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六話 白い夏と黒い海(3)

―5.貝殻の上で朝食を ―


 翌朝、慣れないふかふかのベッドから身を起こした夭夭は、寝ぼけ眼のままパジャマからラフな普段着へと着替えた。

 麻のシャツに黒のスラックスという、およそ普段の夭夭からは考えられない服装をしている。

 夭夭は和服が似合うと思っているゆずとしては、面白くない。


「その格好、杏奈さんを気遣ってます?」

「まあ、そんなところです」


 洋風の街で和服が目立ちすぎるというのも理由の一つだが、これを着ると杏奈が喜ぶからというのが本音だ。

 支度を終えて一階に降りていくと、裏庭から夭夭達を呼ぶ声が聞こえてきた。

 足を向けると、庭に置かれた巨大オブジェの上でリンゴを持った杏奈が顔を出していた。


「相変わらず、変な所で食べるのが好きですね」

「失礼ね~、夭ちゃんは、とっても失礼よね~」


 真っ白な螺旋階段をあしらったオブジェは、貝殻のようにも見える。

 何故あるのか判らないこのオブジェの上で、杏奈はよく朝食を摂っていた。

 

 ぐるり、ぐるりと上ってたどり着いた頂上部は、小さなピクニックの様相であった。

 どうやって持ち込んだのか、バスケットにはサンドイッチや果物があふれており、杏奈の手にあるティーカップには三科の手から紅茶が注がれている。


「三科さんまで一緒に、何やってるんです」

「それはまあ、執事ですから」

「そのテーブルと椅子、よく運び込みましたね」

「特級執事に不可能はありません」

「え、執事って階級あるの」

「有ると良いですなぁ」

「三科さんの妄想ですか」


 朝からペースを乱される夭夭だったが、杏奈と三科は上機嫌で朝食を勧めてきた。

 ゆず用に持参した『空や』の柚子を皿に置き、自分はサンドイッチを手に取る。

 カリカリベーコンと卵のサンドイッチは、塩味と胡椒が絶妙でドンドンいける。

 半分ほどを平らげたところで、リンゴ剥いていた杏奈がフォークを向けてきた。


「そういえば夭ちゃん」

「杏奈さん、フォークは人にむけちゃいけません」

「細けぇこたぁいいのよ」

「どこでそんな言葉を覚えてきたんです」

「街で」

「今すぐ忘れなさい」

「やだ」


 しばらく一悶着あってから、ようやく話が進む。

 どうやら毎朝パンを運んでくれる柿沼さんの家で、問題が起こっているらしい。

 夜な夜な血を吸われた動物の死骸が放置されていて、気味が悪いとのこと。

 それに夕方になると、蝋燭の火がいつのまにか消えていたり、かまど火が消えていることも何度かあったという。


「それでね、夭ちゃんに一度見に来てもらえないかって」

「解師の依頼は、協会を通さないと五月蠅いんですよ」

「いいじゃない、ご近所さまのお手伝いですぅ~って言えば」

「私がそんな風に可愛く言うと逆効果ですし」

「か、可愛い?そうかしら、そうかしら~、ねえ三科、私可愛いかしら」

「お嬢様は大変可愛らしくていらっしゃいますよ」


 きゃっきゃうふふと杏奈が騒ぐせいで、一向に話が進まない。

 業を煮やしたゆずが一喝し、強引にまとめた。


「夭夭さん、この際目をつぶりましょう」

「え、しかしですね、協会はあれで結構ネチネチとしつこく探ってくるので、堂々と違反するわけには…」

「自転車、誤魔化せませんでしたよね」

「う」


 貸し自転車は熊に襲われたのだ。

 そう主張したが、勿論通らなかった。そして修理代は、思った以上に高額であった。

 それこそ、一ヶ月極貧生活を強いられるほどに。


「くっ、背に腹は代えられません」

「中間搾取を無くして、利益をがぽがぽ」

「人聞きの悪い。というか、協会の後ろ盾が無いのは危険すぎます。直接依頼なんて、これきりですからね」

「でも、もとはといえば、夭夭さんがはっちゃけすぎたのが―」

「さあ、そうと決まれば善は急げです。ええと柿沼さんのところですね、直ぐ出発しましょう」

「いってらしゃあ~い」


 のんびりと手を振る杏奈に見送られ、ふもとの柿沼家へと急いだ。



―6.女の子の定番 ―


「ところで夭夭さん、(くだん)の妖に心当たりはあるんですか」

「だいたい目星はついています。血を吸って火を喰らうといえば、野衾(のぶすま)あたりでしょうね」

「ああ、あのコウモリだかムササビだか、よく判らないという」

「放っておくと、百々爺(ももんじい)になるとかならないとか」

「ももんじいって、なんだか可愛い名前です」

「疫病をまき散らす迷惑爺ですけどね」

「うわ」



 野衾は、コウモリに例えられる事が多いが、諸説ある。したがって対処法も色々あり、どれが効果的なのか未だに不明だ。

 いずれにせよ、人の生き血もすする事があるし、喰らった火で家事を起こすこともあるので、力の弱い妖怪ながらも危険度は高いといえる。


「今回は、事前に聞いておきます。夭夭さん、何を持ってきたんですか」

「そんなに警戒しなくても」

「いや、夭夭さんの使う道具は信用なりません」


 これまでの行いを考えれば、ゆずが警戒するのも当然である。

 仕方なく懐から一体の精巧なカラクリ人形を取り出す。

 それは八本の細い足を持ち、頭部と腹部は黄色と黒に塗り分けられた蜘蛛であった。

 夭夭の手の平で、それがカタカタと足を動かしたのを見た途端、ゆずは脱兎の如く逃げ出した。


「ななな!」

「七名?」

「それは普通、シチミョウと読みますっ」

「おおっ、七名八体ですか。なるほど」


 夭夭が手を叩こうとしたため、手に乗った蜘蛛がピョンと飛び出した。


「ふぎゃあーっ!こっちくるな、夭夭さんのあほーっ!」

「阿呆とは酷い」


 前脚をブンブンと振って威嚇するゆずの前から蜘蛛を拾い上げると、再び懐へとしまった。

 オバケも嫌いだが、蜘蛛も嫌い。

 ゆずは妖狐というよりは、人間の女の子っぽいところがあるから面白い。


 なんとかなだめて肩にのせるが、思い切り警戒されていた。

 冗談で脅かそうものなら、本気で殺られるだろう。


「大体、そんなもので野衾が捕らえられるんですか」

「そうですねぇ、大丈夫じゃないですか。蜘蛛ってコウモリを補食するんですよ」

「蜘蛛の巣なんて、簡単に突破されそうですけど」

「いやいや、シジュウカラぐらいの鳥なら、平気で捕らえます」

「嘘ですよね」


 嘘ではない。

 実際に自然界では普通に起こっている出来事だ。

 しかも夭夭特製のカラクリ蜘蛛は、妖力で表面を硬化した糸を使うのだ。牛でさえ止めるだろう。

 仕掛けと性能を聞いたゆずは、嫌な顔をしながらも納得したようだった。


 暫く坂を降っていくと、柿沼家が見えてきた。

 裏にパン工房を持つ広い敷地に、可愛らしい丸窓の家が建っている。

 表札を確認してから呼び鈴を鳴らし、炎天下の中じっと待っていると、気のよさそうな中年女性が出てきた。


「はいはいはい、どちらさま」

「どうも、帆浪の馬鹿息子です。女将さんとこが妖にお困りだと聞いたので」

「はいはい、帆浪さんとこの…え、ちょっとアンタ夭ちゃんかい!」

「ご無沙汰してまして」

「アンタ、アンタぁ!帆浪さんとこの、夭ちゃんが来たよっ」


 夭夭が止める間もなく、女性は自分の夫を呼びに行ってしまった。

 幼少の頃から家ぐるみで世話になった柿沼家なので、まだこうして訪問を歓迎してくれるのは、何より嬉しかった。

 パン作りを中断して出てきてくれたご主人に挨拶をし、現象が起こるという夕方まで待機させてもらうことにした。


 日が落ち、カラスの鳴き声も聞こえ始めると、不気味さも増していく。


「空も朱くなってきましたし、そろそろでしょうかね、女将さん」

「そうだねぇ、いつもだと工房にいるからわからないけど、このくらいの時間じゃないかね」


 試作品という名の廃棄パンをいただきながら、大半を女将さんとの雑談で過ごしてしまったが、ようやくその時が来たようだった。

 女将さんには部屋の中へ避難していただき、正体を確かめるため外で張り込む。

 そうして待つこと数十分、一羽のコウモリがフラフラと飛んでくるのがわかった。


「来た来た。さあてゆずさん、お仕事ですよ!」

「ふあ、了解でふ」


 寝ぼけたゆずを肩に乗せたまま、妖と対峙する。

 外観からしても野衾で間違いないようだ。


「ゆずさんも起きたことだし、ちゃっちゃと片付けちゃいましょう。自転車のために!」


 いつになく元気な声で、元懐から蜘蛛のカラクリを取り出した。


「紡ぐは苦悶の糸。カラクリをして、八束脛(やつかはぎ)を顕現する」


 夭夭の手で軽く頭を叩かれた蜘蛛は、勢い良く飛び出して行く。


「そうあれかし」


 その言葉と同時に、カラクリは全長四尺の土蜘蛛へと変化していた。

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