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五話 新緑狩り(1)

― 1.ゆずと遠足 ―


 新緑狩りに行きましょう。

 

 唐突にゆずが提案してきた時、『神力狩り』と聞こえた夭夭(ようよう)は驚いてしゃもじを落としてしまった。

 (あやかし)が持つ自身の力を妖力、ゆずのように神に仕える者が神に取り次いで行使する力を神力と呼んでいるのだが、神力は行使できる可能性も低く、とても時間がかかる。その分妖力と比べて圧倒的な力と影響力を持っているのだが、その力を狩るなど言葉にするだけで畏れ多い事であった。


「夭夭さんは、いつも考えが物騒なんですよ!」

「いやあ、ゆずさんならやりかねないと思いまして」


 それにしても紅葉狩りなら聞いたことがあるが、新緑狩りというのはあるのだろうかと思い、パラパラと辞書をめくってみるが、見あたらない。なんとなく意味合いはわかるのだが、初夏にはすこし早い気もするし、尋ねてみることにした。


「それで、何をするんですか?新緑狩りって」

「生まれたての命をいち早く見つけて、摘み取るんです。みずみずしくてとても美味しいんですよね」

「美味しいんですか」

「美味しいんです」

「そうですか」


 尾を振りながら楽しそうに話している姿はとても愛らしいが、言っていることは恐ろしい。一体どんな狩りなのかと戦々恐々としつつも、握り飯作りを再開するのであった。



 新緑というからには山か森だろうと予想していたが、意外にも行き先は西端にある大きな湖だと聞いた。近くの集落で宿泊してから、本格的に新緑狩りをするらしい。

 珍しく柚木稲荷を離れる許可をもらって若干興奮気味のゆずを肩に乗せ、湖の畔にある限界集落を目指すことになった。


 歩き出してみると、これが案外楽しいものだった。最近仕事が多かったので息抜きには最高だったし、のんびり歩いていると、時々小動物に出くわしたりして、ほのぼのと過ごすことが出来る。

 気がつけば昼に差し掛かる時分になっていた。


「ゆずさん、ご飯にしますか?」

「そろそろ着く頃合いなんですが」

「そうですか、じゃあもうちょっと歩きましょう」


 首を傾げながらも、ゆずの足取りはしっかりしたものだったので、黙ってついて行くことにする。それなりに食料もあることだし、多少遠回りしたところで問題はないと思っていた。


 時折立ち止まって木の芽を眺めたりしながら一時間ほど歩いたころ、道の辻に道祖神をが現れた。


「へえ、ここらで狸の道祖神とは珍しい。頭が壊されてるのは残念ですけど」

「こんなの、前来た時にはなかった気がしますけど…」

「土台の状態からすると二三百年は経ってますし、もしかしたら他の場所から移されて来たのかもしれませんね」

「なんか気味が悪いです。狸にしては手足が太すぎるし、しっぽは細いし…」

「確かに、言われてみれば歪な感じの道祖神ですね」


 しばらく道祖神をあれこれ批評してから、再び歩き出た。ゆずによれば脇道にそれることなく幹線道路を真っ直ぐ行けばたどり着くとのことだったので、ひたすら歩き続ける。

 しかし、ふと気付くといつの間にか山中に迷い込んでいた。


「あれ、なんだかおかしな所に来たような。ゆずさん、道合ってますか」

「…道は合ってると思います。でも、景色に見覚えがありません」

「さては狸にでも化かされましたかね」


 妖狐であるゆずが化かされるなど、そうそうある事では無いのだが、事実目的地へは辿り着いていない。

 道中どこかで本来と違う道へ誘導されたということだろう。

 何か目印となるものがないかと、しばらく辺りを歩いて回るが、都合良く開けた場所があるわけでもなく徒労に終わった。

 次第に日が傾き、長く伸びた影は逢魔が時に溶けてゆく。


「いやあ、夕影が綺麗ですねえ。ゆずさん」

「のんきな事を言っている場合ですか」


 黄昏に包まれた世界で、足下まで伸びた石の影が美しいコントラストを引き出している。この景色を見られただけでも、来た甲斐があると思うのだが、ゆずは不満そうだ。これから夜にかけてが、最も妖の活動が活発になる時間帯なのだから、もっと緊張感を持てということなのだろう。


「まあまあ。せっかくの遠出なんですから、気楽にいきましょうよ」


 そっと抱き上げると、ゆずを腕の中にしまい込む。

 新緑の季節とはいえ、日が暮れると肌寒いせいか、いつもよりゆずの身体が暖かく感じた。


「おや。丁度、具合の良さそうな場所がありますねぇ。日も落ちそうですし、朝まで休憩しましょうか」


 大きな木の根本に、大人が一人入れるくらいの空洞が開いている。澱んだ妖力の流れも感じられないし、一晩過ごすには問題なさそうに見える。

 手際よく枯れ葉を集めて火をおこし、野営の準備が整う頃にはすっかり夜の帳が降りていた。

 夏にはまだ早く、春よりは暖かい、そんな中途半端だが過ごしやすい季節だ。


 ちろちろと蠢く炎で串刺しにした夕食の干し芋を炙っていると、ひょこりと胸元から白い耳が顔を見せた。

 続いて鼻先がぐいぐいと襟元を押し広げ、小さな頭が一つ飛び出してくる。


「ゆずさん、どうしました」

「いえ、妙な匂いが」


 ゆずは鼻をひくつかせ、街道の奥をジッと睨んでいる。

 しばらくすると、ぼんやりと提灯の明かりが見えてきた。夜の山中を歩くということは、近くに集落があるのかもしれないと思っていたら、予想通り現れたのは着流し姿の男性だった。


「おいおい、こんな所で何してんだ」

「はあ、道に迷いまして」

「迷子か。そりゃまた難儀な事になってんな。どこ行くつもりだ」

「小河乃村です」

「そりゃ今日中にたどり着くのは無理だなあ。ずっと南の方になる」


 やはり大きく道を外れていたようだった。

 大まかに方向を聞いたので、今日は野宿で過ごすと伝えたところ、男性はひどく驚いた。それというのも、季節的にまだ夜は寒く、このあたりは妖の影響が強く残る地域なので危険だというのだ。


「よかったら、うちんとこ来るか?」


 男性は、気さくに話しかけてくる。見かけは三十代半ばだろう。片手に提灯、もう片方で麻のずた袋を持った姿で、腰には木刀を下げていた。自警団か何かをしているのかもしれない。


「いやいや、そんな厚かましいことは」

「こんな山ん中で気取ってもしかたあんめえ?困った時ぁお互いさまだしな」


 一応遠慮してみたが、男性の豪快な笑いに吹き飛ばされ、半ば強引に村へと連れて行かれることになった。歩いて三十分ほどの所に男の集落があるという。

 野宿をしなくて済んだのは幸運なのだが、手放しで喜ぶほど夭夭も純粋ではない。

 あまりに出来すぎた出会いには、作為を疑うべきである。


 夭夭は、道すがら男性をじっくりと観察していたが、外見からは特に不審な点は感じられなかった。がっしりとした体格、人を巻き込むような陽気な話しっぷり、大抵の人は好感を持つだろう。

 すると視線を感じたのか、


「そういや、おめぇさんの名前は?俺ぁ木内正平。うちの集落は木内姓ばっかりだから、正平って呼んでくれ」

「帆浪夭夭です」

「ようよう?珍しい名前だな。どんな字書くんだ…あ、いやいい。俺ぁ読み書き苦手だった。姉ちゃん先生によく怒られてたからな」

「はあ」


 正平の話に適当に相づちを打ちながら歩いていると、山間に家が見え始めた。

 河乃村という村落の一つで、十数世帯ぐらいの小さな集落だという。今はどこも夕餉の支度で大忙しなのだろう、白い煙が立ち上っていた。正平によれば、河乃村の一集落だそうで、学校や病院は山を越えた別の集落までいかなければ無いという不便な所らしい。

 駐在所も無く、未だに薪を中心とした昔ながらの生活をしているが、おかげで伝統行事は今なお色濃く残っているのだとか。


「特に有名なのは水括(みずくく)りの獅子舞だな」

「獅子舞というと、あの太鼓とか打ちながら舞うやつですか」

「ああ、その源流っつうか、演目としちゃあ有名な女獅子隠しってやつでな。とにかく古くから伝わってるみてえよ」


 それは三匹獅子舞と呼ばれる一般的なもので、一匹の雌獅子を二匹の雄獅子が奪い合うという演目なのだが、河乃村の水括りの獅子舞の場合は若干最後の部分が違うらしい。


 獅子舞は神社と深い縁があるので、夭夭としても何度か見た事はあるのだが、その多くがお祭りの一環として演じられており、神事としての性格は失われてる。そのせいか、正平の話にも特に興味は引かれなかった。


 ところがゆずは違ったようで、獅子舞の話がでた途端、夭夭の胸元から顔を出してピクピクと耳を動かし始めた。


「そんなこって、今は祭りの準備まっただ中ってわけ―うおっ!?」


 何の気なしに振り向いた正平だったが、夭夭の胸から生えた白い物体に思わずのけぞって驚いた。


「なんだいそりゃ」

「狐ですよ、珍しくもないでしょう」

「いやいや、狐飼ってる奴ぁいままで見たことねえ。しかも何だ、茶色じゃなくて白いときたもんだ」

「こういう種もあるんですよ」

「はあ~、都会の奴はひと味違ぇや。けどまあ水括りの時には外に出さねえようにしとくんだな」


 古来より獅子舞は神より使わされた狐が先導していくものであり、ほかの狐がいると嫉妬してしまうからだそうだ。ただ、祭りの日まで滞在する事もないだろうと思い、曖昧に返事をしておいた。



- 2.魚とふうふう -


 都会モンだからってスカシてやがんな。

 やっぱ格好良いわぁ。

 あんなひょろい腕じゃ鍬も持てねえよ。

 肌とかモチモチして。

 おねーちゃん、あれなに。きつね?ねこ?こぶた?

 白い狐じゃないかな、かわいいわねぇ。

 なんだよ、うちの太一の方が可愛いっての。

 食用豚でしょうが。


 夭夭は、数々の視線とひそひそ声に包まれながら、正平の家で夕餉をご馳走になっていた。囲炉裏の反対側には平然と飯を食らう正平が、そしてその横には妻の加代が終始笑みを絶やさず座っている。


「まったく、五月蠅い連中だな。おいっ、見せ物小屋じゃねえぞ!さっさと家に帰りやがれ」

「帆浪さん、気になさらないでくださいね。悪い人たちじゃないんです。ちょっと都会の方が珍しいだけで。ほら、うちの集落は滅多に外の人が訪ねてきたりしないものですから」


 加代は夭夭を気遣って色々と話しかけてくるのだが、当の本人はまるで気にした様子が無かった。野宿を覚悟していたのに、一宿一飯を提供してもらえるのだ。多少の視線や軽口など、どうという事はない。

 そんな夭夭の横で、ゆずは大人しく座ったまま周囲を眺めたり、時折水を舐めたりしして過ごしていた。見た目はごく平凡な狐で、少しも不自然さを感じない。

 ゆず用にと出された焼き豆腐を、珍しくふうふうと冷ましながら起用にほぐして食べている。


「しかし、随分と賢い狐なんだな」

「ほんとに、それに美人さんですこと。あの黒い模様のは無き黒子みたい。きっと情が深いのね」


 木内夫妻は、感心しながらゆずの動きを見守っている。

 普段は妖狐という事情を知る解師仲間達と話すことが多いし、外出しても大抵夭夭の首に巻き付いているため気にしていなかったが、初めてゆずの立ち振る舞いを見ると、たいていの人は同じような反応をする。


 ゆずのお陰で終始和やかに夕餉を終えると、興味本位でのぞき込んでいた村人達もいつの間にか消えていた。


「なんもねぇ所だけどな、急いでねえなら祭りを見てけよ。三日後にあっからよ」

「そんなにご厄介になるわけには、いきませんよ」

「んな事気にすんなよ、俺らも客人がいた方が飯もうめぇし、色々話もきけっからな。ま、こんな集落だと娯楽もねぇから、その代わりってのが本音だけど」

「あなた、失礼ですよ」

「はは、悪ぃ悪ぃ」


 悪びれた様子もない正平の膝を、加代がピシャリと叩いた。

 仲睦まじい夫婦に当てられたのか、夭夭の身体もほんわか暖かくなっていた。


「ところで加代さん、どこかで一度お会いしたことがありませんか」

「え、帆浪さんとですか?」

「おいおい、旦那の前でかみさんを口説くなよ」

「いやそうじゃなくて、どこかでうっすら会ったような、声を聞いたことがあるような気がするんですよねぇ」

「妹はいませんよ」

「そうですか、うーん最近聞いたような気がするんですが、すみませんでした。変なことを言ってしまって」


 変な事を言う奴だと夫婦そろって笑っていたが、夭夭の中ではどうにもモヤモヤが取れない。

 少なくとも声は、絶対に一度聞いた事があるはずなのだ。

 特徴的な、妖艶で澄んだ氷のような声。

 だがいくら首を捻っても思い出すことは出来なかったので、諦めて早めに寝る事にする。


「それじゃあ、お祭りまでお邪魔させていただきます。獅子舞も見てみたいですし」

「おう、そうしてくれ。村の奴らも喜ぶ」


 正平と地酒でしばらく晩酌をした後、一室を借りて休むことになった。

 月明かりが差し込む畳の上で、ゆずは丸くなったまま目をつぶっている。正平の家に入ってからずっと、何かを確認するような張りつめた感じがしていたので、疲れたのかも知れない。


 ゆずを起こさないようにそっと鞄から四枚の半紙を取り出して部屋の四隅に張り付けると、小声でそっとささやいた。


「湖底に沈む静寂の暴魚、半紙をもって外敵からの防御となれ。そうあれかし」


 指先から放たれた小さな魚の形をした光が部屋の四隅に向かって一斉に泳ぎ出すと、半紙の中へと吸い込まれていった。暴魚と呼ばれる妖の一種で、普段は大人しいのだが、外敵に敏感に反応して激しく騒ぎ暴れ出すという習性を持つ。なりは小さくても、優秀な結界兼警報装置である。


 正平達を疑う訳ではないが、用心するに越したことはない。夜は妖の活動も活発になるし、ゆずが警戒していたのも気になる。


「気休め程度ですけどね。ゆっくり休んでください」


 ゆずを起こさないよう気を使いながら、静かに布団へ潜り込む。

 夭夭自身も一日歩き続けたせいか思ったより疲れていた。瞼を閉じるとすぐに深い眠りへと落ちていく。


 そして翌朝、怒鳴りあう人々の声で目が覚めた。

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