第15節 弁証法の試みと挫折 ~やっぱり教育も専門家に任せたい~
高等教育と初等教育教育論のカリキュラムを見直した。
『問いを立てる課題』に関しては、リュカとレアナが時間を合わせて合同授業とした。
『ねこ貴族』達は、反抗の声も封じられていると思い込んでいるから……明確な反抗はない。
ただし、その表情を見れば……内に秘めた不満は丸わかりであった。
リュカ「この問いに、思ったことを、思ったまま書いてほしい」
レアナ「この問いに、正解はありません!」
こう毎回言っているのだが、こちらから問いかけたり討論をしようとすると、及び腰になる。
むしろ授業の中で『あいつは落ちこぼれだ』という風潮まで生まれてしまった……見所があるから討論をしようとしているのに、だ。
レアナ「何が悪いのかしらね……?」
チカ「そんなこともわからんのか、ノイズよ、ああ情けない!そんなの権力への忖度に決まっているだろう」
リュカ「そうなのか⁉」
チカ「あ、兄くん……いや、その兄くんを否定したわけじゃなくて」
リュカ「そうだ!」
レアナ「どうしたのよ……?」
リュカ「否定……とは若干違うが、批判精神、これを論点にしよう!」
レアナ「批判精神ね……なるほど」
しかしチカは苦い口調だ。
チカ「兄くん、視点はいいのだが……貴族達は批判をとても嫌うんだ」
レアナ「そりゃ……批判されるのは嫌うでしょうね」
チカ「ノイズよ、そうではない。王族を批判する行動を嫌うのだ、だから忖度に走る」
レアナ「それは、困るわね……」
リュカ「ところで、自分で言っておいてなんだが、批判精神ってどうやって育てるんだ?」
レアナ「弁証法……が、いいかもしれないわ」
チカ「ヘーゲルか」
レアナ「そう『テーゼ(主張)』『アンチテーゼ(反対)』『ジンテーゼ(統合)』と立てさせる」
リュカ「テーゼを『レンガは生物である』としたら、アンチテーゼに『レンガは生物ではない』では何も進まない」
レアナ「そうね、ここではせめて『レンガは成長も、移動も、繁殖もしないから、生物ではない』みたいな反証を立てる必要があるわよね」
チカ「では、試しにやってみようじゃないか兄くん。マルボロ君、来てくれ!」
マルボロが、慌ててやってきた。
マルボロ「どうなさいましたか、両陛下?」
リュカ「俺は『レンガは生物である』と思っているが、マルボロはどう思う?」
マルボロ「どうなさいましたか陛下、なぜそうお考えになったのかわかりかねますが、レンガが生物であるはずがありませんよね?」
レアナ「なんで否定できるの?」
マルボロ「いえ……常識ではありませんか?」
リュカ「それを、自分の口で整理して話せるか?」
マルボロ「人のように話しませんし、動物のように狩りもしません。植物のように育ちもしませんよね?あれ?間違ってますか?」
レアナ「……『アンチテーゼ』の『生物ではない、なぜなら』まで語れるわね」
逆に、レアナは困惑している。
今まで教えてきた生徒達は、これ以下の説明すらできなかったのだから……。
リュカ「でもさ、これ弁証法か?」
レアナ「……そうね、これはどちらかというと、ソクラテスやプラトンの対話法ね」
リュカ「じゃあマルボロ、生物ではないとは何か、説明できるか?」
マルボロ「できるとは思いますが、一通りの動物植物の性質を踏まえて、一般化して抽象化しないと正確なところは申せませんね。この辺は父にみっちり鍛えられましたので」
ここで、リュカとレアナは、マルボロの父がワサビ伯爵であることの意味を、あまりにも軽視していたことに気づいた。
レアナ「ねぇ……ワサビ伯爵を農林水産大臣に据えたの、判断を間違ったかしら?」
リュカ「本当にな……これなら文部科学大臣の方がまだ……」
マルボロ「ご安心ください、父にはまだ余力があるため、両方やらせてみせますよ!」
そうして、ワサビ伯爵は農林水産大臣かつ文部科学大臣となったのである。
周囲の貴族は『閑職を二つも押しつけられて』と嗤っているのだった。




