二・ニエルとユージン
あれから三年経ち、ニエル・ガルフィオンは八歳になっていた。プレップスクールが休みの日のことだ。ニエルの中身の精神年齢は二十歳だが、どうせなら、童心に帰って思いきり遊ぶのも悪くないな、と近所の公園へ足を運ぶことにした。
誰もいないと思ったのに、そこには先客がいた。ユージンだ。太っている外見をからかわれたらしきユージンが、ベンチに腰かけ泣いているところを目撃してしまった。
(いじめていたヤツらは、数年後に掌返すんだよな)
幼少期のユージンは、その体型から自分に自信がなく、引っ込み思案な性格をしていた。一人でいることの方が多く、そんな彼に優しくしたのは、ヒロインであるイリーナ・アルハインだ。最初はイリーナを警戒していたけれど、優しさだけでなく、彼女のひたむきで努力家な部分に触れて、二人は距離を縮めて友達になる。
ところが、とっくに登場しているはずの彼女の姿がどこにもないのだ。本来ならば、公園の裏に住んでおり、彼女の生家が十歳で没落する数年前にユージンと出会っている。確か、五歳か六歳だったはずだ。その後、十三歳になり特待生として入学したパブリックスクールで、ユージンと再会して物語が進む。彼女は、学費免除の代わりに優秀な成績を修めなければならず、ユージンに協力を仰ぐことで交流を深めるのだ。
なのに、ニエルがイリーナの生家を覗いても、見知らぬ老夫婦が住んでいるだけだった。それならばと、イリーナが通っていた近所のプレップスクールまで出向いて聞いたというのに、在籍していないと言われた。謎だった。
(仕方がない。ここは俺が励ましに行くか)
ここで誰かが励まさなければ、今後の人格形成に支障を来たすかもしれない。他意はない。この先、登場するイリーナのためにも一肌脱ぐことにした。
「ユージン。なんで泣いてるんだよ」
「……なんでもないよ」
「なんでもないわけあるか。どうせまた、誰かに悪口言われたんだろ?」
「…………」
ユージンはなにも答えない。だからニエルは勝手に沈黙を肯定と捉えた。
「人の粗探しするヤツらのいうことを信じるな! ユージンにはユージンのいいところがあるだろ!」
「……あるのかな」
「あるよ。あとで教えてやる。あいつらは、他人を蔑むしか能のないヤツらなんだよ。気にするだけ無駄だ。でもな、やり返したいなら容赦したらダメだ。舐められるからな」
ちょっと言葉が強すぎただろうか。でも、ニエルはヒロインではない。
優しくして懐かれても困るので、あえてこのままでいくことにした。
「ちょっとここで待ってな」
「……うん」
公園にきたばかりだというのに、ニエルは走って自宅方面へ急いだ。そこそこ大きな洋館に駆け込むなり、一階にある調理場に足を踏み入れた。
「坊ちゃん?」
「ヨーグルトとバナナ、それと蜂蜜はある?」
「え、ええ、ありますけど……?」
「それでアイスを作って欲しいんだ」
「え!?」
冷蔵庫が存在する世界で助かった。冷凍室にある氷と塩を使えば、それほど待たずに冷やし固められる。前世のときに、ダイエット中の妹によく作った太りにくいアイスだ。
完成したヨーグルトバナナアイスを手に、公園まで急いだ。ベンチで待っていたユージンに容器とスプーンを差し出すと、体型を気にしているのか受け取ろうとはしなかった。
「ほら、ユージン」
「え……で、でも……」
「このアイスは食べても大丈夫なんだ。ヨーグルトとバナナと蜂蜜だから」
「そうなの?」
「むしろ健康にいい」
そう告げるとようやく顔をあげた。一口すくって食べさせてやる。
「どうだ?」
「……美味しい」
「だろ? ほら、自分で食べな」
「うん!」
笑顔を取り戻したユージンと、ニエルは並んでヨーグルトバナナアイスを口にする。久しぶりに食べたが、バナナと蜂蜜の甘さでヨーグルトの酸味を感じないので食べやすい。
この世界のユージンが、今のマシュマロボディになった要因に、ニエルも少なからず関係していた。痩せの大食いであるニエルに釣られて食欲が増してしまったのだ。原作ではそこまで仲良くなかったので、今よりも一回り小さかった。罪悪感が少しだけ晴れた。
「また作ってくれる?」
「ああ、いいよ」
そう約束すると、ユージンは嬉しそうに微笑んだ。ニエルは安堵した。
だがしかし。アイスが発端だったとは思いたくはないが、このすぐ後にユージンから「僕の婚約者になってほしい」とぶっ飛んだ提案をされてしまい、ガルフィオン伯爵家は騒然とするのだった。
***
さらに四年後。ニエル・ガルフィオンが十二歳になる頃には、成長期もあってかユージンの背はぐんぐん伸びはじめ、声をかけられる頻度が増した。前向きな性格に変わりつつあることも影響しているだろう。その点はよかったのに、どういうわけかユージンは、ニエルにばかりに声をかけていた。
(イリーナは、一体どこにいるんだ?)
さすがに、原作初登場予定の時期から七年も過ぎていれば心配になる。時折、公園裏の家を覗いても、住んでいるのは見知らぬ家族だ。アルハイン家の親戚でもなんでもない。プレップスクールは別だったし、没落貴族について調べてみても、アルハイン家は一切出てこない。
(もしや没落していないのか……?)
一年後の十三歳でパブリックスクールに通うことになるが、そこで再会できる保証はどこにもない。だからガルフィオン家に仕える家令に、イリーナ・アルハインという少女の行方を探ってもらうことにした。理由を尋ねられ、たまたま先日、父親に連れられ立食パーティーに顔を出していたので、そのときに一目惚れしたのだと嘘をついた。
ついでに街中にいるヒーラーに、彼女の居場所について尋ねることにした。もっと早くこの手を使えばよかった。しかし。
「その情報は、現在、守秘義務があるためお答えできません」
「この世界にも守秘義務あんの!?」
「当然です」
淡い期待も空しく、どこに住んでいるのか教えてもらえなかった。
「そ、それなら、今、生きているかどうかだけでも教えてほしいんだけど」
「存命しております」
「それならよかった」
ヒントをくれるはずのヒーラーが、まさか機能しないとは予想外だった。テーブルに置かれた水晶玉で視てくれるものだと思っていたが、見向きもしない。
ニエル・ガルフィオンと、ヒロインであるイリーナ・アルハインは原作だとあまり接点がないからだろう。出会いは十三歳のパブリックスクールの上、同級生ではあるけれど、挨拶を交わす程度の間柄だ。友人ではない。
きっと、ニエルよりも結びつきの強いユージンが彼女を探すのならば、ヒーラーは口を開くかもしれない。けれど、ユージンはイリーナを知らないのでその手は使えない。ニエルが見つけ出すしかないのだ。
「はあ。とりあえず、ユージンが待っているだろうし行くか」
映画に行こうとユージンに誘われていたことをすっかり忘れていた。待ち合わせ場所は、街の中心部に位置する噴水公園。ここで意中の相手と虹を見ると、末永く幸せに暮らせるという逸話から、恋人と落ち合うときによく利用されている。
少し遅れて到着すると、ユージンは、あわよくば虹を一緒に見ようと企んだらしき女性に絡まれていた。ニエルにとっては羨ましい限りだ。ユージンは困惑しているけれど。
「こいつの待ち合わせ相手は俺だよ!」
彼女たちの前に登場するなり、ユージンはぱっと笑顔を見せた。罪悪感に苛まれた。
「マイスイートハニー!」
「ハニーじゃない!」
がっかりした様子の異性をかき分けユージンの手を取ると、その場から連れ出した。人気すぎて予約の取れないレストランの席を抑えたというので、映画を見てから食事をご馳走になった。いつものことだ。映画は途中で寝てしまったが、料理は最高に美味しかった。
*****
ニエル・ガルフィオン、十五歳──。
節々が骨ばってきたため、さすがに中性的には見えなくなり、ただの美少年になってしまった。けれど、自画自賛できる外見を維持しているし、原作と遜色ない美貌だ。暇になるとつい鏡を見てしまう。さすがに異世界転生して十年になると、自分の姿も見慣れてくる。
異性にモテるために筋トレをしたり、たんぱく質を多めに取ったりと努力はしているのに、なぜか筋肉はつかず、むしろ体重が減っていた。前世の知識を振り絞っても筋肉とは縁遠く、相談したヒーラーには「諦めてください」と言われている。ニエルはそういうキャラなのだろう。
対してユージンはといえば、さらに背が伸びてすっかり逞しい体つきになった。ますます羨ましい。ニエルが理想とする体型をしているのだ。そんな見た目をしているのだから、当然ながら老若男女問わず人気がある。それなのに、ニエルを見かければ嬉しそうに駆け寄るものだから、ひょっとして、ユージンには異性に見えているのかもしれない。
「ユージン。よく見てくれ。俺は男だ。女じゃない」
未だに勘違いしている線も捨てきれなかったため、周囲に誰もいないことを確認してから、上半身に身に着けている衣服をすべて脱いで素肌を見せた。正真正銘男だ。胸の膨らみはない。
「ニエル……。僕達はまだ、清い関係でいよう」
けれどユージンは、そう告げるなり顔を背けて、自身の着用していた上着をニエルの肩にかけた。
「一生清い関係のままだが????」
首を傾げるしかなかった。




