第4話
「亜紀~、英語のノート見せて~。」
「英語なら真理のほうがいいんじゃない?」
「真理! お願い!」
「あんまりきれいじゃないよ?」
そういいながらもノートを差し出してくれる。いい子!
彼女はクラスメイトの上田 真理ちゃん。
一人でお弁当を食べていたので声をかけたことがきっかけで仲良くなった。
もちろんモブ仲間である。
当時はクラスの女子のイケメンに対する熱意に若干引いていたらしい。
うまくやっていける自信がなかったと困ったように笑っていた。
うん、ごめんね、興奮しすぎな自覚ある。でも怖くないよ!
イケメン話で盛り上がっているときはいつも一歩引いて聞いている。
だからと言って興味がないわけではないらしい。
さて、私たちが今何をしているのかというと、テスト勉強である。
今や5月も半ば。中間テストが迫っているのだ。
入学から1か月半。
平穏な毎日が続いている。
そう、何事もなく、日々は過ぎちゃっている。
いまだ、キャラたちとは知り合えていない。
さすがに目撃はしているよ!
そこは安心してほしい。
あ、土居君は茶髪でした。さすがに金髪はないよねー。
もちろん、努力はしている。
まず、お昼はできるだけ食堂を利用してみた。お弁当持ってたけど。
ゲームではそのあたりの描写はなかったので可能性を信じてみた。
同じ考えの子たちが何人かいたので奇行じゃないよ!
でも、イケメン情報網で全員がお弁当か購買派だと分かった。
ゲーム通りなら瑞姫さんもお弁当だ。
席を探すのも大変なので、教室で食べることにした。
天気がいい日は亜紀と真理の3人で中庭にいったりする。何を期待しているかは言うまでもないよね!
何度か近くの通路を通る坪田君を見ている。たまに自動販売機を利用しているみたい。
1度だけ瑞姫さんと一緒に歩いていた。
超興奮した。
二人の手前、気合で抑えたけど。
さすがに声までは聞こえなかった。でも十分。
こういうゲームで描かれていないやり取りが見れるのが転生の醍醐味だよね!
描かれている部分が見れていないことは棚に上げておいた。
幸せ~。
バイトがない休日はデートスポット巡りをしてみた。
もしかしたらいるかもしれない!
でも、確率が低すぎた。
そもそも、ゲームではすぐにデートに誘えるけど、現実はそうはいかないよね?
普通に考えたら連絡先も知らないだろう。可能性があるとしたら坪田君くらいじゃないだろうか。
かかるお金もばかにならないのでやめた。
駅前のショッピングモールにだけはたまに行っている。
もしかしたら、買い物に来るかもしれないし!
ただ、今のところはない。
あとやっていることといえば、図書室通いだろうか。
これは普通に通っている。とても広くて、本の種類も多い。
小説を読むのが好きなのでとてもうれしい限りである。
もちろん誰かに会えたらという思いもあるので必要以上に長居したりするけど。
イケメン情報網によると、速水君が時々利用しているとのこと。
まだ見たことがない。
そもそも、最初の数か月はパラ上げ期間で、イベントがほとんどないのだ。
行動しにくい!
でも、自分の生活もある中で頑張ってるほうだと思うよ!
まあ今はお休み中だ。
テスト、大事。
ちなみに、この1年目最初の中間テストで数学の点数が悪いと相川先生との補講イベントがある。
私のクラスは別の先生が担当だから関係ないけどね!
そして、ゲーム通りならこのテスト明けに森崎君と速水君は生徒会補佐委員に入る。
この委員は言ってしまえば生徒会予備軍だ。人数は決まっていない。
成績優秀者には先生から打診が行くのだ。もちろん入るかどうかは自由だし、入ってなくても生徒会に入ることはできる。
生徒会は人数が少ないからいざというときに補佐する人を確保するためのシステムだろう。クラスの委員にしてしまうと一定の仕事を振らないといけなくなるしね。
ゲームでは主人公も成績を上げればこの委員に入れる。学業系のパラメーターを集中的にあげていればこのテストでも可能だけど、ゲーム上利点がなかったからほとんどは期末で入ってた。
でも実際はゲームみたいに成績が上がるわけではないからね。瑞姫さんはどうだろう。
生徒会メンバーを落とすなら入るのは必須だ。
逆に他のメンバーを落とすなら入らないほうがいい。
それもゲームなら、だけど。
まあ、私には関係のないイベントしかないということだ。
結果は知りたいけどね。干渉はできない。
ならばやることは一つ。勉強だ。
しょっぱなから補講など受けたくない。
学生の本分は勉強! とでも言っておこう。
結果、ものすごく無難な成績でした!
これくらいを維持できるようにしたいものである。
ちなみに、イケメン情報網によると、森崎君が学年1位、速水君が学年2位とのこと。
ゲーム通り。何気に森崎君のほうが成績がいいのだ。
天は二物を与えるのです。
上位成績者の張り出しなんてさらし行為はないはずなのに、なんでこんな情報が普通に入るのか…考えないほうがよさそうだ。
「赤点なし! よかったー。」
「結衣ちゃん頑張ったもんね。」
「1年の最初から赤点の心配しないでよ。」
「ぎりぎりの成績で受験したからねー。でもこれならなんとかいけそう。二人のおかげだよー。」
次は何があるかなー。
6月…梅雨…ランダムの雨イベントかな。
そんなことを考えながら3人で階段を上っていると、ちょうど踊り場に差し掛かった時に上から何かが落ちてきた。
「わわっ。」
それは鞄だったようで、落ちた衝撃で中身がばらけてしまっている。
かなり広範囲に散らばってしまっていて、私たちは反射的に拾おうとしゃがみこんだ。
「す、すみません!」
ピシッと動きが止まった。
この、声は…。
バッとそちらを見ると、そこにいたのはやはり瑞姫さんだった。
今拾い上げたプリントにも、間違いなく彼女の名前がある。
というか、これ、テスト結果だ。見てしまった。学年6位。
「自分で拾いますから! 当たらなかったですか?」
「大丈夫、大丈夫。」
「皆で拾えばすぐですよ。」
二人は気にした様子もなく、受け答えしながら散らばったものを拾う。
私も、何か言わないと…! このチャンスを不意にするわけにはいかない!
「ご、ごめんなさい、これ、見ちゃいました。」
とりあえず謝罪しておく。見られてうれしいものじゃないからね。
「いえ、ありがとうございます。」
にっこりと笑ってお礼を言ってくれる。さすが乙女ゲームの主人公。成績よくて、顔面偏差値高くて、性格もいいとか…完璧か。
演技の可能性もあるけどさ。
「あの、「瑞姫、大丈夫か? ドジなところは変わんねぇなぁ。」
今度は私だけではなく、亜紀も固まった。
「えへへ、ごめんね、良君。」
彼がこちらに降りてくることはなく、瑞姫さんは最後にもう一度謝罪して、お礼を言って階段を上がっていった。
同じく上に行くはずの私たちは動かずそれを見送った。
そして、無言のまま教室に戻る。
真理が首をかしげているが、ちょっと待って。
そして、自分たちの席まで行くと、爆発した。
「今の! 坪田君よね! びっくりしたぁ。」
「こっちの階段で遭遇するなんて思ってもなかった!」
「私あんなに至近距離で見たの初めて! そんなに近くなかったけど!」
「確か瑞姫さんと幼馴染だっけ?」
「瑞姫さん、名前で呼んでたね。仲良さそうだった~。」
二人で思ったことを話しまくる。
真理が苦笑しているのが見えるけど、ごめんね。これは仕方がない。
まさかのキャラとの接触!
瑞姫さんとは言葉も交わしちゃったよ!
坪田君が来なければ、仲良くなれたかもなのに!
いや、あのセリフからして元々一緒にいたのか!
どちらにせよチャンスだったのに! でも、坪田君マジイケメン! 声もゲーム通り! かっこいい!
「坪田君と接触したの!?」
私たちの声が聞こえたほかの女子たちが集まってくる。
一連の流れを説明すると、みんなで盛り上がった。
「やっぱり、お互い気があったりするのかな!」
「私にもイケメンの幼馴染がほしかった!」
「都市伝説だと思ってたのに! 実際にいる人がいるなんて!」
基本的にみんな目の保養として盛り上がっているので、瑞姫さんを悪く言う人はいないようだ。
平和が一番。
「仕方ないなぁって感じで笑ってて、超かっこよかった!」
「見たかった―!」
「脳内記憶を再生する機械の開発はまだ!?」
「あんたそれ小説の読みすぎ!」
皆でキャーキャー盛り上がる。男子の冷たい目? 気にするな。
それにしても突発イベントは心臓に悪い!
でも、これで少なくとも瑞姫さんとは顔見知りになれたはず!
この記憶があるうちにもう一度接触できれば知り合いになれるかも!
こうなったら、イベント妨害する勢いで!
雨イベント…私が瑞姫さんに傘を貸してみせる!
そんな決意をした。
6月、梅雨に入って何度目かの雨の日。
ビニール傘をさして帰る瑞姫さんを遠目に見送った。
普通に購買に傘売ってるし。
他人に借りるくらいなら買うよね…。そらそうだ…。
あれは、知り合いだから成り立つイベントだね。
もちろん他のキャラにも同様のことが言えるわけで。
せっかくの遭遇も生かせずにただただ日々は過ぎていったのである。




