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五話 新緑狩り(6)

― 13.鵺を操る者 ―


 加代の手が鵺に触れた途端、氷は粉雪へと変質し、空中へと霧散していく。

 ゆずの術を解除できるということは、それを上回る妖力と術だという事だ。一般人どころか、高名な術師にだって、そうそう出来るものではない。


「貴女、何者なんですか」

「そちらこそ、ただの妖狐じゃないよね」


 にらみ合う加代とゆずの間に、正平が割って入る。

 鵺は恐ろしいが、とにかく妻を安全な場所につれていかなければという責任感だけで、恐怖を克服していた。


「おい、加代!危ないだろ、ソイツからすぐに離れろっ」

「正ちゃん…。駄目だよ、今しかないんだもの。あの村長は私たちの故郷を滅茶苦茶にしようとしてるんだよ。そんなこと、許せない」

「いや、だからって殺そうとするとか、おかしいだろ。ってそんな事より妖に喰われっちまうぞ…は、早くこっちに来いって」

「妖だから…妖がみんな人を喰らうわけじゃないんだよ、正ちゃん」

「何いってんだよ、ああ、もう完全に溶けちまう!」


 最後の方は悲鳴に近い叫びだった。

 桶を構えたまま飛び出そうとした正平だが、突然肩を捕まれる。

 振り向くと、ゼヒゼヒ息を切らしている夭夭の姿があった。


「正…正平さん、ちょっと落ち着き…ましょうか」

「ヨーさん!?すげえ汗じゃないか」

「私のことは…ご心配なく。それより奥さんが、喰われる事はありませんよ。何しろ、同類ですからね」

「は? 何言ってんだ」

「だから、鵺と同類なので、喰われませんって―ゴホゴホ」


 ヒューヒューと苦しそうに息を吸い込んでいたが、何かの拍子に気管に入ったのか、大いにむせている。世話が焼けると背中を叩きながら這い上がってきたゆずに、手を差し出して肩へと誘導する。


「加代が同類って、どういうこったよ」

「ああいう事ですよ」


 夭夭が指さした先には、いつの間にか白い着物姿に着替えた加代がいた。長い髪を下ろし、たおやかな手を鵺の肩に置いている。その姿は鵺を従える主そのものだった。


「か、加代だよな?」

「正ちゃん、黙ってて本当にごめん」

「全然わかんねぇ、何の事だ、何に謝ってんだ」

「雪女なんですよ、加代さんは」


 混乱する正平に、夭夭は淡々と説明した。

 初めて彼女に会ったときに感じたのは、既視感だった。見た目ではなく、その声に聞き覚えがあったのだ。どうしても思い出せないまま数日が経ったが、ようやく今朝思い出した。


 朝食の場で倒れた夭夭の耳に届いた妖艶な笑い声は、『空や』で蛇女を(ほふ)った時に聞こえたあの声と同じだった。


「久しぶりですね、あの時はどうも。助けられたのか、殺されかけたのか未だにわかりませんけど」

「あの時?何を言っているの」

「え、いや『空や』で召還したでしょう。ほら、蛇女を氷漬けにしたじゃないですか」

「蛇…ううん、そんなところに呼ばれた覚えは無い」

「ほんの数週間前のことですよ?」

「何か勘違いしてるんじゃ、ないかしら」

「そうだぞヨーさん、加代を誘ってんなら俺が容赦しねぇ」

「違いますって!」


 正平の剣幕に慌てる夭夭だったが、ゆずが耳元で囁いた。


「夭夭さん、その事は後で説明します。それより大物ニ体も相手にできるですか」

「どうかなぁ…鵺はともかく―」

「加代に手ぇ出したらブッ殺す」

「やっぱそうですよねぇ」


 正平が腕をまくり上げる様子を見て、はあっと息を吐き出す。

 雪女相手に手加減などできるはずが無い。とりあえず優位な状況を作り上げて、説得するしか手はないようだが、相当骨が折れる作業となるだろう。


「一応聞きますが、鵺を引っ込める気は」

「無いですよ。私が正ちゃんと共に生きるには、それしかないもの」

「やっぱそうですよねぇぇ」


 先ほどより若干長めに語尾を伸ばして、憂鬱感を表現してみる。

 雪女は妖狐と似て、土地に縛られる妖だ。神格に近い存在であるが故に、その土地を離れて長く生きることができない。

 村が湖に沈めば、彼女もまた命を散らすしか無い。故にダム建設は、どんな手段をとってでも避けなければならなかったのだ。


「もうこうするしかないの!」


 加代が鵺から離れると、鵺の妖力が一気に膨れ上がった。

 今にも襲いかかってこようとする鵺から目をはなさず、ゆっくり後退した。



「ゆずさん、神力は無理なんですよね」

「はい。私の妖力だけですよ、貸せるのは」

「ならちょっと多めに借りますね」

「ん。ではブラッシング三千回で」

「げ」


 ゆずのブラッシングは、かなり手間がかかる。

 二種類の豚毛のブラシで丁寧にかけていくのだが、これが結構重労働なのだ。間違いなく半日は潰れる。

 だが今は命の方が大事である。


「…わかりました、それで手を打ちます」

「あいあい~」


 手にした懐紙とは別に、袖から数枚の半紙を取り出して空中に放った。

 半紙からは、青色の小さな魚達が飛び出して来て、夭夭の周りを回遊し始める。



「青き紙にて青魚の行灯をはる也。百の怪にて顕現せし青行灯、そうあれかし」

「はぎょっ」


 ゆずの悲鳴とともに一瞬生ぬるい風が通り抜けたが、詠唱の後には何も顕現した様子がない。これだけ大量の妖力を使うのだから、金鬼よりも凄いものが出てくるとばかり思っていたゆずは、がっくりと床に伏す。

 決して妖力が抜けて腰が抜けたせいではない、としておく。


「こんな時に失敗するとか、何やってんですかぁ~」


 弱々しい抗議の声を上げるゆずの体が、ひょいと片手で持ち上げられる。

 だが、見上げれば、夭夭の額に脂汗が浮かび上がっていた。


「いや、成功ですよ。ただ…ちょっと問題が」


 ひきつった笑いをする夭夭の前で、巨大な妖力の固まりがヌルリと動いた。

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