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獅子が愛  作者: ママわんこ
第二章~を忘れる~
5/5

事故とお見舞い

目の前で起きた出来事に、僕は信じられなかった……。


学校の帰り道、買い物を終えた僕はバス停に向かって歩いていた。家から学校は、そこまで遠くないのだがスーパーマーケットが近所にないのだ。仕方なくバスを使って行く。片道20分、それから歩いて5分。手軽に行けないのでいつもは計算して沢山買うのだが、ちょっと計算ミスしちゃって結局学校帰りに買うはめに。


(今日はちょっと遅くなっちゃったけど、何とかタイムセールに間に合って良かったなー)


今日はとてもいい事あったしね。学校での事を思い出してついつい口が緩む。


(またお話したいなー)


早く明日にならないかな、そんな事を思いながら歩いていた。

その時だった。向かいの歩道から走ってくる、坂口くんを見たのは。


「えっ……?」


どうして、彼がこんな所に?家が近いのかな?会いたかった友達に会えて、僕は少し心が踊る。気付いてもらえるように手を振ろうとした。……が、彼の様子がどこかおかしい事に気付き、僕の動きが止まる。普段の彼とはかけ離れた坂口くん。さっきの意外な彼とも似付かない……、何だろうか?どこか焦っているように、彼は無我夢中で走っていた。赤信号にも気付かない様子で、迫りくるトラックにも気付かないで……。

五年前の事故が頭をよぎり、ハッとして思わず声を張り上げる。


「危ないっ!!」


僕の声に、振り向く坂口くん。でも、もうトラックは目と鼻の先。そこから、スローモーションのように時が進む。坂口くんの驚いた顔、ゆっくりぶつかっていくトラック。……五年前のあの悲劇のように、それは起こった。


「っ……!」


トラックに跳ねられた彼は、宙に舞い地面に投げ出される。どこからか悲鳴が聞こえてきた。甦る五年前の事故を思い出し、僕の身体は震え出す。それでも僕は、彼を放っておけない。ガクガクする足を叱咤し、車が来ない事を確認して坂口くんに駆け寄った。丁度その頃、顔を真っ青にしたトラックの運転手が出てきた。運転手は「大丈夫ですか、聞こえていますか!?」と倒れている坂口くんに声を掛けているが、反応がない。動かない少年を前に、運転手はオロオロしていた。


「運転手さんっ!」


大きな声で呼び掛けると、彼の身体はビクッとして振り返る。


「な、何でしょうか……」

「119番通報して下さいっ。あと、ここにトラックの移動も」


それだけを伝えて僕は、坂口くんに近付いた。傷だらけで所々血が滲んでいる。僕はない力を振り絞って坂口くんを抱え、車の通らない歩道側まで連れていった。周りの人達は僕らを取り囲むようにして、ざわめきたつ。その音がとてもうるさかった


「坂口くん、目を覚まして下さい!坂口くんっ」


目を閉じたまま動かない友人に、僕は必死に声を掛けた。声を出しすぎて喉が痛い、それでも呼び掛けた。ついさっきまで会話していた僕の友達が、久しぶりに出来た友達が、僕に優しくしてくれた君が……坂口くんが死んでしまうなんて嫌だ。これ以上、親しい人が死ぬなんて耐えられない。


「お願いです、坂口くん……。目を開けてっ」


ポロリ、と我慢していた涙が、彼の頬にこぼれ落ちた。


「うっ……、あ……?す、がぬま……?」

「っ!!坂口くん!」


目をゆっくり開けて、彼は僕を見つめる。生きていた事に安心したと同時に、涙が込み上げてくる。


「な……んで、こ……ここに……?」

「それは、こっちの台詞ですよ!なんで、前も見ないで走ってたんですかっ!危ないでしょう!?」

「はし……った?」


僕の声に、不思議そうな顔をして首を傾げる坂口くん。


「ええ、そうですよ!覚えてないんですか?あんなに無我夢中に走って、何かあったんですか?」

「な……、にか……、なにか……」


尋ねるように聞くと、復唱しながら呟く。すると、みるみるうちに坂口くんの目が開かれた。ガタガタ身体を震わせ、彼は僕にしがみつく。その尋常でない様子に、僕は驚いた。


「ど、どうしたのですか坂口くん……?そんなに、掴んで……」

「……た、ひ……になっ……」

「えっと、よ、よく聞こえない。もう一度……」

「また、ひとりに……なった……」

「えっ……」


彼の一言は、一瞬にして周りの音を掻き消す。まるで、僕と坂口くんだけ取り残されたように、周りのざわめきが聞こえない。腕の中にいる同級生は、顔を真っ青に染めながら涙をこぼした。


「また、おれのまえ……で、きえた……。また、おれをおいて……どっかに、いった。みんな、みんな……いなくなっていく……」

「……っ」

「す……がぬまっ……」


ぎゅうっ、と僕の服を掴み、僕を見上げる。その顔が、まるで「お前もか?」と言っているようで……とても辛そうだった。彼の身に何があったかは知らないけど、僕は彼を放っておけない。

僕は、服を掴んでいる坂口くんの手を握り絞めて口を開いた。


「僕は、君を置いてどこかに行ったりしません。……坂口くんは、独りじゃないですっ」

「っ……!」


真っ直ぐ目の前の坂口くんを見つめて、僕はそう言った。彼は、信じられないような目で僕を見た。それが何だか悲しかった。だから僕は、握っていた手を離し、彼の小指に自分の小指を絡めながらあの歌を口ずさむ。


「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます、指切った」

「……、……」

「約束します。僕は君を独りにしないって」

「……なんで」

「何でって、……友達だからに決まっているでしょう?それとも、忘れたんですか?」


そう言って僕はわざと口を尖らせる。こんな僕がやっても気持ち悪いだろうけど、少しでも彼が笑ってくれるのなら……僕はやる。

僕を見上げる彼の目は、絶望した色よりも明るくなったように思えた。


「すが、……ぬま」

「はい、何ですか?坂口くん」

「あ……りが、とう……」

「……えっ、さ、坂口くん?」


ありがとう、それだけ言うと安心したように彼は目を閉じた。呼び掛けても反応しない彼に一瞬焦りを感じたが、息はしている。どうやら、安心して眠ったようだ。

その後すぐに救急車とパトカーが到着し、彼は病院へ搬送された。僕は警察官に事故の様子を伝えた後、いったん家に戻り晩御飯を作る。その後、机の上に「友達が事故にあい、病院へ行ったから、ちょっと病院に行ってきます。晩御飯はチンして食べてね」と書いたメモを置いて僕は家を出た。

坂口くんが搬送されたのは、バスで30分位にある市民病院。彼が送られる前に救命士の人にこっそり聞いたのが正解だった。でなきゃ、今日一日坂口くんが心配で夜も眠れなかっただろう。さっきは奇跡的に意識を取り戻したが、今度いつ目を覚ますか分からない。

それほど、僕の中で彼の存在が大きくなっていた。


(昨日だったら、ここまで心配してなかったんだろうな……)


今日だったから、友達だから、……そこで彼の事を知ったから。あの独りに怯えた目は、一時期の僕の目と少し似ていた。そして彼は、それに今なお苦しんでいる。普段は冷静な彼が、我を忘れて取り乱すくらいに……。


(早く、元気になって欲しいな……)


バスに揺られながら、僕はそう願った。




どれくらい経ったのだろうか?辺りは既に暗く、不気味な病院の廊下が僕を包む。病院の待合室で、僕はただ一人佇んだ。


(坂口くん……、大丈夫なのかな……)


天井を見つめながら、僕は思う。果てしなく思える時間。きっと無事に終わるといくら自分に言い聞かせても、心臓の音が鳴り止まない。どこか焦りや不安を感じて、胸が苦しくなる。

どうにか鼓動を沈めようとして、目を瞑る。その時、すぐ近くから扉の開く音が聞こえてきた。目を開けて見上げると、医者らしき方が僕に近付いていた。


「君は……、坂口さんの知り合いですか?」

「あ、……はい、そう……です」

「ご家族の方はお見えでないですか?」

「……どうやら、そのようです……」

「……、……」


医者は僕の言葉を聞いて、小声で何かを呟いた。その様子に「どうかしましたか?」と尋ねたが、医者は「何でもありません」と答えた。怪しい、けれど僕には聞く勇気がない。


「あ、あの……、坂口くんは?」

「とりあえず、無事に手術は終わりました。命に別状はありません。幸い、怪我も軽いので近いうちに動けるようになるでしょう」

「そ、そうですか……。良かった……」


医者の言葉に、身体の力が一気に抜けた。どこか坂口くんがいなくなるのではないかと不安だったから、余計に。

ホッとしてため息をつくと、医者は不思議そうに僕を見ていた。


「な、何ですか?」

「いえ、何でも……。それより、今日はもう遅いので帰られてはいかがですか?」


医者が時計を指差してそう言った。見てみれば、既に夜の八時を過ぎている。


「ご家族の方も心配されますよ」

「……そう、ですね。そろそろ帰ります。……また、明日お見舞いに来ても大丈夫でしょうか?」

「ええ、明日なら彼も目を覚ましていると思います。ぜひ、いらして下さい」


にっこりと、人の良さそうな笑みを浮かべて医者は言った。医者の表情や、言動に少し違和感を覚えながら、僕は病院を後にした。



翌日、僕は学校に行った。昨日帰ったのが少し遅かったので、身体がダルい。寝る時も坂口くんの事が心配で、なかなか寝つけられなかったのだ。いくら手術が成功したと聞いても、この目で彼の姿を見るまで安心出来ない。

それに、あの医者も気になる。坂口くんの事をまるで知っているような態度、それを少し隠している感じに僕は見えたのだ。


(きっと、坂口くんの過去に関係ある事……なんだろうな)


いったい、彼に何があったのだろう?僕は、もっと坂口くんの事について知りたくなった。


「えー、クラスメイトの坂口玲音は昨日の夕方、交通事故にあったそうだ。あー、心配せんでも、怪我は軽いからすぐに元気になるとの事だ。まー、医者が言うには、まだ意識が戻っていないみたいだがな」


ホームルームが始まった途端、担任の先生がそう報告した。クラス中がどよめき、声を上げた。そんな中僕は、彼がまだ目を覚ましていないという事実に、耳を疑った。医者は、すぐに良くなるって、言ったのに……。


「先生、坂口くんのお見舞いに今すぐ行きたいです!行ってきても大丈夫ですか?」


誰か、手を上げてそう発言する。振り返ると、女の子が立っている。その顔は、どこか思い詰めた表情でいた。恐らく、坂口くんに恋している子だろう。坂口くん、格好いいからモテるんだよね。本人は女苦手って言ってたけど、正直羨ましいと思う。


「いいんじゃないかー?坂口も喜ぶだろう。但し、行くのは放課後だ」

「分かりました、ありがとうございます!」


女の子は先生にお辞儀した後、友達と小声で嬉しそうにおしゃべりをしていた。周りも口々に、行こう行こうと言っている。


(ちょっと行き辛くなりそう)


彼と仲良くなったのは、つい昨日の事だ。そんな僕がお見舞いってなると、きっと変な目で見られるだろう。何でお前がいんの?っていう目で。

それでも、僕は彼に会いたかったけど。

その後、学校中で坂口くんの事故が話題になった。さすが校内一の不良と噂される人だ。情報が早い。普通の人だったらこんなに広まらないだろう。坂口くん凄いなー。


(彼がこの事を知ったら、どう反応するんだろ?ふーんで終わるかな、それとも恥ずかしがったりして……)


想像して、僕は少しにやけてしまう。意外と繊細で寂しがり屋だなんて、知っている人はどれくらいいるんだろ?ちょっとした周りとの優越感にまた口角が上がる。それを見た人が、気持ち悪っ、と言いながら後ずさった。ちょっと切ない気分になりながら僕は学校の廊下を歩いた。


授業が終わった後すぐに僕はバス停まで走って行った。幸い、学校の近くにあるバス停は坂口くんがいる病院を通る。それに乗り込んで、僕は病院に向かった。バスの中の大半は僕と同じ高校の子だった。バス通学の子もいるだろうが、お見舞いのが多そうに見える。実際、坂口くんの話題で持ちきりなのだから。

病院に到着し、受付から坂口くんの病室を尋ねる。どうやら、そう遠くはないそうだ。エレベーターに乗ると、僕の高校の制服を着た生徒も乗ってきた。壁の方を見ていたが、後ろからこそこそ喋る声や視線が僕を突き刺す。


(うぅ、背中が痛い……)


少し涙目になりながらも、僕はその場をやり過ごし病室へ足を運ぶ。通りがかった看護婦さんに、再度彼の寝ている部屋の確認をする。病室の前に到着し、思いきって僕は中に入った。中は複数人用の個室で、各々のベッドの間にカーテンが引いてある。今閉じてあるカーテンは一つのみ。きっとそこにいるのだろう。僕の後ろにいる人が、僕を押し退けて入ってくる。その中の一人が、遠慮がちにカーテンを開けた。


(あ、まだ寝てるんだ……)


遠くからでも、彼の様子が一目で分かった。昨日の会話後から何も変わらない表情。幾分だけ明るくなったような気がしたが、それだけ。頭には包帯が巻き付けてあり、所々湿布や絆創膏が貼られている。よくよく見ると、昨日僕が付けたピンクの奴がまだ残っていた。ちょっとだけ、嬉しい。

僕を押し退けてきた男女数名は、ひそひそ話をしながら坂口くんを見ていた。その様子を僕は後ろから眺めた。


「あれ、何でこんなとこに骸骨わかめがいるんだ?」

「っ?!」


ぼーっとしていたら、いきなり声を掛けられてびっくりする。振り返ると、そこには派手な金髪の人がいた。


「や、柳田……くん?何でここに?」

「ハァ?お前馬鹿じゃねーの?俺達のボスが事故っちまったんだぞ、お見舞い行かねーでどうすんの」


そう言って彼は、軽く僕のお尻を膝で蹴った。この金髪の少年の名は柳田真知雄、よく僕に絡んでくる不良だ。坂口くんの隣でいつも騒いでいる、ちょっと面倒な人。校内の喧嘩や、騒動の中には大体いるような人だ。


(そういや、坂口くんってあまりそういった騒動とかにいなかったな……。何で校内一の不良とか言われてるんだろ?)


若干疑問を抱きながら、眠っている坂口くんに目を向ける。


「つか、ほんと何でいんの?坂口さんと全く縁なんて……ねーよな?」


柳田くんは、僕の顔をまじまじと覗き込んだ。


「え、えーと……」


っていうか、物凄く顔が、近い……。この人、やたら顔近付けてくるんだよなー。不良の眼付けの癖なのかな?


「まさか、坂口さんに惚れている……とか?」

「んなっ、ち、ちが……!」

「うっひゃー、こりゃあ傑作だぁ!ホモかよコイツ、きめぇっ!」


僕の話も聞かずに勝手に解釈する金髪の不良。耳元で騒ぐからとてもうるさい。


「や、柳田くん、ここ病院だから静かに……」

「うるせーよ、ホモ骸骨。勝手に話変えようとすんなよ」


騒がしいのはアンタだよ!何気にホモ認定されているし……、最悪だ。


「だ、だから違います!僕は、ただ坂口くんのお見舞いに来ただけです!」

「そんなに否定すると、逆に怪しいな」


ニヤニヤと僕を見つめ、何か考えているように顎に手をやりふんふん頷く柳田くん。何だか、品定めをされているみたいで落ち着かない。


「よし、決めた。こいつの片思いを成就させてやろう!」

「なっ!?」

「おい、お前ら。アイツを拘束しろ」

「な、何を……ヒィっ!」


柳田くんの言葉に、後ろにいたであろう不良達が僕を羽交い締めにする。抵抗するが、身動き取れない。こうなると、僕は為す術がなくなる。この後起こるであろう事に、僕は恐ろしくなった。


「ハッ、そんな怯えなくても俺達は何もしねーよ?」

「……うそっ」

「嘘じゃねーって。つか、やるのは……お前だ」


クハハハ、っと笑いながら不良に指図する柳田くん。僕を捕らえた不良達が、坂口くんが眠っているベッドにジリジリ近付いた。周りにいた人々をどかし、僕を坂口くんの傍に連れていく。


「や、止めて下さい!な……何を、しようって言うんですかっ!あ、貴方達のボスを捲き込むつもりですか!?」

「別に、眠っちゃってるし、言わなきゃバレねーよ。それより、骸骨わかめの叶わない恋、に一時の夢を贈ろうとしてんだ。感謝しろって」

「だから、違っ……うっ!」


反論しようと口を開いたら、柳田くんが僕の鼻を強く摘まんだ。


「ごちゃごちゃ言ってねーで、坂口さんに口付けしろよ」

「っ……!」

「言っておくが、お前に拒否権ねーから」


信じられない命令に、僕は固まった。そうしているうちに、不良の一人が僕の頭を掴んで坂口くんに近付ける。少しずつ近くなる距離に、僕はハッ、として激しく頭を振った。

嫌だ、昨日仲良くなった彼に、こんな最悪な経験をさせたくない。せっかく出来た友達を、こんな形で失うのは、嫌だ!


「この、大人しくしろって……」

「おいおい、抵抗なんてすんなよー。こんなチャンス二度とないぞ?」

「嫌、だ……。坂口くんに、キスなんて……僕はできな、」

「ったく……、本当に馬鹿だなぁ、お前」

「っ…………?!」


柳田くんはそう言うと、僕の頭に体重を掛けた。二人分の力が加わり、一気に彼との距離が縮まりぶつかった。その間、0?。


「言っただろう、……お前に拒否権はねーんだよって」


目の前には坂口くんの顔、僕の口には初めての感触、痛む口、一時停止する脳……。気付いた時には全てが終わって、解放された。


「うっひゃー、これはいいな!最高の写メじゃねーか」

「だろ?坂口さんにはぶっ飛ばされそうだが、なかなかいいだろ?」


そんな会話が聞こえた気がした。……が、今はそれどころではない。


(僕、坂口くんと……)


キスをしちゃったの……?その事実が、頭の中を駆け巡る。僕は、なんて事を……。


「おい、こいつ泣いてんぞ?」

「余程ショックだったのかー?マジ笑える!」

「坂口さんも災難っすねー。こんな骸骨にチューされるなんて」


ギャハハ、という蔑んだ笑い声。周りの視線、ひそひそ話……それらが僕だけじゃなく坂口くんにも向けられているのが、余計に辛かった。溢れてくる悔し涙が、頬を伝う。


「……ごめんね、坂口、くん」


誰にも聞こえない小さな声で、僕は彼に謝罪した。


「ん……、ぅ?」

「えっ……?」


僕がか細い声で謝ると、目を閉じていた坂口くんがピクッと動いた。僕が、坂口くんの顔を覗き込んでいると、その瞳はゆっくりゆっくり開いていった。その目は数回瞬きをした後、僕の涙で濡れた顔を見つめていた。


「さ、坂口くん!」

「……っ!?」


彼が目を覚ました事に、僕は感極まって彼に抱き付いた。


「良かった、坂口くんがまた元気になってくれて、本当に良かった!」

「ちょっ……」

「もう目を覚まさないかと思って、ずっと心配だったんです……。無事で、本当に良かっ……」

「ちょっと待てよ!」


坂口くんがいきなり大声を出して、僕を突き飛ばす。突き飛ばされた事に、少しショックを受けながら僕は彼の顔を見た。


「ご、ごめん、嫌でしたよね……。坂口くんの目が覚めた事に嬉しくなって、つい……」

「いや、えーと……そういう訳じゃなくて……えーと」


彼は少し気まずそうに僕や、周りを見つめる。……どこか様子がおかしい。


「どうか……しましたか?」

「……単刀直入に聞いてもいいか?」

「えっ?あ、……はい」

「お前は、お前らは、そして俺は……誰だ?」


坂口くんの言葉は、僕の想像を越えていた。



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