永遠の王
引き続き赤の王視点
アルトリウスの遺体は騎士によって玉座に運ばれた。穏やかな顔をした男を、騎士は涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら抱えて運んだ。その酷い顔は兜に隠され見られはしなかったが、そのすすり泣きから騎士が泣いていることは近づいた者には簡単に知れた。
帝国の攻撃が一旦止まっているからか、情報共有のために戻ってきていた円卓の騎士が四人程いたが、いずれも満身創痍と言ってもいい状態だった。
「聖剣はお前が継いだのか、ゴーヴァン」
「…はい、民を、皆を頼むと」
「では、お前は聖剣を持ってこの地を離れろ」
「カイウス卿?!一体、何を言っているのですか。聖剣はこの地の守りの要、それを離れよ、とはどういう事です」
「王の死と共に受け継がれた以上、ゴーヴァンの封印者としての力はたかが知れている。アルトリウスが勝てなかったものにこいつが勝てるとは思えん。アレが今一度この国を襲うことともなれば、この地の民は死に絶えるだろう。…白の王の対抗が必要なもの、赤の王は今はこの地から失われねばならぬのだ」
男の主張は成程頷けるものだと彼は思った。封印者の力量で引き出せる力に差があるとはいえ、元来赤と白の力は拮抗している。騎士王亡き今、帝国にとって警戒すべきは赤の王だけだろう。
「しかし、それは…今のゴーヴァン卿にかけるには酷な言葉ではありませんか」
「…良いのです、ベドウィル卿。カイウス卿、あなたの仰る通り、私はすぐに準備を整えてこの地を離れましょう。万が一にも聖剣を帝国に奪わせるわけにはいきませんし」
「また生きて戻ってこい、ゴーヴァン」
男の言葉に、騎士はただ小さく首を振った。
騎士は、目立つ鎧を脱ぎ旅装に着替えると、聖剣をぼろ布に包んで愛馬にまたがった。日輪の加護を受けてキラキラと輝く金髪が馬に揺られ、風になびく。
成人の年は過ぎれどもまだ若輩の域を出ない青年は、泣きながら馬を駆った。
まるで、何かから逃げようとするかのように。
「…私の選択を、あなたは喜びはしないでしょう。けれど…私はあなたと赤の国を滅ぼした帝国を許す事は絶対にできない」
塔の上から街を見おろし、青年は呟いた。
聖剣を抜き放ち、青年は祈りの言葉を唱える。封印から溢れだす力が、周囲に対流を引き起こしていく。己の許容量以上の事をしようとしている為か、青年の体に血が滲む。青年は血を吐くようにして、叫んだ。
「目でも腕でも、何なりと持っていけ!赤の王、貴様は自由だ、私ごとこの地を喰らい尽すがいい!」
その叫びと共に、聖剣の刃が砕け散る。彼は己の力が急激に膨れ上がるのを感じた。否、この表現は正しくないだろう。より正確には、封印によって抑えられていた力がそれを解かれたことで元に戻ろうとしているのだ。
そして、その力の奔流は、ある一点まで高まったところで爆発した。
封印が解かれたことの余波で吹き飛んだ街の中心に彼は降り立った。
久方ぶりの外の空気に感慨深いものを覚えながら辺りを見回す。見渡す限り、瓦礫さえ残さないほどに綺麗になっている。残っていたのは、虫の息の青年くらいだった。
全身から血が流れ、四肢の骨も折れている様子があり、その左目は完全に潰れているようだ。その躯が人の形を保ち、まだ息がある事が奇跡とも言える程の状態である。恐らく、その身に宿していた日輪の加護が、最後に青年を助けたのだろう。とはいえ、このまま放っておけば死ぬであろうことは想像に難くないが。
青年は、唯一無傷で残っていた美しい緑色の瞳からとめどなく涙を流していた。
「俺の封印をその身を以って解いてくれた事、感謝するぞ、人の子よ」
彼の声が聞こえているのかいないのか、青年は返事をしない。ただ、ゆっくりと目を閉じた。
「…だが、恩に報いぬのおは義に反する。…アルトリウスのやつも言っていたしな」
彼はその身を人と然程変わらぬものに変じる。
「騎士の献身に応えず、報いずして何が王か。私も人には王と呼ばれた身だ。ならば、その献身は報いるに値する。…受け取れ、人の子よ」
彼は己の目を一つ抉り、青年の左目に埋め込んだ。流れた血が傷を塞ぐ。異なる理に触れた拒絶反応に青年はか細い悲鳴を上げた。彼は元の竜形に戻り、青年を抱えあげる。
己の行動に後悔はなかった。これで青年が命を取り留めるかは賭けではあるが、負けるつもりは毛頭ない。
「乗り越えてみせよ、人の子よ。他種族といえど、あたら若い命が散るのは惜しい」
その声に哀惜が含まれていた事に、彼自身が驚いた。恐らく、アルトリウスの感傷が移ったのだろう、と思う。