解離3-飛行機のモービル-
二段ベッドの上の段だった。
天井が近くて、部屋の広さと自分のいるスペースの圧迫感の不均衡さが歪だった。
「お前、かわいくはないけど他の奴より話してて面白い」
そう言ったアレの声はもう覚えていない。
でもそう言われて嬉しいと思ったことははっきりと覚えている。
知識としては何が起こっているのか知っていても、感覚はまだ追いついていないようだった。
この間はこの部屋にしばらく放置されたなと思い返す。
アレはあの時、私の嫌いなあの子の機嫌を取ろうとしていたように思う。なんで私の存在があの子の機嫌を損ねるのかよくわからない。
それは今でもよくわからない。
人が私に使ってくれる時間や感情なんてたくさんじゃなくていい。
アレの匂いはしばらく覚えていたはずなのに、それももう思い出せない。
アレの手の感触や息遣いも、舌も、髪型も、目の形も思い出せない。
背は、低かった。
不快さすら認識できず、同意も拒絶も何を基準にしていいのかわからなかったから、ただ天井を見つめていた。
見つめていた天井の色は思い出せない。
ただ、そこから糸でぶら下がった暗い灰色に赤い線の入った飛行機の模型が、窓もドアも閉まっているのに微かに揺れていた。
鋭い痛みに抗議の声をあげると、アレは体を起こしてどいた。
会話があったかもしれないが覚えていないし、アレのこともあだ名しかわからない。
何かが起こって途中で終わったけれど、終始私は飛行機と天井を見ていただけだった。
振り返ればいろいろ思うことはできる。
アレのせいで嫌いになった歌がある。
アレのせいで私の一部分はずっと子供のままだ。
でももうアレの存在自体は私の中にない。顔も声も匂いも会話も思い出せない。
思い出せないことだらけなのに、消えてくれない。




