表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

壺の上で踊る 学院への道(悪役令嬢モノ)

作者: 海老
掲載日:2015/03/29

連載にしました。

http://ncode.syosetu.com/n5348cp/

感想くれた人もいるので短編も残しておきます。


http://ncode.syosetu.com/n9985co/

の続きです。

壺の上で踊る 学院への道(悪役令嬢モノ)




 奇矯な旅であった。


 大病を患ったはずの侯爵家の姫が、学院へ入学する。

 侯爵領より帝都までは二週間の道程である。

 学院への入学は、侯爵家の姫が社交界に正式に出るという意味合いもあり、本来であれば一門の家臣若衆による行列で幾つかの領を陸路で抜けるものだ。実際に、姫の弟に当たる侯爵家の嫡子が入学に赴く時など、街道は祭りのようであった。

 宿場の娘たちは、一目で恋に落ちて側室に、などという夢を見て着飾って行列の見物に並び、子供たちは勇壮な騎士に憧れの篭った熱い瞳を向ける。

 若い騎士と恋に落ちる宿場の娘というのは珍しいことでもなく、貴族の次男坊以下であれば、平民の娘と結婚するというのもよくある話だった。


 大病を患い二目と見られなくなったサリヴァン侯爵家の姫。

 この話は民草にまで広く流布した噂話だ。侯爵領のどこかに幽閉された姫は、奇怪な病によって人食いの怪物になっている。だとか、生きながら腐っていく病で、侯爵家の罪を贖っている。などと、好き放題な言われようである。

 この噂は当のサリヴァン侯爵家が流布したものであった。

 政敵に娘の不在を知られるのを由としないため、あえて口に出すのも憚られる噂を流したのだ。侯爵に対して、ことの真偽をそのまま確かめるとなれば「理由」が必要であった。なぜなら、このような噂話を耳に入れるだけで不敬とされる。不興を買うだけに止まらず、侯爵家に対する侮辱であると話が大きくなれば、それこそ戦になってもおかしくない。

 人の口に戸は立てられぬ。

 病魔によって醜女に成り果てた人食いの姫。

 帝都へ行くために街に近づいている。などという噂が流れていた。



 聖女の林道を抜ければ、三日ほどで帝都へたどり着く。

 エルフ自治領であるエークイス大森林は、大とつくだけあって広大な林道である。エルフを始めとした多くの亜人が暮らしている。

 二百年前に聖女アメントリルがエルフと講和を成立させ、大森林を抜ける林道を整備した。東西南北に大森林を抜ける林道が整備されていて、林道を通りさえすれば亜人や獣の害はほぼ存在しない。森林警備のエルフたちが、定期的に森を見回りしているからだ。

 林道には宿場が幾つかあるが、どれも小さなものばかりだ。

 商売には向かないため、火急の用がなければ行商人も通らない。学院へ向かう下級貴族の子息であれば路銀の節約のために通る者もいようが、侯爵家の姫が通るはずもない道であった。

 リリー・ミール・サリヴァンは馬に跨って林道を進んでいた。

 大森林のむせ返るような草いきれは、春を目前に控えた大地の生命力に満ちている。

 『息吹』と呼ばれる呼吸法により、その生命力を体に取り込む。

 宿場を経って、夕暮れまでには大森林を抜けられるというところで、虎に襲われた。

 馬から飛び降りて落馬こそ免れたが、虎に噛み付かれて馬は首を折られてしまっていた。

「面妖な……」

 虎は強い生き物である。しかし、馬を好んで襲うことはない。それに、牛ほどの大きさに育つこともない。

 それほどの大きな虎であった。

 リリーは虎と相対して、剣を正眼に構えた。

 ざわざわと、森が鳴く。木立より鳥が飛び立つのと同時に、虎はリリーに振り返った。

「グォ・イ・ルークゥ」

 虎は言葉を発した。その意味は分からぬが、鳴き声ではない。呪いを叩きつけられかのような、怖気のはしる奇怪な声であった。

「きえええぃっ」

 リリーの気合の声は、凜、と。全身に襲い来る不快な念を霧散させた。

 虎は口角を上げて、嗤った。

「虎ではないな」

「ジャ・トゥー・レ・シヴォー」

 虎は人間の女をいたぶることを想起して嗤っていた。今まで食らってきた長耳も、雌の方が柔らかく美味かった。

 リリーは剣を鞘に納め、背負っていた木刀を代わりに手に取った。

 師のように、鉄の剣に息吹を自在に乗せられる腕前には至っていない。

「グァ・クゥ・シャ」

「悪意ある言葉であるのは分かるよ」

 師より譲り受けた木刀には、リリーと師と、それ以前の使い手の『息吹』が宿る。

 魔物の類か。

 師と共に倒したことのある魔物と姿形は違えど、その存在の形は似ていた。自然の理から逸脱したモノ、それは魔物である。故に、リリーの剣もまた、魔剣である。

 虎がおどりかかる瞬間、リリーの口から奇怪な音が漏れた。遊牧の民が独自に発展させたホーミーと呼ばれる歌によく似た音である。

 虎の爪と牙は、空を斬った。外しようがない間合いで、自分の身体がいうこときかずに、見当違いの方向に動いたのだ。そして、何も見えなくなった。

 リリーの木刀が、虎の頭蓋を砕く。

 木刀に乗った息吹が、虎の頭を砕くと同時に、全身の肉体に伝播する。一撃で肉体を内側から破壊されたのである。

 呼吸を整えて、リリーは油断なく虎を見据えた。魔物であれば、ここからさらに立ち上がってもおかしくない。

 背後の気配に対して、リリーは何もしなかった。

 頬を掠めるほどの距離で、弓矢が通り過ぎた。それは、虎の額を射抜く。びくん、と虎の身体が痙攣して、全身からひどい匂いの煙を上げ始めた。

「見させてもらったが、凄まじい腕だな」

 背後の気配は、声もかけずに射ったことについては謝罪する気はないらしい。

「貴公こそ、気取らせずに射るとは」

 振り向けば、リリーより少し背の高い男が、林道の木から飛び降りている所だった。

「エルフ、であるか」

 リリーは楽しげに笑った。

 初めて見るものが珍しい。故に笑みが浮かぶ。子供じみた笑みだ。

「長耳を見るのは初めてか、益荒男よ」

 エルフの男は、頭巾とマスクで目しか見えない。だが、虎のような黄色い瞳だった。

「男ではない」

「分かっているが、そう呼ぶべきだろう」

「貴公ほどの射手に言われるとむず痒いね。これは、魔物か?」

「ああ、少し前に、裂け目から現れた悪魔に憑依された。手こずると思っていたが、キコウのお蔭で助かった」

 キコウ、とどこか皮肉げにエルフは言う。

「エルフ様にはどのように話したらいいのか。わたくしには測りかねます」

「ハハハ、似合わんよ。貴公なんて言われると、ケツが痒くなっちまって、な。茶化すつもりはなかった。俺はル・ファン氏族のリッドだ。名を交換してくれるか、見目麗しい益荒男よ」

「エルフというのは、もっと神秘的なものだと思っていたよ。リリー・ミール・サリヴァン。侯爵家の人食い姫と噂されている」

 エルフは顔を綻ばせたようだ。目で、それと分かる。

「嘘ではないか。人の姫君というのは、こんなに強いものなのか?」

「私は変わり者だよ」

「だろうな。人食い姫よ、こいつの皮はどうする?」

「虎の皮は、腰につけると落ち着く。家族には評判が悪くて、取り上げられてしまってな。その分があれば助かる。残りはリッドが使うといい」

「……俺はトドメを刺しただけだ。貰いすぎだろう」

「肉は食えそうにない。皮のなめしをリッドの氏族に頼めるか。あっちにいるだろう」

「気づいていたか。あれは未熟でな、下がらせていた。重ねての非礼を詫びる」

「お前ほどの男が卑劣な行いはしないだろう」

 リッドは頭巾とマスクを外した。

 灰色の髪の偉丈夫である。どこか、気さくな雰囲気があった。

「さしたるものはないが、村に招待しよう。益荒男よ、今日の宿は決まっていないだろう?」

 こんな所に宿など無い。もったいぶったことを言う男だ。

「ありがたく受け取ろう。益荒男はよして、淑女と呼んでくれはしまいか」

「姫様、エスコートさせていただきましょうか?」

 諧謔の好きなエルフの案内で、村に三か月ほど逗留することになった。

 入学式には間に合わないが、仕方あるまい。



 リリーは知らぬことだが、エルフの村に招待された人間は聖女以来である。



 エルフの村について、入学が遅れる旨の手紙を侯爵家と学院の両方に送ることになった。

 一人旅に対して母上が最後まで反対していたこともあり、捜索隊が出る騒ぎにはしたくなかったためだ。

 村は牧歌的で、エルフたちは総じて弓が上手い。

 リッドほどの射手は大森林でも数人ということだが、子供から大人まで総じて弓が上手かった。故に、手ほどきを受けることにしたのだ。

 師匠から弓は倣っていたが、概要を知る程度である。子供たちに混じり、老練のエルフから弓を習う。

 リッドは「教えるのは年寄りの仕事だ」と、リリーを狩りに誘うことはあったが師事することはなかった。当然である。

 武人なのだ。高めあうのは戦いの中で行いたい。未だ、リリーもリッドもその年頃であった。



 死合うことはなかったが、リッドとは何度も魔物を狩りに出た。

 裂け目と呼ばれるものも見ることができた。

 林道で死した者たちの無念が集まり、異界の道を開く。それは、真っ青な光の渦である。そこから這い出すのは、半透明の悪鬼だ。

 剣と弓。

 互いに背中を合わせて、裂け目より這い出る悪鬼を討つ。

 獣や人に取り憑いたものを倒すこともあった。

 得物は違えど、同等の技量。高めあうことに、リリーとリッドは知らず笑みを浮かべることがあった。



 リッドはある時、リリーに壺を貸してくれと頼まれた。

 古くなった水瓶を軒に放置していたので、それを渡したところひどく喜ばれた。


「そんなもので何をする」

「鍛錬だよ」

「見ていいか?」

「……そうだな。気が散ると危ないから、少し離れた所か木の上からなら」

「面白そうだ」


 リリーは自分の背丈ほどもある水瓶の前で、靴を脱いだ。そして、ぴょんと飛んで水瓶の縁に乗る。

 木刀を用いた剣舞が始まる。

 壺の上で踊る姫。

 『息吹』にて森と一体となる。

 まるで、エルフのお伽噺にある精霊の女神のようだと、リッドは思った。



 老練のエルフは、『息吹』を使う人間に会ったのは三百年ぶりだ、と言った。

 森と共に生きるエルフは、自然そのものに溶け込む『息吹』に対して、敬意は払うが自らが行うべきでないと考えている。

 一般に肉は食べないとされるエルフだが、普通に肉も食べた。それは森のエルフではなく、天のエルフという伝説の存在のことだけらしい。

「ふむ、見事。その腕前ならば、弓を扱えると言ってよかろう」

「師事頂いたこと、忘れません」

「なに、堕ちたるスーリアを大地に還した礼よ。かしこまる必要は無い。もしも、人の世に飽きたらまた来られるが良い」

 老練のエルフは真剣そのものの顔で言った。スーリア、エルフの古い言葉で虎を示す。

「ふふ、旅することがあれば立ち寄ります」

「……うむ、歓迎しよう」

 老練のエルフはそう言って、最後の修練を締めくくった。

 人に産まれたのが惜しいほどの才である。だが、剣ほどの才は無い。いや、彼女にとって剣は特別なのだろう。だからこそ、弓にどれだけの才があっても身命を賭すに当たらない。

だとしても、彼女が一つを極めるための一助となるのならば、悪くない。誇り高いエルフはそう思っている。




 出立の日、「残れ」とエルフの皆が強く言った。

 村に居ついいて欲しい、とエルフ誰しもが思っていた。

 リッドはそうしないことが分かっているのか姿を見せなかった。照れ屋な彼らしいとリリーは思った。

 村を出る時、蹄の音が鳴った。

 それは、人の乗れる鹿である。駆けてくる鹿の上には、リッドが跨っていた。

「リリー、餞別だ。受け取れ」

 周りのエルフは「スーガ・ハラ」とつぶやく。

 紫色の体毛にオレンジのラインが入った馬より大きい鹿である。立派な角が横に伸びている。

「ふむ、立派な鹿だが、いいのか?」

「ああ、お前のために捕まえた。名前は俺が付けたんだが、よかったか」

「いいさ。なんという名前だい?」

「ミラールだ。受け取ってくれ」

 リリーがミラールの頭を一撫で。ルヴゥと啼いた。気性は荒いようだが、言うことを利くのは吝かではないようだ。

 リッドが降りると、ミラールは彼を蹴り上げようとした。が、リッドは猫のような身のこなしでそれをかわす。ミラールの鼻息が荒くなった。

「じゃじゃ馬、いや、じゃじゃ鹿だね」

「リリーほどじゃないさ」

 リリーが跨る時には、ミラールは暴れる素振りすら見せない。

 馬より乗りにくいのは確実だが、力強さと毛の柔らかさは気に入った。なんとはなしに、運命的なものすら感じる。

「リッド、ありがとう。とても良い鹿だよ」

「なあに、あんたの笑顔が見たかったのさ。また、来てくれ」

「ああ、では、各々方、お達者で」

 駆けだすと、エルフたちから歓声が上がった。別れの日だというのに、祭りのような明るさであった。

 大きな虎の革を腰に巻いた姫が、大鹿に乗って旅立つ。

 姫君には奇矯な旅路である。が、人食い姫と呼ばれるなら、このくらいの諧謔が望ましい。

リリーはリッドの諧謔クセが伝染したかな、と口元に笑みを刻んだ。





 老練のエルフは、手に持っていた弓で、ぴしゃりとリッドの尻を叩いた。

「この小僧めが。スーガ・ハラとマーリロイの儀をなんと心得る」

「親父、俺は本気だ。言葉は足りなかったが、諒解は貰ったぜ」

 マーリロイ、とはエルフの古語で『婚儀』を意味する。スーガ・ハラは違う氏族の女性

に結婚を申し込む際に必要な貢物だ。また、スーガ・ハラは婚姻を認める精霊でもあり、スーガ・ハラがどちらかを、あるいはどちらもを乗せない場合は、婚儀は精霊に認められないとして執り行われない。

「なれば、今から追いかけて嫁にせよ」

「いや、そいつは無理だ。姫様を頂くには、人間のやり方で偉くならなきゃいけない。冒険者になって、名前を売るさ。森を出るよ、親父」

「……馬鹿息子めが。いつまで儂を現役でいさせるつもりだ」

「なに、もう少しの間さ」

 この後、リッドは冒険者として大成する。

 後の世で、森を出る切っ掛けは大いに誇張されて語られる。そんな、伝説の幕開けの日であった。



学校にすらつかねえが、筆は進む進む。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いです 学園へは武者修業に行くの? それか破邪の業? 学園には「たのもうっ」ってあらわれてほしい。 [一言] 壺で踊るシーンが前作から好きです。 なんかぼうっと映像でいえば桜の下の篝…
[良い点] 前作から読ませて頂いておりますが、キャラ設定も、巧みな描写も全て素敵でほぅっとなってしまった。 [気になる点] 皆さんもおっしゃってますが、悪役令嬢はいずこに? [一言] ……まあ、面白い…
[一言] 面白いです。 続きが楽しみ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ