目を逸らした。
どうやら、生き残りはいたようだ。
「すみません、何も言えません」
申し訳なさそうに呟く清音の手は、小さく震えていた。
薬回しの一族については、直接事件に関係が無いと思われたので、夭夭もそれ以上突っ込んで質問することはなかった。
「まあいいでしょう。しかし、そうすると清音さんの髪を切ったのは誰なんでしょう。そこの妖狐君で無いとすると、真犯人がいるはずですが」
「あ、俺知ってる」
黒妖狐から意外な言葉が飛び出した。
清音の髪が切られた後、どうしても許せなかった黒妖狐は、しばらく街を巡視していたらしい。そして五人目の被害者が出たところで、ようやく正体を掴んだという。
「いやあ、人間とは思えない速度だったよ。神業っていうのかな」
何らかの技を持った人間、ということらしい。
その男の名前も目的も不明だったが、住まいは突き止めたという事なので、すぐに一条へ伝えた。礼もそこそこに飛び出していく一条とその部下達を、笑いながら見送っていた夭夭だが、はたと重大な事実に気が付いた。
「あれ、こっちの後処理は誰がやるんだ…」
残された駐在の若い男が、戸惑いながらへらりと笑みを返した。
とても厄介な病気になってしまいました。
気持ちの浮き沈みが激しすぎて、暫くは遅筆になりそうです。
申し訳ありません。




