託言者たちの長い一日
「……客、こね~な」
「ほっほ、いつものことじゃて。どれ、一服やるか?」
「いらね。そんなけむたいの、よく吸えるよな」
「そりゃあお前、わしはとうに大人じゃもの。これは大人の嗜み、あるいは楽しみというものじゃ」
「……大人ってか、年寄りの間違いだろ……」
「ほっほ、何か言ったかえ?」
「いいえっ、な、ん、に、も、言ってませんっ。だからそんな分厚い本投げんなっ」
「……ちっ、外してしもうたわ」
「本気で当てる気だったんかい……」
「暇すぎる……」
「わめく元気が残っとるなら、掃除でも片づけでも、仕事はあるぞ?」
「お構いなくっ、てか、もう殆ど片付けちまったよ。ほら」
「おう、そうじゃったな。先代の残した本も、先々代が集めたガラクタも、綺麗に片付いておるわ」
「アンタが集めたヒカリモノもな」
「見違えたみたいじゃな。これが、何が何処にあるやらさっぱり見当もつかなかった店とは。いや、ご苦労ご苦労」
「ちっとも有り難味のない礼だなあ……いいけどよ」
「そんなに暇なら、茶の一杯でも入れておくれ」
「なあ……あれって、どういう意味なんだろうな。何を考えていたんだろう」
「例の託言かい。さあねえ、託したお人が、さて何を考えていたのやら、わたしも不思議に思ったものさ」
「そうだろう?だってこんな……他愛ない、なんでもないこと、わざわざ人に託してまで伝えるってのが、俺にはわからないよ」
「そうさな。わしも託したお人の悪戯じゃないかと、言ったことがあるよ」
「やっぱり?だって、伝えても役に立つとは思えないし、こんな……何世代も超えて届けたって、本当にその人が居るかすら、わからないだろうし」
「おそらく、はじめから役に立つことは望んでおらんかったんじゃろう。ただ伝えること、その言葉が伝わること、それをこそ願っていたようじゃったと、じかに託された先々代はそう言っておられた」
「それって……じゃあ、伝える言葉は何でもよかったってこと?」
「言ってしまえばな。これはわしらの勝手な推測でしかないがな。他愛ない挨拶のようなものなら、何でもよかったんだろうよ。聞いた端から忘れるような、吹き抜ける風のような」
「そのために、高い契約料払ったって?それって、意味ないじゃないか」
「意味はあろうよ。お前だって、落ち込んでいるとき、何気ない言葉でも嬉しくないかえ?遠くに居る誰かが気に掛けていると知れば、嬉しく思わないかい?それと同じことじゃないか?まあこのお人が居るのは、遥か過去の時間じゃが。おそらく、こんな気持ちじゃないかと想像しておるよ。それにな」
「なに。俺にはわからないよ、笑ってないで早く言ってくれよ」
「わしも託言者として長く生きたが、伝えた言葉はわずかじゃ。ただ、そのうちの殆どは、どれも他愛ないものであったよ。長く時を越えて伝えたいものは……本当はそんな、当たり前のものじゃないかい」
「そう、なのかな。俺が継いだとしても、俺が伝える託言なんてあるのかわからないけどな」
「こればかりは、託してくる者がおらぬと始まらぬしな。今在るのは例のお人のもののみか」
「だから“もう託言者の看板など下ろせ”って言う者が出るんだよな。実際、今じゃ表と裏が逆転してるだろ?託言者の仕事に携わっている者なんて、わずかだし」
「わずかでも、看板を下ろすことは出来ぬな。その名にかけて、契約し料金をいただきながら、果たしてない仕事があるからの」
「一つだけ、だけどな」
「一つでもあれば。それがあれば、我らは託言者の名を名乗ることが出来る。そして、もとは何の為に、今は表の仕事となった仕事をしているか、忘れないでいられる。花の部分だけでなく、根を忘れないためにも」
「そのためだけにか」
「そのためだけに。まあ沢山の情報を手に出来る立場に居る者が、妙な勘違いでも起こせば厄介だからの。抑止力ともなるかな」
「そのためだけに、俺は有名無実の“託言者”を継ぐわけだな」
「お前の代で、誰も託言する者がおらんかったら、そうなるだろうな。それでも、引き継いでくれるかい?」
「……ああ、継いでやるよ。で、きっちり次代にも引き継いでやるよ。一つでも契約が残っている限り」
「そうしてくれるか……やれ、わしの肩の荷がおりたわ」
「でもさ~ほんと、俺が託言者継いでも、しばらく資料整理とかぐらいしか仕事ないよな。ふるい資料読むの好きだし、実益兼ねてるからいいけど……その最後の契約って、果たすのいつだったっけ?」
「おや、言っておらぬかな。そうさな、お前の孫の子の代くらいじゃないか?」
「・・・・・・・・そりゃ、表の職業一本に絞りたがるオヤジの気持ちもわかるぜ・・・・」