王の役目
赤の王視点
「おはよう、相棒」
『…おはよう、アート』
男はにっこりと笑う。
彼は男…騎士王アルトリウスを若き日から知っている。聖剣に選ばれ、封印者となった時から、この男はまるで友にするように親しげに彼に話しかけるようになった。
彼の記憶にある限り、そんな物好きはこの男一人であり、封印者としての力量も歴代最高と言っていい程だった。
それは、何の因果かこの男が竜の血を引いているからなのだろう、と彼は思っている。竜の血が彼に親しみを感じさせているのだろう、と。
「モルドランは、騎士として、将としては優秀だ。人心を掌握することにも長けている。…だが、アレに王の器はないだろうな」
男は独り言のように呟いた。
『後継者の心配か』
「封印者は剣が選ぶが、王は封印者である必要はないからな。…モルドランは、封印者にもならないんだろうが」
男は遠い目をしてそう呟いた。その言葉には奇妙な確信が感じられた。
『モルドランは確かにお前の子なのだという話ではなかったか?血の濃さも申し分ないほどの』
「ああ。姉上に言われた時は半信半疑だったが、アレは確かに私の子だ。だが、アレは戦を好み過ぎる。アレが王か、封印者にでもなれば死体の山を築きあげることになるだろう。…妥当なところでは、ゴーヴァンあたりか」
それが、王の座か、封印者の役目か、男は明言しない。だが、彼はそれを問い質す気はなかった。彼にとってそれはさして重要な事ではなかったからだ。
何者かがこちらを窺っていた事に気付いていても。
帝国による、赤の国への侵攻。
電撃戦の様相を呈したそれは、僅か数日で国境から王都へとその牙を届かせた。白の王の力を擁した封印者の攻撃は、容赦なく王都に襲いかかった。
「くっ…打って出るぞ。相棒」
『確かに、俺の力で白いのに対抗することは可能だろうが、出る必要があるのか?』
騎士王は将である前に王である。戦場の最前に出るのは相応しい行動とは言えまい。
「騎士の献身に応えずして、何が王か!円卓の騎士たちが鎬を削っているのだ、私一人が後方でふんぞり返っているわけにはいかない」
今となっては、城の中にいても城下に出ても、封印者としての能力を行使するにあたっては誤差程度のことに違いない。けれど、この男にとってはその行動も意味のあることらしかった。彼も別に止めようという気はなかった。
赤と白のぶつかり合いは、半時におよび、しかし、競り勝ったのは白だった。白は暫く王都とその住民を蹂躙した後、満足したかのように撤退していた。
男は、能力行使の負荷と、能力のぶつかり合いに負けた事のダメージで吐血した。
「ぐっ…私は、此処で倒れるわけには…」
その時、背後からの刃が、男を貫いた。男はわけもわからず倒れ込む。彼には見えていた。男の背後に立つ青年、モルドランが歪んだ笑みを浮かべていたことが。
「…あなたが悪いのですよ、アルトリウス王…いえ、父上。あなたが私を、後継に選んでくださらないから」
モルドランは狂ったように笑い声を上げ、聖剣を手に取ろうとして剣に拒まれた。
「くっ、何故だ。この期に及んで…」
『悪用を防ぐ為、前の封印者を殺した者は封印者にはなれぬのだ。…と言っても、既に俺の声は聞こえぬか』
彼は男に認識阻害をかける。致命傷を受け、既に助からないとはいえ、これ以上男が傷つけられるのを見たくはなかった。半狂乱になったモルドランが幻影を追って走り去る。
『…何か言い残すことはあるか、アルトリウス』
「…私を、看取ってくれるのか?」
『他にいなければな』
男が苦笑した時、その場に現れた騎士があった。日輪の加護を受け輝く、白銀の鎧。唯一王都を離れていた円卓の騎士、太陽の騎士ゴーヴァンだった。騎士は男を見つけ、すぐさま膝を折る。
「叔父上…いえ、王よ、一体何が在ったというのですか?!何故、このようなことに…」
「帝国の、侵攻だ。やつらは、"白"を擁していた。…私も、随分老いてしまって、いたらしい。そろそろ、若い者に道を譲る、頃合い、だったのだろう、な」
男は騎士に聖剣を差し出す。
「この剣は、お前が継げ」
「!…しかし」
「お前は、我が円卓、最高の騎士だ。私を欠いた騎士たちを、導いてゆくことも、できるだろう」
「…無理です、叔父上。私には、できません」
「できなくとも、誰かがやらねば、ならん。残された、民の為にも」
男は何処にそんな力が残っていたものやら、少々強引に騎士に剣を握らせた。封印の継承と共に男との繋がりが薄れるのを彼は知覚した。
「皆を頼むぞ、我が騎士ゴーヴァン」
「…拝命、仕りました」
騎士の返答に男は満足そうに笑み、そのまま息を引き取った。それを確認し、騎士は静かに泣いた。彼もまた、己を相棒と呼んでいた物好きな男の死を悼んだ。