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六話 白い夏と黒い海(7)

― 13.衝突 ―


 踏み込んだ夭夭の足から、湖面に伝わる波紋のように妖力が広がる。

 その力を増幅するように青坊主が四股を踏んだ。


 ずん


 妖力が神力へと昇華し、赤口へと襲いかかった。

 まともに受ければ、いかなる妖とても無事ではすまないだろう。

 だが、吟目はすでに行動を起こしていた。


「さらに七つを解放する」


 籠手が怪しく光ると、顔以外を構成する赤口の闇が倍ほどの大きさに膨れ上がった。

 闇は神力の波紋を受け、それを相殺する。

 ぶつかり合った力は若干青坊主の方が勝っていたようで、わずかに赤口の闇が霧散して縮んでいた。


「くそっ、七つで足りねぇとかどうなってんだ」

「ちぅ、魂の数で増幅するとか、反則じゃありませんか」


 どちらも同じように舌打ちをしているが、結果とは裏腹に夭夭の方が危機感を覚えっていた。。

 魂を豊富に保持する吟目が、なりふり構わず解放すれば確実に力負けするということがわかってしまったからだ。


 全力を使われる前に叩き潰さなければ、殺される。


 夭夭はそっとゆずに耳打ちする。

 頷いたゆずが、ひょいと肩から飛び降りて離れると、姿を消した。


「相棒を逃がすとは余裕だな」


 皮肉を飛ばしながら、吟目は籠手を赤口に向かって伸ばす。

 さらにいくつかの魂を開放したようだが、もちろんその数は口にしない。

 それが勝敗に繋がることを知っているからだ。


「そんじゃ、一発キツイのをお見舞いするかねぇ」


 先程よりもさらに大きくなった赤口の身体から、朱い舌が見え隠れしている。

 完全に殺しに来ている吟目に対し、夭夭もまたギアを一つあげていた。


「そう簡単にいきますかねぇ。我、八尺(やさか)の勾玉を献上す」


 珍品揃いの『てんてんの部屋』から持ち出した、珍しくまともな道具である。

 三種の神器が一つとして有名な八尺瓊勾玉を模して作られたとの但し書きがあったが、相当に怪しいものだった。

 まず大きさがおかしい。

 夭夭が懐から放り投げた途端、小学生くらいの大きさとなって地面に突き刺さった。

 

 だが、次に起こった出来事はそんな事実をちっぽけに変えてしまう。

 ほとんど自分の身長と変わらない青坊主が、勾玉を嬉々として片手で持ち上げると、大きく口を開けて蛇のように丸呑みしてしまったのだ。


「おえっ…なんだそりゃあ。気持ちわりい」

「大きなお世話です、よ!」


 夭夭の右手に反応して青坊主が張り手を繰り出す。

 勾玉によって巨大な神の手に戻ったそれは、正面から赤口の闇にぶつかり、跳ね返される。

 ほぼ互角といった所だ。

 構わず青坊主が張り手を繰り返すと、それに合わせて赤口も相殺してくる。


 じれた青坊主は、一気に勝負を決めようと首投げを狙う。

 実体が顔しかない赤口を投げるには、それしかなかったのだが、これが悪手となった。

 

「そいつを待ってた」


 吟目の言葉通り、直接接触されるのを待っていた赤口は、長い舌を青坊主の体に巻き付け、投げ飛ばされるのを防ぎつつ、霧状の体を使って青坊主を飲み込んでいった。

 驚いた青坊主が、再び四股を踏んで拘束を解こうとし、吹き飛ばされた赤口の霧と神力の波紋が混じり合って目も開けられない状態になる。


「うげっ、くそ、なんだこりゃ、べっ」

「っと、危ない」


 突然視界を遮られ、とっさに顔を覆って混乱する吟目とは対照的に、夭夭は多少体を揺すられた程度で持ちこたえた。

 だが赤口の優位が揺らぐことは無い。

 何度か大地が裂けるような振動が続き、やがて青い光が弱り出す。


「まずい!戻ってください」


 夭夭の叫びが聞こえると共に、赤口に取り込まれる寸前だった青坊主の体が消える。

 ギリギリ間にあったと安堵するが、目前の脅威は倍増しだ。


「勝負あったな、糞餓鬼」

「…くそ」


 赤口の横で腕を組む吟目は、悔しそうに唇を噛む夭夭を見て、優越感に浸っていた。

 青坊主が顕現された時には内心動揺していたが、惜しみなく手持ちの最強札を切ったのが奏功したと自画自賛する。


 杏奈を完全に蘇生させるため、禁術に手を出して解師から追われた事も、滅師として数々の妖を屠ってきた事も、全て今日という日のために必要だったのだと独り感傷に浸っていた。


「俺は、ようやくたどり着いたんだ、杏奈。待っていてくれ、こいつで…こい…あれ?」


 懐に入れた手が慌ただしく動き回る。懐中を探し、袖口を漁り、あたりの地面へと視線を這わし、そうしてようやく気が付いた。


「捜し物は、コレですか?」


 ゆずが啣えている巻物を、受け取った夭夭は、地面と水平にスッと腕を伸ばす。


「おま、何す―」


 吟目の目が見開かれている。

 そして手から巻物がスルリと解かれた。

 叫び声が聞こえた直後『ゆずカッタア』が一閃した。



―14.ペテン師 ―


「やめろおおぉ!」


 中程から切断された巻物から、眩い光が発せられると、青白い何かが一気に溢れ出し、天へと消えていった。

 これまで吟目が籠手から解放したような魂とは一線を画す、一つ一つが膨大な妖力を持つ妖の魂であった。


 それが、次々と空へとあがっていく。

 悲痛な叫びを上げ続ける吟目の目前で、最後の魂が昇天していく。

 彼が全てをなげうってまで集めた百と九の魂が、あっけなく消え去っていく様を、呆然と見続けるしかなかった。


「ゆずさん、危険なことをさせてしまって…すみませんでした」

「いえ、ぜんぜん。余裕でしたよ」


 ゆずは、悠然と構えているようにも見える。

 ただ、夭夭同様に顔はひきつっていた。


 目の前の男から立ち上る狂気が、目に見えてドス黒くなっていくのがわかる。

 もはや人間とは思えないほど、いやすでに人間をやめているのかもしれない。

 ドロドロの狂気が、赤口をも取り込むかのように、立ち上っていく。


「てめぇら、もう餓鬼の悪戯じゃすまねぇぞ」


 口から泡を吹き、ブツブツと小声で呟いていた吟目だったが、突然籠手を取り外すと、勢いよく地面に叩きつけた。


「ははは、そうか、そうか。邪魔をするのか。邪魔をするやつは全部殺してきた、そうだよ、また一から集めればいい、こいつら殺して、まずは二つじゃないか!そうさ、時間はあるんだ、あは、あははは」


 そして狂気は収束した。

 吟目の低い声があたりに響いた。


「五十の魂、全てを吟目に解放する」

「ごっ…自分にって、お前!」


 絶句する夭夭の前で、吟目の体と妖力が膨れ上がった。

 悪意と狂気の塊となったその姿は、かつての闇に落ちた鎮守を思い出すほどに邪悪だった。

 吟目は眼窩の奥で光る朱い目を赤口へと向ける。


「おまえも、よこせ」


 掴めるはずのない赤口の身体を掴み、ずるり、ずるりと口元へ引き寄せていった。

 喰われまいと暴れる赤口だったが、身体が半分ほどが吟目の口へと消えている。

 空気を引き裂くような悲鳴が響き渡る中、夭夭はゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「これは、もう人の手に負える段階を超えてますね。ゆずさん、柚木神社に戻って神力を授かってきてください」

「何言ってんですか。どう見ても、そんな余裕ないでしょう!」

「なんとか戻るまで時間稼ぎしますって」

「できるわけありません」

「もう赤口が全部喰われちゃいます、早く行ってくださいってば」

「お断りです!一人だけ格好付けようったって、そうは問屋が卸しトンカツです」

「大人しく行かないと、放り投げますよ!」

「ばかばかしい、ぜったい離れるもんかっ」


 ゆずを掴もうとした夭夭の手を、ガジリと啣え、全身でしがみつく。

 爪が腕に食い込んで放さない。


「ゆずさん、いい加減にしないと―」

「なぁに、喧嘩すんなよ。どっちも逃がさねぇからよ。仲良く、シネ」


 振り返ると、完全に赤口を摂取し終えた吟目が、立っていた。

 その声は擦れ、妖特有のねっとりした響きを含んでいる。

 ここまで強力な妖が生まれると、周りの空間が歪み始めるせいだ。


「ああくそ、アンナ…アンナ、アンナ、アンナ!」


 譫言のように妻の名を呟き、そして狂ったように頭をかきむしると、今度こそ明確な殺意を夭夭達に向けてきた。


「くたバれ」


 なんとかゆずだけでも護ろうと、夭夭が背を向けてかがもうとした時だった。

 異国の神をたたえる祝詞が聞こえてきた。


 咄嗟に声の主を探すと、三科に寄り添われて立つ杏奈の姿があった。

 手に持っているのは十字架(ロザリオ)だ。


「…険しい上り坂に従って行くためにえらばれた事を…」


 杏奈の言葉が一つ紡がれる度に、吟目が苦しんでいくのがわかる。


「罪人なる我らの為に、今も臨終の時も祈り給え」


 杏奈が十字架(ロザリオ)で十字を切ると同時に、吟目の身体が崩れていく。

 

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