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あなたに伝えたいこと


 記録も失せ、人々の記憶も薄れていくなら。

 何に残すことが出来るのだろう。

 記憶は時間の流れの中で消え、記録は失われ、硬い石に刻んだものですら、削り落とされ。

 何処になら、残る事が出来る?……伝えることが、出来るだろう……彼に。


「ええ、もちろん、どんな先の依頼でも、承りますよ?それがワタシドモの仕事ですから」

 

 営業スマイルを浮かべ、如才なく答えながらも、彼はハテ、このお人は一体何年先の事を依頼する気なのだろうと首を傾げた。

 そして、無礼だと思われない程度に、絶えてなかった“本業”の依頼人を見つめた。

 彼の目の前に居るのは、背の高い、痩せぎすな女性。

 椅子にゆったりと座り、お茶の香りを楽しむように手の中には茶器がある。長く伸ばした髪の毛を複雑な形に編みこみ、幾本もの房にして垂らしている。体の線を隠すような衣装の重ね着、装飾品から、彼女の職業は予想がついた。

 おそらくは……魔女。

 そういう特殊な立場に居るものでもない限り、自分の本業を知るものは、今は殆どいるまい。

 なにせ、ひいひいじいさんの頃から、副業の方が忙しくなったからなあと彼は内心苦笑する。

 そう、家業……本業を継いだ彼にしても、本業での依頼人は、これまで片手で足りるほどだった。

 そして。魔女であるなら、彼女の生きてきた年月も、見た目どおりではないはずだ。

「それは有り難いわ。実のところ、断られるんじゃないかって心配したのよ。あんまり先の話だし、ここも副業の方ですっかり有名になっちゃってるし」

 彼女の言葉に、彼はお言葉ですが、と断ってから幾分ひくい声で反論する。

「確かにワタシドモ、いまは殆ど副業で身を立てておりますが、本業の名を捨ててはおりませぬ。ええ、けして……“託言者”の名において」

 ごめんなさいねと彼女は詫び、彼は目線でそれを受け取った。

「確かに現在、“託言者”など知る者の方が少ないのは事実ですがねえ。依頼もとんと来ませんし。あなたの依頼で、はて何年ぶりになるのでしょうかね」

 あらまあと彼女は目をみはる。そうしてくすくすと笑い声をあげた。

「道理で情報屋の方でばかり、名が通るはずね。私が知っていた頃から、居場所が変わっていたから探すの、少し手間取ってしまったわ」

「ちなみに、あなたさまがご存知なのは、何代前の“託言者”で?」

 本拠を移した時期は、彼が生まれるかなり前だ。

 好奇心を抑えきれず、尋ね……少し後悔した。目の前の女性が、それはそれは、剣呑に笑ったからだ。

 “好奇心は副業には役立つだろうがなあ……本業においては、いささか邪魔かもしれぬぞ。あくまで我らは、伝えるだけの、仲立ちにすぎんのだから”ため息をつきながら言った先代の……父親の声が蘇る。

 まあいいわよと彼女は手を振る。

「何もしやしないから、安心なさいな。あなた、顔だけじゃなくて、性格もあの人によく似てるのね」

 その名は、彼のひいひいじいさんの名前だった。彼らの一族が、本拠を移す原因を作った人物の。


「……で」

 こほん、と咳払いをひとつして、彼は依頼人に向き直った。

 これは、彼の仕事なのだ。依頼人にからかわれっぱなしでは、いけないのだ。彼女は澄ました顔でお茶を飲んでいる。

「“託言”をご希望ということですが、それは一体何年先に伝えればよろしいので?」

 どんな先でも驚いてやるものかと彼は思ったが、彼女があっさりと口にした年数に、ぽかんと口を開けた。

「聞こえなかったかしら?それとも、やっぱり受けてはくれないの?」

「いえいえいえ、そんなことはっ……料金を頂いてするお仕事ですから、勿論お受け致しますが……それほど先のご依頼であれば、“託言”を受け取られる方本人が、いらっしゃらないのでは?」

 当の本人どころか、その本人を見知ったものすら、いないであろうと確信するくらいの、遠い未来への“伝言”。

 “託言者”として、預かったコトバを伝えてきた彼……彼ら一族の長い歴史の中ですら、これほどはるか先への“託言”を受けたことはない。

 いいえ、と彼女はゆるりと首を振った。長い髪の毛が揺れ、飾りがしゃらりと涼しげな音をたてた。

 茶器を卓に置き、彼の目を見て、微笑さえ浮かべ、答えた。

「いいえ、彼は居るわ、きっとね。“時間守”ですもの」

 そうですか、と彼は吐息のような声をこぼした。

「それならば、居られるでしょうね。では、このご依頼を果たすのは、ワタシの何代か後の役目となりましょう」

「どうぞよろしくね。ごめんなさいね、こんな遥か先への依頼で」

「構いませんとも、ええ。何せこのご時世、“託言者”を知る者も少なくなっておりましてね、依頼などあなた様で何年ぶりか。今は先代たちから引き継いだ“託言”を伝えるのが専らとなっておりますよ。言葉を伝えるのに文字が出来、記録装置が発明されたおかげでねえ」


 かつて。

 文字が無かった頃より、彼ら一族は“言葉の受け渡し”を生業としていた。

 遠く離れた相手に、言葉を届ける。

 それに時間も距離も関係なかった。

 そのため各地に一族の者は散らばり網を巡らし、いつしか彼らは“託言者”と呼ばれるようになった。

 “託言者”。

 “コトバ”を伝える者。

 長い距離も時間も越えて、伝えてくれる彼らを、人々はいつしかそう呼び、彼らはその名前を誇りと共に引き継いでいった。

 いつしか文字が生まれ、記録装置が生まれ、人々が“託言者”を忘れていっても。

 本業を助けるため……なにせ、何年何十年先への依頼だと、伝えるべき相手を探すのも一苦労だ。そのための情報収集も必要になってくる……情報屋の仕事が、今では殆どになっていても。

 彼らが掲げる、“副業”の店の看板の片隅には、必ず書かれている。

 “伝言、承ります”。


 彼らとて、長い時間の先には“託言者”としての役割を終える日が来るのかもしれない。だが、それはけして今ではなく、彼女の依頼を果たす日までは、おそらく“託言者”として在ることが出来る。

「そうね、今じゃあ言葉を伝えるにも色々方法はあるものね。“卵”に始まって文字が出来て、記録装置も出来たわ……でもねえ。それらすべて、無くなればお仕舞じゃない。文書は焼かれ、刻まれた文字は削られ、記憶が薄らいでいくなら……為し遂げたことも、無かったことにされるなら」

「……お客様?」

「うふふ、なんでもないわ。でも、あなたたちは居て、伝えてくれるのでしょう?それが、どんな長い時間の果てでも」

 ええ、と彼は頷いた。

 おそらく、この依頼を果たす時が、“託言者”としての最後の仕事になるであろう、そんな予感を覚えながら。


 “託言者”その一族を束ねる長は、深々と頭をさげ、答えた。


「それがワタシドモの仕事ですから」




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