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いたずらしようぜ!

学園ものが書きたくて夏ごろから書いていた作品。

ばからしい学園生活をお楽しみください。

 俺の通う高校には変わったクラブがある。

 その名をいたずら部。

 生徒からは生暖かい視線が送られ、教師からは煙たがられる、迷惑極まりない集りだ。

 そしてそれは、俺の所属する部である。


 蝉が鳴いている。太陽も雲も虫も精一杯自己主張をする夏。本格的な夏の到来まで少しあるが、熱いのに変わりはない。汗が流れるのを不快に感じながら、俺はあるドアの前に立っていた。


 俺が入学した公立高校はこれといった強い部もない進学校だ。進学校と言っても、全員がガリ勉で眼鏡がキラリというはずもなく、落ちこぼれもいれば不良二歩手前もいる。この俺も落ちこぼれの一人。

 赤点というボーダーラインをリンボーダンスでくぐり抜け、その内の数回は地面に頭を強打した。

 夏休みは教師と二学期のリンボーダンスに向け、頭の柔軟とバランスを鍛える、補習という名の特訓が待っている。

まぁ俺の堕落人生はおいといて、この学校には新入生が思わず口にだして突っ込んでしまう部がある。それがいたずら部。今俺が立っているのはその部室前。

“いたずら部ってなんだよ。つーかそんな部があっていいのかよ”

 俺は新入生に配られた部活紹介のパンフレットを見てそうつっこんだ。

 新入生へのメッセージもなく、紙いっぱいに部活名だけが載っているだけというシンプルイズザベストを体現したようなレイアウト。

 何一つ説明がないだけに内容が気になって仕方が無かった。当初はそれが狙いかと思ったが今なら分かる。ただ面倒臭かっただけだ。


 俺は深く息を吐き、気を研ぎ澄ましてからドアノブに手をかけた。そして一気に開け、何かが仕掛けらていないか、一瞬で部屋を見回した。

 幸い何も飛んでこない。最初にこのドアを開けた時にはクラッカーの仕掛けが作動し、俺はその音に飛び上がった。仕掛人が手を叩いて喜んでいた姿は今でも鮮明に思い出せる。


「警戒しすぎだっつーの」


「そーよ。油断している時に仕掛けるのが本当のいたずらよ」


 部室にはすでに先輩が二人。これで全部員がそろったことになる。

 先輩は二人とも二年生で、三年生はこの春で受験勉強へと旅立ったそうだが、俺はこの二人のいたずらに耐え兼ねて早めに引退したとにらんでいる。

 この三ヶ月で散々な目にあった俺が言うんだから間違ない。


「もーすぐ夏休みだな」


 唐突にそう言ったのは先輩の一人、椅子の背を抱くように座ってお菓子を食べている笹山賢吾。

 甘党のくせに顔は中辛。髪を立たせてイケイケのスポーツ系。実際運動神経はいいし、憎いことに頭もいい。まさしく女子のストライクゾーンだ。下級生に囲まれる先輩を見る度に必ずハメてやると心に誓う。ちなみに部長である。


「これは我が部としても何かやらないとね」


 そしてもう一人の先輩はパソコンのキーボードを叩いている紅一点の宮野由香。サラサラロングの眼鏡っ子だが、頭は普通。たまにリンボーダンスを踊ってるらしい。

顔は可愛い方に入り、鈴のような声で笑うのが印象的だ。 スタイルは……あえて言わないことにする。

そして自他ともに認めるこの部のエース。ハメたいたずらの数は彼女が断トツで多い。


「俺は補習あるんで」

 

 何か企んでいる先輩を交わそうと補習を盾にする。この部で合宿するなんて言われてみろ、俺は生きて帰れない。


「逃げられないぞ。この夏は落ちこぼれのお前を鍛えないといけないからな」


 賢吾先輩にびしりと指された俺、柳瀬拓真は唯一の一年で、未だにいたずらが成功したことがない落ちこぼれだった。

 痛い所を突かれ、無理矢理話題を変える。


「そーいえば由香先輩だって補習あるんじゃないんですか?」


「大丈夫~。私、化学Ⅱ31点だったから」


 ぐっと胸の前で親指をたてる。いや、それ誇るとこじゃないですよ。あと一点じゃないですか。ま、俺の化学Ⅰは十六点でしたけどね!

 テスト返却時、化学の担当に悲しい顔をされてしまったが、これだけ落とすといっそ清々しい。

 由香先輩は真剣な顔をしているが、画面はネットゲームだ。軽いオタクである。

 俺は由香先輩の向いにあるソファーに座った。

 なかなか上等の品で手触り、座り心地、寝心地と、どれをとってもすばらしい。このソファーは過去に生徒会室から貰ったらしく、その経緯は生徒会の黒歴史となっているとかなんとか。


「まぁ、常識の範囲でやってくださいよ。俺はやることあるんで」


 俺は鞄からプリントを二組み取り出した。一つは今日配られた夏休みの宿題古文編。そしてもう一つは 早くも出来上がった友人の夏休みの宿題古文編。

 俺は腕まくりをし、気持ちを引き締めてシャーペンを握った。

 ちらりと時計をみる。あと十秒。

 目標タイムは十五分。それまでにこいつを写し終えてやる!

 秒針が十二を指すと同時に俺は表紙をめくった。


  前半の三分はペースを掴む。ここでスピードを上げすぎると後半息切れを起こしてしまう。中盤は字が荒れないように注意し、後半にラストスパートをかける。最後は読解問題。記号問題が大半をしめているから、時間を稼げる。


 うおぉぉぉ! あと一問だぁぁぁ!

 

 カーンカンカーン!

 試合終了~!

 最後を写し終わりシャーペンを机に置くと同時に時計を見る。

 只今の記録、十二分四十二秒。


「燃え尽きた~」


 俺は机にぐったりと突っ伏す。手がジンジンと痺れている。

 すると突然向いの由香先輩が立ち上がった気配がした。


「……決めたわ。この夏は一日一いたずらでいきましょう!」


 由香先輩はホワイトボードへと歩いて行く。


「はい?」


 俺は机にへばりついたまま顔だけをあげた。

 由香先輩は赤いペンでデカデカと先程の思い付きを書き出している。


「何すんだ?」


 賢吾先輩もお菓子を食べる手を止めた。


「目標よ。一日一回いたずらを仕掛けるの。もちろんルールはいつもどおり」


 先輩、ゲームしながらそんなこと考えてたんですか。

 由香先輩はルール遵守とボードに付け足した。

 いい加減ないたずら部にもルールがある。

 まず、いたずらは巧妙かつ独創的でなくてはいけない。つまり靴隠しやスカートめくりのような小学生のいたずらではいけないのだ。

 そしていたずらを仕掛けるのは部員もしくは家族のみ。相手がかかった証拠を写真にとればいたずら成功となる。

 一般生徒や教職員へは、月の第一月曜日、いたずら祭りの日のみ解禁だ。

 この日は学校中が緊張で張り詰め、断続的に悲鳴が聞こえる。俺は見破られてばかりで一度も成功したことがなかった。


「いや……一日一回って、家族に仕掛けるほど俺勇気ないんですけど」


 両親とも冗談を好む人ではないし、兄弟には報復が怖くて到底できない。それ以前に息子がいい年していたずらしてるなんて知ったら嘆くだろうな。


「なんで? 私は毎日弟に仕掛けてるよ?」


 弟さん……お気の毒。


「まぁ最近見破るの上手くなって全然可愛くないんだけど」


 怖いな、宮野家。


「そもそも先輩たちにも会えないのにどうやって仕掛けるんですか?」


「夏休みにもクラブ活動はあるぜ」


 と渡されたのは一枚の紙。夏休みの活動予定表だった。一番上に大きく、時間厳守。一秒でも遅れればグラウンド十周と書いてあった。

 この季節に走ったら死ぬだろーな。


「週二回か……」


「そうよ。物足りないなら誰かの家まで行って仕掛ければいいわ」


「俺先輩たちの家知りませんけど?」


「マジ? じゃあ夏休み入ったらまず遊びにこい」


「……先輩たちの家トラップだらけとかじゃないですよね」


 念のため聞いておく。敵陣に乗り込む前に情報を集めておかなくてはならない。


「俺ん家はふつーだぜ?」


 と賢吾先輩。


「あ、分かった? 実は色々仕掛けてあるんだぁ」


 うん、そーだと思った。

 由香先輩はうふふと笑っている。きっと由香先輩の家は毎日がサバイバルだろう。


「ほんとさすがですね……で、俺の家にも来るんですか?」


「いや? 俺らお前の家知ってるし」


「え? 俺教えてませんよ?」


「四月の頃に尾行しちゃった。だから夏休みはたくさん仕掛けてあげるね」


 えへっと笑う、可愛いさについ流してしまいそうになった。

 いやいや、今さらりと危ないこと言ったよ。


「尾行もいたずらも止めてください。って、夏休みってもう明後日じゃないですか」


「そうだぜ~。明後日は学校に集合してから俺ん家な」


「遅れたらグラウンドだからね」


「……ほんと、いつも唐突ですよね」


 俺は心の中で溜息をついた。表に出さないのは溜息をついたが最後“今幸せが逃げたわよ。その分も私がいたずらで埋めてあげる”と由香先輩の餌食になってしまうからだ。


 明日は終業式。

 夏休みが来るのがこんなに憂鬱だったことは今まで無い。

 俺はホワイトボードに書かれた時間厳守の文字にグラウンドの苦しみが蘇る。

 あれは五月、運動部員に混じって走るのは虚しかった。

 しばらくその文字を眺めたあと、俺はニタリと笑った。

 いいこと思いついちまった。




  夏だ! 夏休みだ! 夏と言えば山に海にピチピチのギャルと切ない恋。

 しかーし! 我らの夏休みはいたずらの夏だ! と、部長の雄叫びとともに始まった夏休み。

 俺からすればそんな夏休み願い下げだ。いたずらよりギャルのほうがいい。

 しかしそんな俺の願望も虚しく、俺は今賢吾先輩の家に来ている。


 俺はTシャツにジーパンのラフな格好。由香先輩は清楚なワンピースを着ている。意外でしばらく無言で見ていたら『似合ってるくらい言いなさいよ』と背中を叩かれた。

 賢吾先輩は俺と同じTシャツにジーパン。


「じゃあ入れよ」


 先輩の家は一戸建てで部屋は二階にあるそうだ。おじゃましまーすと言って、階段を上がる。


「で、ここが俺の部屋」


 2階にはドアが3つあり、そのうちの一つを先輩は開けた。隙間から見える部屋は薄暗く、開ききると中央に何かがあった。

 俺はひっと息を飲む。何か得たいの知れないものがそこにある。

 脳が警鐘を鳴らす。心臓が高鳴る。

 いけない、これを見ては……まさか、人?

 賢吾先輩は暗闇に紛れて浮かんでいるそれを見て叫んだ。


「兄貴!」


 首と思われる場所からは細い縄が天井にむかって伸びている。


「兄貴! 何で!?」


 賢吾先輩が人に近付いてすがるように揺らした。その反動で縄がきれ、ぼすっという音とともにそれは床に落ちる。

 先輩は崩れ落ちると横たわる兄に顔を埋めた。


「兄貴……うぅ」


 俺は茫然と立っていた。今日俺は先輩の家に遊びにきて、それで部屋に入ろうと思ったら先輩の兄さんが、自殺……


「いや、さすがにこれは無いでしょ先輩」


 すすり泣く先輩の肩が震えている。


「賢吾くん、お兄さんなんていないでしょ」


 肩を震わせて笑いを堪えていた先輩は、とうとう堪えられなくなって噴き出した。


「やっぱり? 死体落ちちゃって俺もびっくり」


「もう少し死体をリアルにしなきゃ。布団と人形じゃあねぇ」


 その死体をよく見ると、グルグル巻きの布団に、頭の部分だけ人形がつけてあるお粗末なものだ。


「だな。んじゃまぁ。ようこそ俺の部屋へ」


 と、カーテンを開けられた部屋は綺麗に片付けられていて、中央に座卓、壁際にはベッドとデスク、本棚に小さな冷蔵庫まである。

 賢吾先輩は先程の死体をベッドに投げると床に腰を降ろした。俺たちも座卓を囲うようにして座る。


「では、部活会議を始める」


 席につくなり賢吾先輩はそう宣言した。


「え? 今日は遊ぶんじゃ……」


「この面子で何するのよ」


「あ、そーですね」


 でもいつも会議と言ってもお菓子食べて喋っているだけじゃ……


「んじゃまずは拓真、そこの冷蔵庫からジュース取って」


「あ、やっぱりそうなるんですね」


 俺は冷蔵庫まで行くと小さな扉を開けた。


「うわぁ!」


 そしてその小さな箱に入っていたものを見て、俺は思わず身を引いた。

 その瞬間横から光が発せられ、しまったと思うがもう遅い。またいたずらに引っ掛かってしまった。

 並んでいる瓶の中身は蜂。黄色と黒のコントラストが工事現場以上に目にくる。しかも蜂の顔というのはなかなか怖い。せめてもの救いはそれらが生きている気配がないことだ。


「……なんつー悪趣味なんですか? つぅかこんだけの蜂をどうやって……」


 まさかフィギュアかと瓶を一つ取り出してみる。


「ちょうど先月俺の部屋の押し入れに巣を作りやがってよ。退治した時にぼとぼと落ちてたから拾った」


 俺はこれらが本物だと聞かされてそっと座卓の上に置く。


「専門の人にやってもらってよ。でも惜しかったな~。自分でやっときゃ蜂蜜取れたのによ」


「いや、これはどうみても足長蜂ですよ? しかもこんなにされて、蜂が可哀相じゃないですか」


「死んだ後も有効に使われてんだ。蜂も本望だろーよ」


「それは死に蜂への冒涜です。安らかに眠らせてください!」


 賢吾先輩は大袈裟に溜息をつくと、


「ほんとにお前はいたずらのセンスが無いな。虫捕りは少年の夢だぞ?」と言った。


「無邪気な少年は死骸を集めたりなんてしません」


「やっぱりいたずらはもっと可愛くないとね。うさぎを入れたほうがよかったんじゃない?」


「……それも残酷です」


 賢吾先輩は冷蔵庫の瓶をかき分けて、缶ジュースを三本取り出した。


「本当にジュースあったんですね」


 蜂の死骸と一緒に入っていたものを飲みたくないが、喉の渇きには耐えられない。

 ウメ~

 炭酸が喉を潤すとやっと人心地つけた気がする。それから由香先輩が持ってきたお菓子を開けて、いつもの会議が始まった。


 結局、この会議で決まったのは明後日由香先輩の家に遊びに行くことだけだった。


「賢吾先輩、トイレ貸してください」


 会議が一段落ついたところで、俺は席を立った。

「階段下りたとこ」


「了解でーす」


 俺は階段を下りると手近にあったドアを開けた。ここか……




 そして数分後。


「帰って来ましたよ~」


「ちゃんと手は洗った?」


 由香先輩がプリンを食べながらこちらを向いた。


「……いつの間にプリンが?」


「蜂の奥に隠してたんだぜ」


「蜂蜜プリン、美味しいよ~」


「……俺、当分蜂はいいです」


 蜂と聞く度にあの光景が蘇る。

 もとの席に座って俺は残りのジュースを飲み干した。少し温く、炭酸が抜けている。

 しばらくくだらない話を聞かされて、俺は先輩の家を後にした。




 翌日。蝉が鳴いている。俺はベッドの上で寝返りを打った。朝からむしむしと寝苦しい。

 蝉が不協和音で大合唱している。ちらりと見た時計は6時だった。

 ……今日はやけに蝉がうるさいな。

 俺は枕に顔を押しつける。

 前の電柱にいやがんのか……それとも弟が捕ってきたか……あのバカだったら殴ってやろ。

 蝉の合唱は鳴りやむ気配をみせず、工事現場さながらの騒音に俺は眠りを放棄した。


「……うるせー」


 カーテンからは強い日差しが漏れている。今日も真夏日だろう。

 俺は体を起こし、のそのそと窓に近付いた。カーテンを開けて光を取り込もうとしたが、


「うげっ」


 光を浴びたのもつかの間、俺は速攻でカーテンを閉めた。

 高鳴る鼓動、朝から五十メートルダッシュをした気分だ。


「こんなものに負けてたまるかよ」


 俺は気合いを入れてカーテンを開けた。異様な光景に顔がひきつる。

 網戸一面を覆いつくす茶色い虫。カーテンを開けたとたん騒音が三割増になる迷惑な現象。


「蝉……」


 音を出すために振動する腹。もぞもぞと動く足。時折見えるブラシのようなちいさな口。その気持ち悪さは眠気を飛ばすには抜群だった。

 ……これ絶対賢吾先輩だ。あの人虫ネタ多いよな。

 俺はいらっとして、この騒音集団を追い払おうと網戸を叩いた。


「びくともしないし……げっ、木工用ボンドでくっついてる」


 網戸一面が透明がかっており、なにやら甘い香りもする。

 蜂蜜……? でも蝉蜜は舐めないはずじゃ。

 俺はぐだぐだ考えるのはそこまでにして、可哀相な蝉たちの救出を始めた。

 網戸を開け、窓から半分身を乗り出して蝉を取る。一匹づつ足を折らないようにはがし、空へと投げた。蝉は弾丸のようにどこかへ消えていった。

 そして次の蝉に手を伸ばした時、ピッと機械音がした。俺が反射的にそちらを向くと同時に連続して機械音が……。


「……先輩のヤロー」


 前の電柱にはブリキの人形が一体。賢吾先輩の改造カメラだ。

 ブリキ人形のお腹には時計が埋め込まれ、時間がくれば自動的にブリキ人形が写真を撮る。

 レンズが右目でフラッシュが左目に内蔵されている、先輩お気に入りの品だ。


「この掌でころがされてる感じがムカつく……」

 

 俺は蝉をブリキにむかって投げ付けたくなった。蝉を取っては投げ、取っては投げを繰り返していると、ふと疑問が沸いて出た。

 先輩どうやってこれ仕掛けたんだ? 蝉は蜜じゃ集まらないし……まさか直接はっつけた?

 電柱との距離は一メートルちょっと、手の長い先輩ならギリギリ届きそうだ。

 つーかよくこんだけの蝉を集めたよな……


「あ、カブトムシ」


 茶色が蠢く中に一匹だけ黒く光るナイスガイ。


「弟にやろ」


 俺はカブトムシを部屋の中に放り込んで、蝉捕りを再開した。

蝉救出にかかった時間三十分。戦利品カブトムシ。代償俺の気力。

 静かになったしもっかい寝よ。

 そして俺は母親が『いい加減にしなさい!』と怒鳴り起こしにくるまで、心地よい夢の中にいた。




 さて日付は変わり、今日は由香先輩の家にお邪魔する日だ。俺は朝ご飯をしっかり食べ、入念に身仕度をする。気持ちはさながら試合前のボクサーだ。

 なにがなんでも先輩のいたずらには引っ掛かるもんか!

 俺は気合い十分で学校へと向かった。先輩の家は学校の近くらしい。

 よし。今日はやれる気がする。たとえ先輩が色仕掛けで攻めて来ても今の俺なら見破れる!

ん、でも先輩色気ないしな……あと胸も。

 道中そんな失礼なことを考えていたせいか、由香先輩の姿を見た瞬間ドキリとした。

 本日の衣装はフリルのミニスカートに肩まで大胆に開いたTシャツだ。なかなか可愛くて似合っている。

 うん。やっぱり色気ないな。胸もないし。


「拓真君。今失礼なこと考えなかった?」


「まさか? とってもお似合いですよ」


 ここはにっこり笑ってさらりと流す。


「ふーん……あ、賢吾君が来た」


「よ~みんな早いな」


 そう言う先輩も余裕で十分前だ。


「走りたくありませんから」


「よーし。じゃ行こっか」


 そして歩くこと三分。近くだとは言っていたけど、近すぎて逆に驚いた。一戸建てで外から見る限りは普通の家だ。


「たっだいま~」


 と元気よくドアを開ける先輩。俺たちはおじゃましまーす、と呟いて玄関に入った。

 とその時正面の階段を誰かが下りて来た。


「姉ちゃんお帰り。……後ろの人は友達?」


 姉ちゃんということは彼が噂の弟らしい。


「うん。クラブが一緒なの」


「ふーん。あ、階段とトイレと俺の部屋のトラップは解除したから」


 弟くんは俺たちを一瞥すると、ごゆっくりと言葉をかけて奥に入っていった。


「くぅ~。生意気ぃ。まぁいいわ、いたずらはあと二つあるんだから」


 悔しがる先輩なんてめったに見れない。よし、後で見破るコツを聞きにいこう。


 そして階段を上り先輩の部屋に入る。

 小物が多くて全体的にクリーム色で統一されている。勉強机に小さな丸テーブル。ベッドにはぬいぐるみが乗っていた。

 おーなんか女の子の部屋って感じ。なんか新鮮ー。

 俺は三人兄弟の真ん中だから女の子の部屋に入ることはない。

 俺たちは丸テーブルをかこむように座った。座布団がまた可愛らしい。


「私お茶持ってくるから待っててね。探っちゃ嫌よ」


「はーい」


 ドアから顔を除かせて釘を打つ先輩に俺たちは声を合わせて答えた。

 由香先輩が階段を下りる音が聞こえると、賢吾先輩がニタリと笑った。


「あんなこと言われたら探りたくなるよな」


「なりますね~」


 てことで捜索開始。


「まずどこからいきます?」


「ここは男らしく下着をっていきてぇけど、あいつの下着見たってなぁ。胸ねぇし」


「ありませんね」


 部屋をぐるりと見た先輩はクローゼットに目を留めた。


「俺のセンサーはあそこが怪しいと告げている。よーし、開けるぞ」


 先輩はふっふっふと不気味に笑うとゆっくりクローゼットの扉を引いた。


「何が入って……」


 俺たちの目に飛び込んできたのは、すーと近付いて来る日本人形。長く美しい黒髪に妖艶な笑みを浮かべて……。


「うぎゃあぁぁぁぁ! お菊だぁぁぁ!」


「どう、うわぁぁぁぁぁぁぁ!」


 俺たちは全速力で壁際まで後退し、暴走する心臓を押さえながら肩で息をしていた。


「やっぱり、先輩は呪われて、るんですよ」


「あれは、いままでハメられてきた、奴らの呪い、だな」


 日本人形はタンスの縁まで動くとぼとりと落下した。

 俺たちは壁に背中を押しつけてなんとかそれから逃げようとした。

 あれ起き上がったらどーしよぅ。髪伸びて俺たちを襲ったりしたら……ん?


「……止まったな」


「あの先輩……なんか細い紐が見えませんか?」


「……ありゃテグスだな」


 俺たちはそろっと人形に近付いた。胴体から伸びるテグスは扉の裏に繋がっている。人形がいたタンスには紐を通す金具までつけられ真直ぐ動くように工夫されている。地味に手の込んだいたずらだ。


「引っ掛かった引っ掛かった! 人の忠告を聞かないからそーゆーことになるのよ」


 いつの間にか由香先輩が戸口に立っていた。してやったりと満面の笑みだ。お盆の上にはお茶とお菓子が乗っている。


「いや~いい悲鳴だったわぁ」


「くそー。油断した」


「怪奇系はもう勘弁して欲しいんですけど……」


「えー。だってこういうのが一番悲鳴があがるんだもん」


 と可愛く言っているが中身は恐ろしいSのいたずら魔だ。 

 そして今回も会議が開かれた……。もちろん内容なんてない。文化祭に向けて協同いたずらを考えただけだ。


「あの先輩、トイレ借りてもいいですか?」


「いいよ~。下りた廊下の一番奥だから。なんならいたずらを仕掛けてくれてもいいよ」


「じゃあそうさせてもらいまーす」


 と俺は部屋を出て階段を下りた。

 トイレを済まし、手を洗っていると隣りがお風呂場ということに気がついた。

 いたずら心が首をもたげ、ついつい潜入してしまう。

 蓋の閉められた浴槽に洗面器類。普通の風呂場だ。

 ん~~。どんないたずらをしよっかな~。

 石鹸を浴槽の中にいれてお湯を真っ白に……これは子供すぎるか。

 床に塗りたくってツルンっと……怪我されたら困るしなぁ。

 ……やっぱ即席でやんのはムリだって。

 こうなったら浴槽の中に色んな物を詰め込んでやろうかとあれこれ考えていると、水音がした。

俺は気になって発信源を探る。

 ピチャンと水滴が落ちるような音は浴槽からしているらしい。

 俺は不思議に思いながら蓋を開け、絶句した。

 何これ。

 水が張られた浴槽の中を泳いでいるのは錦鯉。ご丁寧に水草まで入っている。


「スゲー」


 とてもじゃないが真似できない。そもそもこの鯉はどこにいたんだ? このままお湯沸かされたら茹で鯉になってたぞ?

 疑問は果てしなく沸いて来る。訊いてみたいが訊きたくない。

 ……あ、跳ねた。

 バシャっと水飛沫の一部が顔にかかる。俺はスルーすることに決めて蓋を閉めた。


 風呂場を出ると弟さんを発見。

 あ、ちょうどいい所に。


「あの~ちょっといい?」




「遅かったわね。さてはガサ入れしてたわね!」

 

 先輩の部屋に戻るなりそう断言された。ピシリと伸びた指は真直ぐ俺を指しており、どこぞやの名探偵のように勝ち誇った顔だ。


「ガサ入れって……先輩何か悪いことしたんですか?」


 俺は素知らぬ顔で丸テーブルの前に座る。テーブルの上にはノートパソコンがあり、暇をつぶしていたらしい。


「はぐらかそうとしても無駄よ。ズバリ。拓真君はお風呂場に入りましたね」


「……入ってません」


 やましいことなど一つもないが言い切られると否定したくなる。つまらない意地だが先輩に負けたくない。


「ヒュ~。大胆」


 横から賢吾先輩が茶茶を入れる。


「帰ってくるのがずいぶん遅かったけど?」


「弟さんと話してたんですよ。先輩の対処法を教えてもらいました」


 これは本当だ。


「それにしては貴方の前髪、濡れてますね。手を洗うだけではそんな所は濡れません」


「手を洗った後に髪も整えたんです」


「……そこまで否定するならしかたありません。証拠をだすしかありませんね」


 いや、別にそこまで否定してませんけど?

 気分は名探偵の先輩はノートパソコンを開いて画面をこちらに向けた。


「これでもまだはぐらかせます?」


 画面に映し出されているのは浴槽を覗き込む俺。しかもムービー。


「お前さっきからにやついて見てたのはそれか」


「これあるなら推理のくだりいらなかったんじゃ……」


「演出に決まってるじゃない。常識よ」


 すいません。先輩の常識についていけません。


「……つーかどーやって撮ったんですかこれ」


「隠しカメラよ。もちろん防水機能つき」


「えーっと、ちなみに普段は何に使って……」


「決まってるじゃない。私の愛しい弟のいい体を見るためよ」


 先輩、それ家の中じゃなければ犯罪ですよ?


「見る? 弟のナイスバディ」


「いや、興味ないんで」


 男の裸を見て何が楽しいものか。


「今回は悲鳴上げなかったんだな」


「そんな毎回悲鳴なんて上げてません」


「さっきの人形にもびびってたじゃん」


「先輩も人のこと言えません」


 そんな不毛なやり取りはしばらく続き、その間も山のように盛ってあったお菓子は無くなっていった……。

 そして会議は賢吾先輩が、「次の集りは明後日だから遅れんなよ」と無理矢理締めくくって本日は解散となった。

 帰り道、俺はもう二度と先輩の家にいかないことと、確固たる報復を心に誓ったのだった。




 そしてクラブ活動日当日。俺は清々しい朝を向えた。

 俺は今日のためにあらゆる手を使っていたずらを仕掛けた。昨日の夜は興奮してなかなか眠れなかった。

 くっくっく、俺のいたずらで先輩たちに鉄槌をくだしてやる!

 俺は頬が弛むのを止められず朝食では変人扱いされた。

 なんとでも言え、今日は待ちに待った仕返しの日なんだ。

 俺は上機嫌で制服を着ていつもより十分早く家を出た。

 くくく……やべぇ。考えたら笑いが止まらねぇ。

 道行く人は俺を避けて歩き、水まきをしているおばさんはその手を止めた。知り合いも声をかけるのをためらい、子どもは怯えた表情で逃げて行った。

 あー、早く先輩たちの悔しがる顔が見てぇ。


学校に着くと、時計は七時四十五分を指していた。二階の部室で先輩を待つ。

 八時まで残り十分。俺はソファーにドカッと座ってドアを見る。

 気分はそう、挑戦者を待つラスボスだ。

 ドアを眺めているとついつい感慨に浸ってしまう。

 思い起こせばこの三ヵ月は地獄だった。

 新入部員歓迎パーティーではシュークリームにわさびを入れられ、不本意ながら涙を流した。部活中につい寝てしまえば服がドレスに早変わり。

 しかも賢吾先輩には俺のガラスのハートを打ち砕かれた。

 古き良き文化、ラブレターで呼び出されてみれば、ビンタでフラれ、ドッキリいたずら。

 モテない野郎にとって女の子からの告白は一大事。それを簡単にもて遊んだ先輩は存在自体が男の敵だ。

 そういえば参考書が漫画にすり替えられていた珍事件もあった。あのせいで俺は続きを借りるはめになりテストの点が落ちたのだ。

 次から次へと怒りの種がわき出て来る。

 後五分。くくく……積もりに積もったこの恨み、今こそ晴らしてやる。

 俺はニタニタ笑いながら時計とドアを交互に見る。

 そういえば弁当が恥かしいデコ弁にされたこともあった。開けて見るなり強烈な色彩が目に飛び込み、しばし茫然とした。白ご飯に書かれた“拓真だピョン”の文字を俺は忘れない。

 由香先輩には恋愛フラグを壊されたこともある。気になる子の前でべたつかれ、それを見て、『拓真君、彼女いたんだ』と笑って去って行った秋野さん。

 俺の恋は散った。今思い出しても切なくなる。涙で濡らした枕を投げ付けてやりたくなる。

 冷酷ないたずらで俺を苦しめるいたずら魔。女子にモテまくり俺をおもちゃ代わりにするいたずら王子。今日こそ成敗してやる!

 秒針はカウントダウンを刻む。五、四、三、二、一。


「よっしゃ~! いたずら成功!」


 誰もいない部室に叫び声が響く。

 俺はソファーの上で跳ねながら喜びを噛み締めていた。

 勝った! 俺の勝ちだ!


 そして先輩たちが来たのは二十分を少し過ぎたころだった。


「あら。早いわね」


「おはよーさん」


「おはようございます。ねぇ、先輩。今何時か知ってます?」


 俺はここ一番の笑顔で二人を迎えた。


「え? 八時十分前……あら? ここの時計もう二十分じゃない」


「おい拓真。時計いじったって俺たちはだまされねぇぞ」


「嘘だと思うなら携帯を見てください」


 二人は不信そうな顔でそれぞれの携帯を開いた。そして、


「ちょっと! もう二十分じゃない! ちゃんと七時四十五分に家を出たのに!」


「げっ! お前何しやがった!?」


「俺のいたずらです」


 俺は先輩たちの家に遊びに行った時、トイレに行くと同時にいたずらをしかけたのだ。

 次のクラブ活動日に家中の時計を三十分遅らせる。これを、時間の大切さを知るためとこじつけて先輩たちの家族に頼んだのだ。


「さあ先輩遅刻ですよ。グラウンド十周ですよね?」


 二人はうっと苦虫を噛み潰したような顔をした。外は蝉が鳴き、日差しは強く、朝から汗がじんわりにじむ気温だ。


「やられたわ……」


「このヤロー……」


 先輩たちは悔しそうにグラウンドへと向かった。規則は規則。しかも自分たちが決めたものだ。破るわけにはいかない。

 俺は窓から先輩たちの姿を見ようと廊下に出た。

 しぶしぶ走り始める先輩たちを見下ろす。

 はぃ、チーズ。

 俺はその姿を写真に収めた。これで証拠も出来た。

 ここに俺の報復は完成した。


「くくく……ふふ、ははっ、あーはっはっは!」


 いい気味だ! いつも俺にいたずらするからこーなるんだ! 先輩の驚愕した顔! くー、これがあるからいたずらはやめられない!

 俺は窓枠をガンガン叩いて笑い涙を流した。

 その高笑いはグラウンドまで届き、黒い笑顔を見た運動部員は後にこう噂した。

 いたずら部には悪鬼がおり、卑劣ないたずらにハメては、鬼のような顔で笑うのだと。


「あーはっはっはっは! はーっはっはっは! いたずら最高!」


俺の通う高校には変わったクラブがある。

 その名をいたずら部。

 いたずらに魅せられ、いたずらを愛する人たちの集りだ。

 そしてそれは、俺が所属する愉快痛快なクラブである。


 純コメディー。くすりと笑ってくれたら嬉しいです。


 執筆のエピソード


 携帯のメール画面でポチポチ。暇な時にポチポチ。

 ネタに行き詰ったら友人に無茶ぶりをしてネタ集め。

 よ~し。なんか調子出てきたぞ! と執筆ペースも上がります。

 ふ~、おやつ食べにいこ。と、携帯閉じてエネルギー補給。

 さ~て、やるか。 携帯を開きます。

 ここで問題発生。

 おかしい。メール画面が閉じている。

 とりあえず保存してある書きかけメールを開いた。

 な、なぜだ! さっき書いたのが消えている!!

 脱力です。しかも書いたこと自体が末梢されてるので予測機能での修復も不可。記憶を頼りにもう一度……。

 ご飯よ~、の声に携帯をパタリ。閉じてしまいました……。

 はい、おわかりですね? 作者は学習してません。

 ご飯後開いたらまた消えていました。自分の馬鹿。

 これを三回くらい繰り返し、こまめに保存しながら執筆してここに至る。


 以上、学習しろよ、のお話でした。


 余談

  

 最後まで主人公の名前が覚えられなかった。先輩方はすぐに覚えられたのに……。すまん、主人公。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] こんにちは。 ちょっとずつ読んでます。このペースで行ったら悪役令嬢に辿り着くのはいつになる事やらですね。 青春!青春!キャッキャウフフな高校時代、最高〜! イタズラはノーサンキューですが、読…
[一言] 面白かった こんな部活したかったかも でも後書き読んだ時主人公がいたずらしたか? って思った
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