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五話 新緑狩り(9)

ようやく五話が終了いたしました。

予想以上に長くなってしまい、すみませんでした。

― 18.夏に雪の来客 ―


 真夏の日差しが照りつける中、汗だくになりながら『空や』に帰ってきた夭夭は、店の扉を開けようとした手をふと止めてジッと取っ手を見つめた。


「どうしたんです、夭夭さん」

「取っ手にね、結露があるんですよ」

「雨が降りましたか」

「いやあ…違うでしょう」


 そう言って懐から手ぬぐいを取り出すと、取っ手を覆ってから扉を引き開けた。

 誰も居ないはずの『空や』から、ヒンヤリとした冷気が漂ってくる。

 部屋の中心で腰掛けている女性から発していることは明らかで、正体を確かめるまでもなかった。

 

「こんな所で何をやってるんです、加代さん」

「うーん、久し振りだというのにつれない言葉」

「私達にとっては、つい先日お別れしたばかりですよ」

「ああ、そっか」


 ペロリと舌を出しておどける姿は、河乃村で別れた時の姿そのままである。

 雪女というと妖艶な女性というイメージが強かったが、加代は可愛らしいと表現した方がしっくりくる。

 実年齢はアレだが。


「何か余計な事考えたでしょう」

「いえ、滅相も無い。それよりも、加代さん。また悪戯しようとしてましたね」

「あ、バレちゃった」


 以前茶碗でやられた悪戯を思い出してよかったと思う。

 あのままノブを触っていたら、跳び上がっていたであろう。

 解師の沽券に関わるので、そうそう騙されっぱなしでは居られないのだ。

 

 店の中へ荷物を置いてひと息つこうとした夭夭の肩から飛び降りたゆずが、カウンターに向かって一目散に駆けていく。そのままスルスルと神棚へと登っていき、柚子を要求するポーズを取っていた。もう辛抱できぬ!と全身で主張している。


「あー、そうでしたね。すみませんが、加代さん、もう少しお待ちください」

「いいけど、何か用なら手伝おっか?」

「いえ、直ぐすみますから」


 そう告げて裏庭へと姿を消すと、一分ほどで柚子を持って戻って来た。

 久方ぶりの『空や』の柚子である。

 神棚に乗せた途端、小さな前脚がハッシと掴み、一瞬でカウンターへと消えた。

 ゆずは、わき目もふらず丸かじる。


「ゆずさん、何度も言いますが、そんなに勢い良く食べると―」

「げふ、げふぅ」

「いわんこっちゃない」


 そんなやり取りを見ていた加代が、一人得心した顔で頷いていた。

 

「ああ、あの時貴方達がどうしてそんな膨大な妖力を持っているのか不思議だったけど、そういうこと。神力の実かあ…わかってみれば単純なことね」

「世の中の不思議なんて、カラクリが判ってしまえばそんなものですよ」

「それでも理解できない部分が、いくつかあるんだけど」

「これ以上は企業秘密ですよ」

「ちえ」


 口を尖らせているが、本気で悔しいわけでは無さそうだった。

 それよりも、夭夭としてはその後の顛末の方が気に掛かってしょうが無い。

 加代もそのつもりで尋ねてきたのだろうから、遠慮なく聞くことにした。


「ところで、どうしてここが判ったのかという点から聞きたいんですが」

「そりゃあ、貴方に召還されたからでしょ」

「ああ、やっぱり。蛇女の時に出てきたのは加代さんでしたか」


 村で会った時から、どこかで見たと思っていたが、やはり加代だったらしい。

 夭夭にしてみれば出会う前の加代だったが、彼女には数十年ぶりの夭夭だったということだ。随分久しぶりの邂逅だったせいで、少し張り切りすぎたと言い訳付きで謝っていた。


「殺されかけたことは水に流しますから、あの後どうなったか教えてくださいよ。直ぐに【常闇の石】が壊れたせいで、事の顛末がわからないんです。正平さんは元気なんですか」

「正ちゃんは、二年前に病気で亡くなりました」

「そりゃ…」


 判っていた事とはいえ、流石に堪える。

 つい数日前に元気な顔をしていた知人が、別れを告げることもできずにこの世を去ってしまった。

 しばらくしんみりと故人を偲んだ。


「そうでしたか…。ちなみに正平さんは享年で」

「七十五」

「心からお悔やみ申し上げます」

「いいの、最後まで笑っていたから。本当に楽しかった。満足した人生だったって」


 加代の愁いを帯びた表情は、夭夭をドキリとさせるほど美しかった。

 五十年という歳月は、妖としての才能を延ばすだけではなく、人としての魅力という部分も大きく伸ばした。

 雪女は男の精を食い尽くす妖、という古来からの言い伝えを思いだし、ブルリと身を振るわせた。


「寒すぎましたか?」

「いえ、丁度良いです、お気になさらず」

「それなら良いです、ふふ」


 意味ありげな笑みに動揺した夭夭は、村の事へと話題を転換してごまかすことにした。

 先程から突き刺すような視線が、ゆず方面から感じられるのだ。


「そ、それで結局鵺は鎮守様に打ち勝った…んでしょうね。加代さんがいるということは」

「そう、結構あっさりだったみたい」


 すでに弱っていた鎮守は、さしたる抵抗もなく鵺にその座を譲ったという。もともとそのつもりで村人や鵺の動きを見逃していた可能性が高いと、夭夭は思っている。

 そうでなければ、もっと早くに計画を潰されていたはずだ。


 新しい鎮守により勢力範囲が拡大したことで、住民も少しずつ移転先の土地へと引っ越しを始めたという。

 ダムが着工する半年前には、全ての住民が新しい地で生活を営む事ができていたらしい。


「それは良かった。あと、例の獅子舞は続いてるんでしょうか」

「いまは鎮守様を祀る儀式に形をかえてる。周りの集落も巻き込んだし、村長さんも行政に精力的な売り込みをしてくれたから…良い人だったよ」

「このまま伝統芸能として定着していくと良いですね」


 その他にもいくつか気になることを聞き、一段落したところで夭夭は加代の方を向き直った。


「それで、加代さん。本当はどんな用事なんですか」

「うんまあ、その。ちょっと」


 加代にしては珍しく歯切れが悪い。

 どうも雲行きが怪しかったので、黙って次の言葉を待つことにした。


「ほら、正ちゃんも亡くなって、先月曾孫が生まれたの」

「それはおめでとう御座います。とても曾祖母に見えないでしょうけどね、曾孫にとっては」

「まあいいの、そこは」

「そうですか」

「それよりも、そろそろ正ちゃんとの約束も果たしたし、違う世界で生きてみるのも良いかなぁ~って」

「は?」

「だから、外の世界も見てみたいなって思ったの!」


 思わす聞き返したが、加代は恥ずかしそうな仕草で同じ台詞を繰り返す。

 要するに、孫の代までよろしく頼むという正平の遺言通り、孫が成人するまで見届けたので、ここらで引退して気ままに楽しむことにした、ということらしい。

 確かに母親よりも若い外見の曾祖母がいたら、曾孫も人間不信になるというものだ。賢明な判断である。

 むしろ、もっと早く引退しろと言いたかった。

 

「それで鵺の、いや鎮守様のご意見はどうなんです」

「小道を渡す、どこへ行こうとも繋がっているから構わぬ、だって」

「小道って、加代さんと鎮守様をですか…また滅茶苦茶しますね」


 小道とは、龍脈のようなもので、鎮守が影響範囲を拡大するときに使うことが多い。

 決して妖一体にむけて使うような代物では無い。断じて無い。

 姉を思う弟の暴走という気がしてならない。


「そういうわけで、住処を探しに来ました。何でも『沖の街区』という妖を受け入れる街があるらしいじゃないですか。噂では、夭夭さんの口利きがあれば容易く住民になれるとか」

「誰です、そんなデマを吹聴しているのは」

「さっき、ここに大福を持ってきおじさん」

「六さんか、あのヤロウ」


 夭夭は、カウンターに「てへり」と置かれた大福を握りつぶした。



― 19.夏へ続く道 ―


 加代が定住したがっているという話を持って行った時、沖の街区を担当する解師達から思い切り渋い顔をされた。

 雪女という単体でも驚異となりうる妖が住まう事だけでも神経を使うというのに、今や広大な土地を影響下に治めるという有名な鎮守から小道が付いているというのだから、そう簡単に認められるはずもなかった。

 結局、『空や』の信用を担保にさせられる事になった。

 沖の街区の先住者である妖達の中でも、特に力の強い者達はこの事態を察していたが、『空や』が保証しているならと、文句を言うこともなく受け入れてくれた。

 そのことに感謝しつつも、『空や』の看板が夭夭の肩に重くのしかかるのを感じるのだった。

 

 一通り手続きをすませ、『空や』に辿りつくころには、日も傾き始めていた。

 

「まあまあ、夭夭さんの心配もわかりますけど、加代さんの事だから『空や』の看板に泥を塗るようなことはしないと思います」

「どうでしょうね、結構あの人はっちゃけてますよ。悪戯好きだし」

「それはまあ」

「木の葉さんと衝突しそうな気もしますし」

「鬼女と雪女ですか…壮絶な争いになりそうですね」

「街が半壊しますって。はぁ~」


 なんだか爆弾を抱え込んでしまったような気がして頭を抱える夭夭だったが、何気なく見つめたカウンターの後ろで視線が固まってしまった。

 そこには何の変哲も無いカレンダーが一つ。

 そして八月のある日に赤丸が付いていた。


(もう、そんな時期か)


 何気ない仕草で、ゆっくりと視線をゆずへと戻す。


「ゆずさん」

「なんでしょう」

「海を見に行きませんか?」

「何ですか突然」

「いやあ、少し疲れたので静養にどうかなと」


 真意をはかりかねるといった顔で見上げたゆずだが、すぐにまた夭夭の腕の中で丸くなって目を閉じた。


「癒やしに、なるんでしたら」


 その言葉にはなにも返さず、ただ黙ってゆずを撫で続けるのであった。

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