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聞いた話です


「……彼は彼女を置いて駆け出しました。目の前に広がる見たことも無いものに心を奪われてしまったのです。それらすべてに胸を躍らせて、彼女のことなど、思い出しもしませんでした。」


「彼女は彼の後を追いかけたくても、彼ほど速く走ることが出来ません。

もう、遥か遠くに彼の後姿が見えるばかりです。彼女の声は、もう彼には届きません。彼はひとりでどんどん遠くへ遠くへ行ってしまいました。時に危ないことをする彼の背中を見つめながら……声すら届けることが出来ず、彼女は悲しい思いをしました」


「けれど、彼女はそれは仕方がないことだと、あきらめました。鳥が空を飛ぶように、魚が水の中を泳ぐように。立つ場所が違うのでしょうと。彼女は彼女の居場所で立つことに決めたのです。隣をすこし寂しいと思いながらも、一人ででも」



「彼はいつしか、疑問に思うようになりました。ふと後ろを振り返っても、そこに誰もいなかったからです。

後ろにはこれまで歩いてきたながい道のりと、その上には自分ひとりの足跡があるばかりで。彼はそこで考え込みました。以前は誰かが居てくれなかっただろうか……隣で笑ってくれた、誰かが、と」



「けれど、彼はすぐにそれを忘れました。他にするべきこと、したいことが山のようにあったからです。それに比べれば、ささいな疑問などは取るに足らないもののようでした」



「そうして……彼と彼女の道は、大きく分かれていったのです」


 


 ああ、お茶が空になっていますね、次は違うものを入れましょう、と梢さんが言って初めて、僕は「お話」がこれで終わりだと気がついた。

 水面から急に外へ顔を出したみたいに、一瞬ここが何処だかわからなくなっていた。

 それほど、梢さんのしてくれる“お話”に引き込まれていたのだ。

 しばらくして、梢さんはポットとカップを二つ、お盆に載せてきた。

 うさぎが飲んでいたお茶とは、また違った香りのお茶が注がれた。

 どうぞと渡してくれたそれを、両手で包み込むようにして受け取った。

「ねえ、その先のお話はないの?」

 梢さんのする話は、結末があるものもあれば、中には今日の話みたいに結末が無い話もあった。

 今日してくれたお話は、まだ続きがありそうな話だったので。

「私が聞いたのは、ここまでです。あとは自分たちで想像してくださいってことかなと思いましたよ」

 梢さんは言葉を切って、少し考えるふうだった。

「もしくは、何をすれば、もっと違った結果になったかを、考えて下さいってことかも?」

 思いつくままに僕は言ったのだけど、梢さんは、ああ、そうですね、きっとそうですよととても感心したふうに言うものだから、僕は少し照れてしまった。

「そんなに感心しないでよ。ただの思いつきなんだからっ」

 正解とは限らないでしょ?

「それが正解の一つ、ってことで、いいんじゃないですか。ところで、君なら何をします?」

「え?」

「何をします?仲のよかった友達が、急に離れていったとしたら。そして君は、その子と友達でいたいと思っているなら」

「それは……何回も話をする、と思うよ。友達でいたいなら、諦めずに」

 それしか出来なさそうだと答えると、梢さんはそうですねと笑った。


 お茶を飲み終える頃、そろそろ帰るぞとうさぎが言い出した。

 僕たちの家はここと街を挟んで真反対なので、早めに出ないと帰り着く頃にはすっかり暗くなってしまう。

「梢さん、お茶とお菓子、ごちそうさまでした。お話もありがとう」

「どういたしまして。またいつでもおいで」

「“空の平原”よりも、“霧の頂”の方が、僕は好みだな」

「あなたはそう言うだろうと思いましたよ」

 


 ありがとうございました、またおいで下さいませ。

 梢さんの笑顔と声に見送られて、僕たちは“喫茶店カレント”を後にしたのだった。


 今度来たときには、どんな話をしてくれるだろうと、楽しみに思いながら。




「聞いた話です」

                            





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