第05節 『草』の根っこ ~ワサビという食材への情熱~
三人はシースーを食べてから、シースー店を出た。
リュカ「ちゃんと寿司飯だったな」
レアナ「あー、本当に惜しいわね!あれじゃ、ただのサビ抜き寿司じゃないの!」
リュカ「落ち着きたまえ、レアナさんよ。サビ抜きの恨みは、根っこで晴らせばいい」
マルボロ「その……言いにくいのだが。実は『草』なんて屋敷の庭にも生えているから、根を研究したいのであれば……それでも良かったのではないか?」
レアナはこの言葉を受けて、憤慨した。
レアナ「え、嫌よ!またにゃーにゃー言って『ねこまんま』に取り憑かれて、一晩中毛を繕う羽目に陥っちゃう!」
マルボロ「わかった、最上級の接待にはならなくなるが仕方ない。『マギ様よ応えてくれ。聖女様と、穢魂者と呼ばれる者を、一時的に屋敷の『猫加護』の除外対象としてくれ』――『了承しました』これで大丈夫だ」
あれだけ『草』に熱中していたレアナの口調は、唐突に氷点下に落ちて問いかける。
レアナ「まさか、マルボロ?本気でリュカのことを、穢魂者と思ってたりしないでしょうね?」
マルボロ「まさか!私なりに命律端末で聞いた。だから『と呼ばれる者』という条件にしたではないか!あまり見くびらないで欲しい!」
レアナ「それなら、いいわ。でも、リュカを差別するなんて絶対に許さない!」
リュカ「落ち着け、レアナ。マルボロさんに悪意がないのは、冷静に聞いていれば俺にはわかったから」
レアナ「リュカがそう言うなら……」
リュカ「(こんなに綺麗な女の子なのに、なんでこんなに『ぽんこつ』なんだろう?)ってかあの猫化って『猫加護』って言うのか」
マルボロ「守護結界の祝福のようなものだよ」
少し険悪になった空気も『猫加護』の話をして、なんとか霧散する頃には、馬車はワサビ子爵邸にたどり着いた。
レアナ「さて、大丈夫かしら?あ、本当に語尾に『にゃ』がつかない!」
マルボロ「まあ、私はこのままで行くにゃ」
リュカ「ああ、屋敷に入るとマルボロさんのキャラが変わる。この感覚、どうにかならんのか?で『草』の根っこについてだよな、まずはどうするんだレアナ」
レアナ「『草』の根っこをみじん切りにしてみるわ!」
マルボロ「なるほど、わかったにゃ。かつて母が使っていた、予備の調理場を使えばいいにゃ。何をしても後で使用人が清掃するから安心にゃ」
そして、予備の調理場に足を踏み込むが、とても予備とは思えない立派な調理場だった。
レアナ「じゃあ、まずはこの『草』の根っこをみじん切りにするわよ!」
リュカ「っていうか、レアナはみじん切りはできるのか?」
レアナ「あんまり私の女子力舐めないでよね!」
レアナはドヤ顔をして胸を張るが、しかし……。
リュカ「女子力という死語が出てくる時点で、レアナの前世の年齢が想定できるのは悲しい」
レアナ「なんか言った?」
マルボロ「まあまあ、落ち着くにゃ?二人とも、仲良く、仲良くにゃ」
リュカ「なんか、マルボロさんが、一周回って可愛く見えてきた」
マルボロ「照れるにゃ、喉をゴロゴロしてもいいにゃ!」
なんかマルボロが首をかしげ、喉を撫でろと言わんばかりに突き出してきたぞ。
『猫加護』ってマジで思考汚染してるよな?と呆れるリュカとレアナだった。
レアナ「それよりも『草』よ!なんだか、根っこが小さいわね」
マルボロ「わが屋敷の『草』は、根っこが太いにゃ?そっちの方がいいかにゃ?」
レアナ「そうね、試しにそっちもお願いするわ」
マルボロ「おーい、あの繁殖している『草』を引っこ抜いて持って来るにゃ!」
メイド「わかりましたにゃ」
マルボロの指示に、メイドを総動員して『草』を引っこ抜いてくるメイド軍団……っていうか侍女長や執事まで混じってないか⁉
執事「ご指示のとおり『草』を、根っこごと引っこ抜いてきましたにゃ」
マルボロ「うむ、ご苦労にゃ」
レアナ「さて、まずはみじん切りね、すり下ろし器とかあれば便利なんだけどな~」
料理長「すり下ろしには、こちらはお役に立てないかにゃ」
レアナ「まさかのすり下ろし器!これでみじん切りしなくて済む!」
料理長「楽しみにしてますにゃ」
レアナがゆっくりと、金属製の研がれたすりおろし器に根を押し当てた。
シャリ……シャリ……という音と共に、刺激的な香りが空気を満たす。
そうして『草』の根っこをすりおろした結果は、レアナを満足させる『ツーンと鼻に響くワサビ』であった。
リュカ「うおっ!マジで鼻にツーンとくるぞ!」
マルボロ「これは、まさに、未知なる香辛料にゃ!庭にこんな逸材が、大量に眠っていたとは!」
レアナは、すりおろした緑の塊を少しだけ指先につけ、ぺろりと舐めた。
レアナ「──っ!!これよ!これこれ!この『草』の根っこ、なんて名前をつけるべきかしら?『ワサビ』は、子爵家を貶めることになりそうだし」
マルボロ「『ワサビ』でいいにゃ、ワサビという名は命律端末の名付けだにゃ。これほどの香辛料が由来だったなら、心底納得だにゃ」
リュカ「まあ、マギがワサビを知ってたとしたら、むしろ謎が深まるけど」
レアナ「マギ、『ワサビ』という名前に歴史的由来はある?」
命律端末「香辛料『ワサビ』にゃ。古来より、主に刺身と共に提供されていた薬味にゃ。抗菌作用があるにゃ」
命律端末は例外設定をしていないので『猫加護』の餌食である。
レアナ「再登録じゃないわね?ワサビの『本来の意味』を取り戻すのよ」
命律端末「理解しましたにゃ。『ワサビ』――意味の訂正と復権、完了しましたにゃ」
レアナ「もう、これは特産品に決まりね!あの板前を、ぎゃふんと言わせましょう!ワサビ邸宅で採れた香辛料を『ワサビ』と登録して」
命律端末「『ワサビ』──記録との一致を確認しましたにゃ。香辛料としての歴史的使用例が記録されていますにゃ。名称再登録を行いますにゃ」
レアナは命律端末の操作を終える。
こうして、ワサビ邸宅の庭で眠っていた『草の根』は、本来の名『ワサビ』として蘇った。




