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五話 新緑狩り(7)

なんとかPCに残っていたバックアップから

書き起こし直しました・・・。


― 14.割り増し料金ですの ―


 おぞましい。


 その場にいた人間全てが抱いた共通の感覚である。

 存在は見えない、しかし確実にそこに有る『何か』に、誰もが怯えていた。


「夭夭さんっ」

「や、ちょっと話しかけないで。思ったより厳しい」


 余裕のない顔で必死に妖の顕現を維持しようとする夭夭だったが、どうにも上手くいかない。

 それもそのはず、この青行灯という妖、有名なわりに存在のほとんどが正体不明という極めて危険な存在なのだ。

 性質もわからず、力の度合いも不明、ただ恐ろしい存在だという噂だけが伝わっている。

 妖狐のゆずでさえ、影響を受けて不安な顔をのぞかせているほどだ。

 わずかでも気を抜くと雪女の時のように自分の命に関わる。


 とはいえ、顕現に承諾したのだから、敵対的という訳では無さそうであった。

 まれに顕現した妖に殺されてしまう解師もいるが、妖側にしてみれば、ちょっと力を込めたら脆弱な人間が死んでしまった、という程度の事象なのだろう。


「とにかく、鵺をアチラ側に送り返して下さい。お願いします」


 見えない何かが鵺に向かってズルリと移動するのがわかる。

 直後に、高密度の妖力同士が衝突し、空間を揺さぶった。

 傍目には、鵺が一人で暴れ回っているかのように見えるが、実際には青行灯と鵺の壮絶な争いがそこにある。

 

 最初こそ互角に見えた争いだが、徐々に鵺が押され始める。

 顕現するときに得た妖力の質に大きな差があったのだから、それも当然のことだった。

 鵺が人を喰ったとはいえ、それは力を持たない者。一方の青行灯は良質な妖狐の妖力。

 その差が自力となって明確に現れていた。

 だが、もちろん黙って見ているほど加代も愚かではない。


「鵺はやらせない!」

「させません」


 鵺の前脚が青行灯に喰われて消失するのを見た加代は、思わず氷の(つぶて)を投げつけるが、同時に放たれた『ゆずカッター』で打ち落とされてしまう。

 ギリ、と唇を噛む加代。

 ゆずに一挙一動を見張られていては援護もままならないと、吹雪での攪乱を目論んだ。


「雪風に惑え」


 だが、いきなり目の前に出現した雪原にも、一度見た事がある夭夭は落ち着いて対処出来た。

 おもむろに懐へと手を伸ばすと、顔だけは鵺に向けたまま数枚の半紙を取り出す。


碧羅(へきら)の天、奉るは、てるてる法師」

「へぅん!?」


 艶っぽいゆずの声をよそに、器用に半紙をぐるりと丸めて作ったのは、テルテル坊主。

 胴体を結ぶ事もなくそれを放り投げると、はらりと紙が中空に溶けていく。

 

「そうあれかし」


 すると突如、辺りが雪景色から晴れた夜空へと戻った。

 動揺したのは加代だ。

 雪女である彼女と違い、人間には天候を操る術は秘中の秘とも言われ、非常に難しい上に長い儀式が必要だと聞いていた。

 とりわけ難しいと言われる『快晴』を、あっさりと目の前で行使されたのだから無理も無い。


「な、そんな馬鹿なこと」


 動揺する加代に、ゆずが足下にむけて『ゆずカッター』を放とうとするが、腰がへろへろと砕けている。そのせいか、加代が立ち直る時間を与えてしまった。

 なんとか放った『ゆずカッター』だったが、加代の作った分厚い氷の結晶に阻まれてしまう。


「ちっ、しつこいですね」

「正ちゃんのためにも、負けられないの!」


 反撃とばかりに大量の粉雪をまき散らして夭夭達の視界を奪うと、てるてる法師を使う暇を与えず鵺を突進させる。

 この場で唯一の人間である夭夭が肉体的に一番脆弱であり、四つ巴の膠着状態を切り崩す最短の策であると判断したためだ。

 だが、夭夭はすでに次の手を打ち終えていた。


「カベとの盟約、一つを成せ。朱鷺!」

「むぎゃふ!」


 再び響き渡るゆずの声を置き去りにして、真っ白な世界にぽつりと朱い点が一つ現れた。それはすぐに一羽の巨大な鷺へと姿を変える。

 炎に包まれた鷺は、瞬く間に分裂し、縦横無尽に飛び回りはじめた。

 

 警戒した鵺は一瞬足を止めてしまう。それが勝負の分かれ目となるとも知らず。

 後ろから忍び寄った青行灯が鵺の体に絡みつき、一気に締め上げる。

 闇夜に不気味な鵺の悲鳴が上がり、やがて小さくなっていき、そして消えた。


 粉雪が消え去ると、そこには鵺だけでなく青行灯も見あたらなかった。おそらく相打ちで別の世界に連れ去ったのだろう。

 かわりにガックリと膝を付く加代と、オロオロするばかりの正平、それに夭夭の肩でぎゃあぎゃあと喚くゆずの姿だけが残った。


「夭夭さん、勝手に妖力使ったでしょっ。それも2回も!」

「勝手じゃないですよ、多めに使うって言ったじゃないですか」

「それは青行灯までの話です。てるてる以降は別料金です。割り増しですぅ」

「横暴だ、断固拒否する」

「なにおう、無賃乗車は死罪ですよ」


 どこまでも平常運転の二人であった。


― 15.仰げば… ―


 人と妖の抗争が終わってみれば、今度は人間同士の戦いが待っていた。


 加代が妖だったと知った村人達は騙されたと憤っていたが、半数が彼女の擁護に回ったため、扱いかねていた。さりとて妖である加代に何が出来るわけでもなく、彼女の処遇に関する話は次第に収束する。

 その代わりに、村人達の関心事はダム建設の是非へと移り変わっていった。

 賛成派もいたが、もとより誰もが心から納得しているわけではないので、自然と村長対村人という構図が出来上がっていく。


「夭夭さん、放って置いて良いんですか」

「何を?」

「村長さんですよ、決まってるじゃないですか。大丈夫なんでしょうか」

「心配いりませんよ。村長っていうのは名誉職じゃないんです。政治家相手に丁々発止とやり合う事も多いですし、舌戦なら負けないでしょう。それにあの人、かなり老獪な方ですよ」


 夭夭は、笑いながら議論を見守っている。

 多くの村人に囲まれた状態ではあるが、むしろ村長の方が優勢に見える。

 村人の計画により命を狙われたという事実は、交渉において優位な立場を作り出しているのだろう。

 自分の命すら交渉の材料として使うくらい、したたかな男なのだ。

 それ故、村長の事はあまり心配していない。

 

 むしろ問題なのは加代だ。

 村人達の議論が加代からダムに移った時点で、彼女はその輪から外れたところで静かに座して、事の成り行きを見守っていた。

 仕方なく夭夭が監視しているが、ゆずの妖力が枯渇している今、やり合って勝てる相手ではない。


(はぁ…逃げ出したい)


 ヘタレな雰囲気全開でため息を付いていると、議論の輪から正平が抜け、こちらに歩いてくるのがわかった。

 あわてて加代が立ち上がる。

 

「正ちゃん!」

「加代、お前なぁ心配かけんなよ」

「ごめん」

「いいけどよ。何、その姿もき、綺麗だな」

「そんなこと、そうかな?」


 深く抱き合う二人を見ていると、何もかも馬鹿馬鹿しくなってくる夭夭であった。

 しかし、ただ黙って見ているのも耐えがい雰囲気だったので、気になっていた事を聞いてみた。


「正平さん、加代さんが雪女だって聞いても驚かないものですね」

「驚いてるぜ?益々美人になっちまったからよ」

「でも妖ですよ」

「人間だろうが、雪女だろうが加代は加代だからな。何にもかわらねぇよ」

「正ちゃん…」

「あのー、そういう甘いのは余所でやってくれます?」


 惚気が始まりそうだったので、釘を刺しておく。


「ところで、今は加代さんの身の振り方を考えた方が良いんじゃないですか」

「そりゃどういうこったい」

「雪女はとても力の強い妖ですけど、その存在はこの土地を治める鎮守様に依存しているんです」

「よくわかんねぇ、易しく言ってくれ」

「要するに、ここから離れて暮らせないって事です」


 疎開するために山を越えたら、鎮守の力も及ばなくなる。

 そうなると加代は次第に弱っていき、いずれ死ぬ。


「じ、冗談じゃねえぞ。加代が死ぬなんてとんでもねぇ」

「私は殺されかけたんですけど」

「ヨーさんは俺の嫁じゃねえし」


 夭夭はこめかみを押さえて怒りを静めていた。

 心配そうに覗き込むゆずの尻尾を触って、なんとか平常心を取り戻す。


「じゃあダム建設を中止させるしか、ありませんね。だから加代さんも止めようとしたんでしょうし」

「それもいけねぇ。村長が命張ってまで進めてる計画だって、村のみんなもわかり始めたしな。今更蒸し返すわけにもいかねぇ。そんなわけで、移転しても加代が無事でいる方法はねぇのかよ、ヨーさん」

「そんな虫の良い話は有りませんよ」


 正平の縋るような問いかけに、冷たく返す。

 あっさりと否定されたことで軽くショックを受けているようだったが、生け贄にされた夭夭にしてみれば、そこまで手を掛けてやる義理は無いのだ。

 ガックリと肩を落とす正平に、加代が後ろから抱き次いで慰めていた。

 

「大丈夫だよ正ちゃん。工事はこれからだし、本当に沈むのは四、五年くらい先なんでしょ」

「そらまあ、そうだけど。だからって問題が解決するわけじゃないだろ」

「五歳にもなれば、母親が居なくてもどうにか頑張れるよ」

「五歳?ははおや?何言ってん―加代、お前まさか!」


 加代はポンポンとお腹を叩いて微笑む。

 口を開いたまま硬直していた正平だったが、突然雷が落ちたかのような大声で泣き出し、加代のお腹に縋り付いた。

 これには白熱した議論を繰り広げていた村長や村人達も一斉に振り向いてしまった。


「何だ、正平どうした、気が触れたか」

「どっか怪我したんか、熊でも怪我すんのか」

「金でも落としたんか、一割くれんなら手伝うぞ」

「赤子みてぇな鳴き声だな、おめぇ」


 口が悪い連中だが、正平を気遣う言葉が投げられる。

 いつまでも正平が泣き止まないので、加代の口から妊娠を告げると、一斉に祝福ムードが広がった。

 祝いの言葉を述べる者、背中を力一杯叩く者、踊り狂う者、その場で宴会でも始まろうかという勢いだったが、次第に村人達も正平の様子がおかしい事に気がつき始める。

 うれし泣きではなく、慟哭だったのだ。




「つまり、生まれてくる子供とは五歳で別れる運命っちゅうことか」

「過酷すぎんだろ」

「どうにかならんのか」

「しかし、その子は雪女になるんかいの」


 人間の夫と妖の女性の間から生まれてくる子は、必ず人間だ。

 夭夭がそう説明すると、村人達から安堵のため息が漏れる。


「解師さん、どうにかしてくれんか」

「金が必要なら、村で用立ててみるから」

「良い方法を授けてあげて」


 しばらくすると、木内夫婦に同情したのか、村人達が口々に助けてあげて欲しいと詰め寄ってきた。

 拒み続けていると、ついには村長までもが頭を下げてくる。

 困り果てて天を仰ごうとした時、ふと加代の顔が目に入った。

 

 うっすらと浮かべている笑みを見た時、全てを察した。


「一番効果的に驚かせる方法、ね」


 女性は怖い。

 夭夭は今度こそ天を仰ぎ見た。

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