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ぼくにできること


佳大とあすかが出会ったのは7年前。

ようやくそれなりに起動にのってきた「和」に、あすかが客として訪れてだった。


付き合いだしたのはその1年程後。仕事で大きなミスをやらかし、その処理で連日残業の上、上司にこってり絞られ心身ともにボロボロになったあすかが、佳大に癒され告白したのがきっかけだという。


特に隠していたつもりはないので、和佳や恒平、千明、成実他、「和」の常連達は二人の関係を知っていた。

というよりは、「和」に顔を出さない女子高生二人だけが、接点がなかったため知らなかった。と言った方が正しいのかもしれない。



△▼



『よしくんごめん。今度のお休みに会おうっていう約束、急に予定が入って無理になっちゃったの』


7月の第三月曜日(海の日)。予定通りなら数ヶ月ぶりに泊まりであすかに会いに行っているはずだったその日。

ドタキャンされヒマをもてあましていた佳大が、お昼頃ダイニングに転がってテレビを見ていると、昭栄の所に遊びに来ていた千明に蹴られた。


「アキちゃん。突然何するの」


軽く蹴られただけなので痛くはなかったが、理由がわからないので抗議すると


「鈍感。ヘタレ。休日のトド親父かあんたは」


などという謎の悪態をつかれ、さらに夕方過ぎには成実に妙に白い目で見られ、恒平には何故かなぐさめるように軽く肩をたたかれた。


そしてついに夜には、怖い笑顔の和佳に「兄さん。お話があります」と詰め寄られた。


「な、何? 和佳ちゃん。かしこまっちゃって」


和佳が自分相手に笑顔かつ敬語の時は、確実に怒っているのだと佳大は経験で知っている。けれど、今回は特に怒られる心当たりがないので、彼は内心とても困惑していた。


「……兄さん、あなた今幾つです?」

「来月末で、32歳。です」


なにやら冷気を放っているような気さえする和佳の気配が怖いので、佳大には質問の意味が取れなくても訊き返せずに素直に答えるしかできなかった。


「それじゃ、あすかさんは?」

「僕の3つ下で、もう誕生日は過ぎてるから……29歳」

「そう。三十前」


答えた瞬間、冷気が強まったような気がした。しかも、「29歳」をわざわざ「三十前」と言い直した声は妙に低く重かった。


「ねえ兄さん。今日、あすかさんは何の用事があったと思います?」


急に話題が変わる。けれど、和佳の表情も声も怖く、冷気はただよったまま。


「わ、からない。です。…ええと、仕事、ではないのかな?」


答えを和佳が知っているのか判らないが、とりあえず顔色をうかがいながら答えてみた。


「仕事、ね。まあ、無関係とは言わないけれど」


和佳は妙に勿体つけて一旦言葉を区切ると、チラリと佳大のほうを見てから爆弾を投下した。


「……上司の紹介で、お見合いですって」

「!」


驚いて佳大が言葉を失っていると、和佳は更に先を続けた。


「仕事熱心で優秀な部下に立派な結婚相手を世話してあげようっていうのは、ある意味いい上司よね。何しろ、結婚しても仕事を続けても良いっていうような相手を用意してくれたらしいもの。他にも、社員寮の管理人のおばさんや実家の親、親戚なんかからも、たくさんお見合い話が持ち込まれてるみたいだし、既婚の先輩や同僚がしょっちゅう合コンセッティングしてくれたりもしている。ってきいたわ」

「え、だって…僕いるのに?」


ようやく言えたのがこれだけだというのが実に情けない。と思いつつも、佳大はどう反応して良いのかよくわからなかった。


「一応、先輩や同僚の中には、遠恋中の恋人がいるって知っている人もいるみたいだけど、『6年も付き合っていて何も言ってこない相手なんか』みたいなことを言われたりもするそうよ」


確かに、それも一理あるような気がしてきてしまうから恐ろしい。


「何しろ、世間的には『アラサーは崖っぷち』みたいな扱いをうけるからね」

「でも、僕はそういうの言われたことないよ」


自分が若干世俗に疎い自覚はあるが、それでも佳大は少し納得ができず反論しかけると、


「そりゃ、男と女では違うもの。それに、こっちは親兄弟も周囲も相手がいるのを知っているから、誰も持ち込まないの」


当然だとばかりに怒られた。


「えっと、じゃあ、和佳ちゃんは? その理屈で言うなら、その、20代後半な和佳ちゃんだって…」


身内はともかく、職場の誰かからその手の話が来てもおかしくないのではないか。と言おうとすると、ギロリとにらまれた。


「あたしのことは放っておいて。自分でどうにでも出来るから。…ともかく、お兄ちゃんはあすかさんのことをどうにかしなさい! 話はそれだけだから」


最後に怒鳴りつけて釘を刺すと、和佳は自室に戻ってしまった。



一人リビングに取り残された佳大は、今日一日やけにみんなの態度が妙だった理由はこれだったのかと気付いたものの、今度は逆に何故知っていたのか疑問に思った。

和佳には、多分あすか本人が相談したのだろう。お互い佳大に苦労させられているのであの二人は仲が良いし、状況的にも「彼氏の妹に彼女がグチる」のは自然である。そうすると、恒平は和佳経由で断片的に何か聞いている。といった所だろう。具体的なことまでは言わずに色々と相談したりグチをこぼしたりはよくしているから、それもいつものことだ。問題は、千明と成実になる。

転勤以前ならば「和」で佳大がいない時に。というのもありえたが、今はそれは不可能だし、和佳が教えたとも思いがたい。二人共口が軽い性質ではないがどこで漏れるか分からないし、そもそも教える理由がない。


(尚、種明かししてしまうと、和佳があすかから電話を受けた際にその場にいて、もれ聞こえた会話から内容を推察して和佳に確認をとったから。というだけだったりする)


夏帆の数ある無責任と真理の狭間の教えの内、「考えても解らないことは考えても仕方ない」と「悩みはなるべく持ち越さない」を忠実に実行している佳大は、しばらく考えても解らなかった理由はさておいて、自分も今日は寝ることにした。そういった所が、和佳の苛立ちをつのらせることも実は自覚しているので、とりあえず「訊けそうな時に訊けばいいよね」と自分に言い訳をして。

ただ、あすかのことだけは本当にどうにかしようと心に誓っていたが。



△▼



翌火曜日。夏休みに入った昭栄は、朝から「和」に居た。

同じ様に休みになった学生客もちらほらいて若干混み気味―多分和佳を巻き込んで「宿題手伝います」の看板を出しているせいだろう―の中、自力で持ってきた宿題を解きながら、佳大を観察していたのだが、彼は時々学生の質問に答える姿が「ああ、そういえば大卒だったか」と感じる以外には、普段とまるきり同じだった。



「ねえ、千明ちゃん。ひろ兄、いつも通りだね」


高卒のため、あまり学生からの質問を受けることなく通常業務をこなしている千明を呼び止めて声を掛けると


「プロだしねぇ、一応」


との答えが返って来た。流石に十年もやっていれば、私情も体調も誤魔化して笑顔を作れるらしい。


「見ての通り夏休み中は慢性的に忙しいから、大さんに話がしたいんなら休憩中か帰ってからがいいと思うよ」


聞けば佳大の休憩時間は二時間程度で、忙しくなってきたら途中で切り上げることもあるそうだ。

しかしそう言った後千明は、


「ヒマがあるなら、もう少しここにいると面白いもの見れるかも」


とも軽く笑って付け加えた。




午後1時前後。千明の言葉に従い、佳大製の比較的美味しい(不味くない)サンドイッチでお昼を済ませた昭栄は食後のコーヒーを飲んでいた。そんな彼女が見たものは、慣れた様子で店内を給仕して回っている恒平の姿だった。


「恒くん、『和』でもバイトしてたんだ」

「長期休みと、大さんがいない時要員だからね」


皿をさげに来た千明が、独り言に相槌を打ってくれた。


「ひろ兄が居ないこともあるんだ」

「そりゃ、ただの人なんだから、病気でダウンしてるとか外せない用があることもあるしねぇ」


思ったことをそのまま口に出したら呆れられた。


「ところで、恒くんって意外に男の子に人気あるんだね」


しばらく様子を見ていて昭栄が気になったこと。それは、恒平が妙に男子中高生に慕われているっぽい気がすることと


「あと、今勉強教わってるあの子、高校生だよね」


先ほどから時折学生から宿題の相談を受けていることだった。


「……男子に慕われてるのは、色んな意味で経験豊富で面倒見もいいんで、色々聞けるし相談にものってくれるから。勉強の方は、高卒とはいえ受験直前に大学進学やめただけで、意外にちゃんと学生やって内容もしっかり理解していたみたいだから、未だに覚えてて解りやすく教えんの巧いのよ。実は」

「へえ……」


経験の豊富さと面倒見のよさについては、長年の付き合いである程度は昭栄も知っている。けれど、高校時代の成績が良かったことや、大学受験をやめた話については聞いた事がなかった。


「遊び人装っても根は真面目……ってほどかっこいいもんでもないけど、見栄っ張りの白鳥タイプだから。恒平くんって」


要は、努力や苦労してる姿をさらすのは格好悪いと考えているということだろうか。


「・・・・・・詳しいね。千明ちゃん」


恒平が受験生だったのは、もう十年も前のことになる。当時昭栄は小学二年生だったので、事情も何も知らなくても仕方ない。けれど、千明だって二歳しか違わないのだからまだ小学生で、しかも九州の祖母の下にいた筈なのに、何故色々知っているのか。そう思うと少し胸が痛んだ。


「私も聞いたのは後になってから。夏帆ばぁにグチる優耶さんとか、ここの常連さん情報だよ」


そんな昭栄を、千明が苦笑しながらなぐさめた。佳大・恒平・和佳の話題は、どうやら「和」では格好のネタ扱いを受けているらしい。


「それにね、あの年長連中は、特にきえには変な所は見せないようにしてる。ってこの間も言わなかったっけ?」

「聞いたような気も・・・」

「私達やナルさんには今更とりつくろっても無駄だからってあまり隠そうとしないけど、あんた相手には必死よ。結構」


それを解っているから、千明も成実もあえてもらしていない話は割と多い。特に色恋沙汰及び男女関係については、プライバシーとイメージの問題でとても言えないようなことが多々ある。とまでは千明は口にしなかった。




▽▲




千明も昭栄の相手をしている余裕がない程度に忙しくなったのを機に帰宅し、本日分の宿題のノルマ(自分で決めた)は「和」にいる間にこなしてあった昭栄は、夕食までを読書感想文用の本を読んだり、正己の宿題を手伝ったりなどして過ごした。

そして、夕食後佳大に「話がある」と声を掛けた。その時に彼が一瞬ビクッとした理由は解らないが、特に気には留めなかった。



「ひろ兄がコーヒーを淹れるようになったきっかけって何?」


喫茶店を始めた理由は一応知っているので、もう少し根本の所を聞いてみようと考えての質問だったのだが、佳大は少し困ったような表情になり、数秒考えてから

「母さんに、おだてられたから。……だったと思う」

と返してきた。



「うん。小学生くらいの頃から、いつの間にかコーヒーを淹れるのは僕の担当になってた」


記憶を辿りながら佳大は続けた。


「父さんが毎朝コーヒーを飲む人だから、コーヒーを僕が淹れて、小さかった和佳ちゃんが外から新聞を取ってくる。その間に、母さんが朝ごはんとお弁当の用意をして、姉さんは和佳ちゃんの着替えや僕の忘れ物チェックの担当だったような」


それが二十数年前の木佐貫家の毎朝の風景だったらしい。


「姉さんが結婚して以降は、和佳ちゃんは自分で着替えられるようになった上、僕の忘れ物チェックまでしてたなぁ。僕ってばそんな頃から和佳ちゃんに面倒かけてたのか……」


思い返してうなだれる佳大に、昭栄はどう声を掛けたものか少々悩んでから、思い切って話をそのままの方向に持っていくことにしてみた。


「でも、イヤイヤやってたわけじゃないならいいんじゃないかな? ほら、その、まぁちゃんの料理みたいに」

「え?」


殆ど思いつきで話す昭栄に、佳大は目を丸くしていた。


「最初はどんな理由があったにしても、好きだから今も続けてるんだよね。と思って」


千明や成実も「和佳の世話焼きは性分」と言っていたし、嫌なら見捨てて自立するくらい容易いのに、未だに傍に居続けているのは、和佳自身の意思である。

そして、佳大自身メニューの研究や料理・お菓子作りのスキルを上げるなど、店をよりよくするために努力しているではないか。そういった意味を込めて昭栄が付け加えると、照れたような驚いたような妙に納得したような穏やかな笑みを佳大は浮かべた。


「ありがとう。僕は、僕達は、君のそういうところに救われて癒されているんだと思う」


普段から、佳大は基本的にいつも笑っている。しかしこの時の笑顔は、もっと何だか慈愛に満ちて大人っぽい表情だと昭栄は感じた。



「折角の機会だから、少し僕自身の話や昔話をしてもいいかな」


落ち着いた笑顔のまま訊ねる佳大に、昭栄は黙って頷いた。



「……何から、話したらいいかな」


そう呟いてから佳大は、しばし考え


「僕はきえちゃん達もよく知っている通り、妹の和佳ちゃんに面倒をかけてばかりの情けない兄だけどね、これでも和佳ちゃんが生まれたばかりの頃は『この子は僕が絶対に守る』って思っていたんだ」


ポツリポツリと言葉を紡ぎ始めた。



「そもそも姉さんと8つも離れていたからか、姉さんは僕のことをすごく可愛がって色々世話を焼いてくれていたんだ。それは姉さん―というかウチの女の人―の特性に面倒見のよさがあるからなのかもしれないけど、とにかく妹か弟が生まれるって聞いたときから、『今度は、僕がその子に優しくしてあげるんだ』って思っていた。実際、出来ないのに何かと世話を焼きたがって、すごい甘くていつもべったりだったらしいよ。当時の僕は」


首が据わっていない和佳を抱っこしようとしたり、ふとんを顔の上までかけたり、絵本を―まだ字が読めないので―でたらめに読んだり、小さなおもちゃを与えて危うく飲み込むところだったり、他にも色々やらかしていた。と夏帆がことあるごとに笑い話として色々な人に話しているらしい。


「すぐに和佳ちゃんの方がしっかり者に育って、逆に僕が面倒を見られる側にまわっちゃったけど、本当は今だって和佳ちゃんの力になりたいと思ってはいるんだ。……まぁ、出来てはいないけどね」


そんな彼を「愛情が空回っている」と評したのは優耶だっただろうか。


「でもね、その一方で和佳ちゃんがそういう僕の気持ちを解ってくれていることを前提で甘えている。っていうのもあるんだ」


兄妹である以上、何があっても和佳は絶対に完全には自分を切れないことを佳大は知っている。


「こんなんじゃ、本当は双児にとやかく言える立場じゃないよね。シスコンもいいところだよ」


確かにその通りだと思う。けれど、昭栄は何も言わず先をうながした。


「お店の名前の由来もね、気付いてる人も多いだろうけど『和佳』から一字とってつけたんだ。もちろん和佳ちゃん本人だけでなく、恒くんや優耶さんに良くん秀くん、母さんにも呆れられたけど・・・父さんだけは『悪くないと思うよ』って言ってくれた」


そこまで言うと、佳大は少し間を置いた。


「もう一人、由来を知った上で『良いと思う』って言ってくれた人がいてね。それがあすかちゃんなんだ」


いつも通りの口調なのに、ほんの少しだけ「男」の顔が垣間見えたように昭栄は感じた。


「僕なんかには、もったいないくらいのいい子でね。和佳ちゃんみたいなしっかり者じゃなくて、どちらかというとおっとりしてる方なんだけど、ちゃんと自分を持った、芯の強い人なんだ」


あすかの話になった途端、佳大の目の輝きが変ったように見えた。


「すごく、好きなんだね。ひろ兄そのあすかさんって人のこと」

「ああ。そうだよ。先に告白してくれたのは彼女の方だけど、僕も彼女のことを誰よりも大切に想ってる。正直な所、和佳よりも大事になんだけど、どうもうまく伝わってなかったみたいでね」


苦笑いを浮かべる佳大に、昭栄はつい口が滑った。


「昨日が、お見合いだったこと?」

「何で、それを?」

「あ。えっと、その……1週間くらい前、ひろ兄が出掛けている時にあすかさんから電話が掛かってきて、そこにわたしとなっちゃんと千明ちゃんがいて、聞いちゃったの」

「……もしかして、固定電話の方にかかってきてた?」


よく考えてみると、和佳の携帯の方に掛かってきたのなら、自室にひっこんで周りに聞こえないようにするはずで、そうすればわざわざ聞き耳を立てるほど野次馬根性の旺盛な三人ではない。ということは、家の方にかかってきたということなのだろう。と、佳大はようやく気が付いた。


「うん。で、和佳ちゃんは一通り聞いてから携帯に電話するかもう一度かけなおしてひろ兄にも話すべきだって言ってたけど、かかってきてないの?」


これを聞いて、佳大はようやく女性陣があれだけ邪険な態度をとった理由が解った。見合いの話を知った上であの状況だったなら、それは責められて当然だろう。


「かかってきていない。メールもなかった。……僕、いい加減あすかちゃんに愛想つかされちゃったかな」


そう、佳大が自嘲気味に呟くと、昭栄からは「逆だと思う」という言葉が返って来た。


「え? どういうこと?」

「多分、話しても止めてくれなかったり、逆に賛成されちゃうのが怖かったんだと思う。それ位なら、いっそ知らないでいてくれた方がいいって、和佳ちゃんと話した後で思ったんじゃないかな」


妙な実感のこもった昭栄の言葉が、佳大には理解できなかった。


「ひろ兄、転勤するって聞いた時に、止めないでむしろ明るく送り出したでしょ」


言葉が見つからず目を白黒させている佳大に、昭栄が断定的に問いかけた。


「そりゃ、一応栄転だし・・・」


あすかが仕事に誇りを持っていることは重々承知していたから、多少寂しかろうと祝福しないはずがない。


「たとえそうだとしても! 笑って送り出されたりなんかしたら『離れても平気なんだ』とか『自分ってその程度の存在?』とか、不安になるもんなの!」


女性心理とは難しい。しみじみと佳大はそう思った。そんな佳大の様子に、昭栄はため息を一つつくと


「いっそ直接会いに行って、じっくり話したほうがいいかもね」


との少々投げやりなアドバイスを授けてみた。

つい先日まで自分と周りの関係について悩んでいた―今も完全には解決していない―一回り以上年下の少女に、ここまで言われてしまうのはだいぶ情けない話だが、そこまで佳大も煮詰まっていたと言うことなのだろう。



あくる日。和佳に次の休日にでもあすかの所に話をしに行こうかと思う。と話すと、恒平に代わりをやらせて自分も手伝うから、気にせず何日でも徹底的に話しに行って来いと言われた。


「それはありがたいけど、大丈夫なの?」


恒平には夏場は基本的に手伝いに入ってくれるよう前々から頼んではあるが、他の仕事もしているはずだと問えば


「今は夜間の工事現場と単発ばかりだから平気」


との答えが返って来た。なので、―何故和佳が恒平のバイト内容を熟知しているかについては、ひとまず考えないことにして―佳大は彼女達の好意に甘えることにした。



▽▲



「突然来てごめんね」


一応駅に着いた時点で電話はしてあったが、あすかの顔を見るなり佳大は謝罪した。


「ちょっと驚いたけど、別にいいよ。ただ、まだ仕事中だからどこかで時間つぶしててもらえる?」


電話をかけた際指定されたのは、あすかの勤務先の近所の公園で、彼女は休憩をとって抜け出して来てくれた様子だった。


「うん。本当に、都合も考えずに来てごめん」


再び佳大が謝ると、あすかは苦笑した。


「謝らないで。あたしが会う予定を理由も言わずにキャンセルしたのが悪いんだから。……和佳さんに叱られでもしたんでしょ?」


どうやら、佳大のいきなりの訪問の理由は、すっかりお見通しらしい。



「うん。預かってる高校生の子にまで怒られちゃった。それで、『じっくり話して来い』って言われたから、とりあえず泊まりで時間は気にしなくて大丈夫だよ。仕事、頑張ってね」


佳大が微笑んで言うと、あすかは「高校生にまで」の所で少しだけ目を丸くして、それから


「頑張るから、帰ったらよしくんがコーヒー淹れてね」


と茶目っ気たっぷりに笑って仕事に戻っていった。



その姿をひとまず見送ると、―社員寮に恋人を連れ込むのはどうかとあすかが考えているので―普段通りに佳大はビジネスホテルの部屋を取りに向かった。



数時間後。ホテルの部屋で、佳大はあすかのためだけにコーヒーを淹れていた。

道具は以前買ってあすかの部屋に置いているものを持ってきて、豆は「和」から持ってきた特製ブレンド。

部屋に荷物を置いたら、まずコーヒーを淹れ始める。それがあすかが転勤して以降の、彼らの習慣だった。


「よしくんのブレンド久しぶり。ああ、やっぱ美味しいわ。今じゃもう、よしくんの淹れたのじゃないと飲めなくって」


一口飲むなりあすかが笑う。


「それじゃ、自分でも淹れてないの? 道具はあるし、淹れ方も教えて、豆も置いていったよね」


前回会った時は「それでどうにか我慢できる」と言っていた筈だと問えば

「よしくんほど上手に淹れられないし、豆もうきれちゃったもん」

と返された。



「・・・言えば送ったのに」

「だって、それだけの用で連絡するの嫌だったんだもん」


あすかはこれでも社内ではクールだと評判なのだが、佳大の前では取り繕う気が一切ないらしい。


「それに、次によしくんに会った時のお楽しみにしておきたかったから……」



照れながらむくれるあすかが可愛かったので、とりあえず抱きしめて、その状態で本題に入ってみた。



「お見合い、どうだった?」

「……。悪い人では、なさそうだったよ。フリーだったら考えてもいいかなぁ。ってくらい」


条件も人柄も、かなりいい部類に入っていたらしい。


「けどね、だからこそあたしが断っても、次か何かで絶対いい相手が決まりそうだって思った。・・・それと、お見合いしたホテルの喫茶室のコーヒーを『美味しい方だ』って言ってたのが、絶対ムリ」


それは、自分と別れる気がないことが前提なのか、それとも単に舌が肥えただけなのか。そんなことを考えそうになった佳大に


「あたしさ、多分よしくんと別れたりしたら、その先絶対コーヒー飲まないと思うの」


かなり衝撃的なことを腕の中のあすかは口走った。


「……」

「安心してね。ほぼ有り得ない仮定だから。……って言うか、よしくんはあたしと別れる可能性考えてるの!?」


絶句した佳大に、あすかが食って掛かろうとした。


「考えてないよ! そりゃ、その、あすかが僕より好きな人が出来たとか言うなら覚悟もするけど」


自分が別れたいと思ったことは一度もない。そう弁明すると


「あたしだって考えたことないし! この際だから言わせてもらうけどね、3年前に転勤決まったってあたしが言った時、よしくん『おめでとう。向こうでも頑張ってね』とか言ったよね。あれさ、正直かなり傷ついたのよ? (以下、昭栄の推測とほぼ同じなので割愛)」


激昂してきたあすかと対称的に、佳大は嬉しくて仕方がなくなり、思わずあすかの頬に口付けた。


「! 聞いてるのよしくん!」


驚いて真っ赤になったあすかに「聞いてる」と返した後、佳大は真顔で彼女に向き直った。



「……今まで、色々と優柔不断で、鈍くて、沢山面倒や心配をかけてごめん。この先もそれは変わらないかもしれない。けど、僕は君が好きです。一応地主の一人息子である以上、一生あの土地を離れる訳にいかないから、君を縛り付けたくなくて、3年前には言えなかったけど」


そこまで言って、一度あすかの表情をうかがうと、相変わらず赤いまま、けれど彼女も真顔になっていた。


「奈良崎飛鳥さん。僕と、結婚していただけますか?」

「・・・・・はい」


ギリギリ聞こえる程度の小さな声だったが、それで充分だった。




△▼




僕に出来ることは少ない。


僕に出来るのは、

人より少しだけ上手くコーヒーを淹れること。

大事な君達の幸せを祈ること。

 

そして、誰よりも君を愛すること。


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