第21節 ワサビ子爵領再び ~にゃんにゃんにゃん再び~
ワサビ子爵領に向かう馬車には、ナットウ男爵も同乗した。
その時、リュカはふと思い出して「納豆は蕎麦にも合いますよ、すりおろしたとろろと一緒に食べる、冷やし蕎麦は至福!」と伝えた。
ナットウ男爵は即座に影に指示を飛ばし、ソバ男爵と提携する方向のようだ。
元シャブシャブ準男爵領からは少し離れていたので、季節は秋に移り変わろうとしていた。
どこぞの子爵領を通り過ぎ、久々のワサビ子爵領は……初めて来たような気がするほどに、様変わりしていた。
マルボロ・ワサビ子爵令息が迎えに来てくれた。
マルボロ「久しぶりだにゃ聖人様、聖女様」
リュカ「なんで猫語尾にゃ?」
レアナ「まさか……『猫加護』を領地全体に広げたにゃ⁉」
マルボロは何でもないことのように言う。
マルボロ「そうにゃ、あのワサビ栽培には『猫加護』が必要だったようだにゃ」
リュカ「せめて俺たちだけでも、猫加護は外してほしいにゃ……」
レアナ「そうにゃ、これじゃ会話も……にゃんにゃん地獄にゃ……!」
マルボロ「それがにゃ?不思議なことに、マギ様に問い合わせても『ロックがかかっています』という対応なのにゃ」
そこで、チカの宿る命律端末が、ポケットから飛び出した。
リュカは慌てて、命律端末を受け止めた。
レアナ「命律端末の自律動作なんて、聞いたことないにゃ!当たり前のように常識を踏み越えないで欲しいにゃ!」
チカ「兄くんの『にゃ』と言うところを聞きたかったにゃ、だから『猫加護』を解除不能にしたにゃ?くふふ、これで兄くんとおそろいにゃ!ペアルックならぬ、ペア口調にゃ!」
チカが、やたらとはしゃいだ声を出している。
レアナ「それを言ったら私もそうだにゃ!」
リュカ「しかし、チカの仕業だったのかにゃ」
チカ「ノイズが兄くんとおそろいなのは気に食わないにゃ、ノイズだけは『猫加護』を永久解除にゃ」
レアナ「元に戻ったけどさあ!周りが皆にゃーにゃー言ってる中で、私だけ普通の口調って、むしろ浮いてるわよね⁉」
チカ「ノイズの『猫加護』は永久解除にゃ、もう戻らないにゃ?くふふにゃ」
レアナ「くっ……仲間はずれは嫌……にゃ」
顔を真っ赤にしながら、自ら語尾に『にゃ』をつけ始めるレアナであった。
マルボロ「相変わらず、君たちの会話は楽しいにゃ!」
レアナ「わたしは、恥ずかしい……にゃ」
チカ「そうだ『猫加護』を、全世界に広げようかにゃ?」
リュカは咄嗟に名目と目的を組み合わせて、奇跡的にそれっぽい反論を組み立てた。
リュカ「頼むから、それは止めてくれにゃ?カレー侯爵の『にゃ』語尾口調とか、想像もしたくないにゃ!」
チカ「兄くんがそう言うのなら、我慢するにゃ!」
リュカ「あと、レアナの『猫加護』を戻してほしいにゃ、あまりに不憫にゃ」
チカ「わかったにゃ、ほい。永久解除の解除にゃ」
レアナ「あなた、謀ったのにゃ⁉」
チカ「知らないのかにゃ?命律端末は操作者以外には、どんな言動をしても問題ないにゃ――それでもノイズは自称聖女なのかにゃ?くふふにゃ」
レアナ「だから、私には舌打ちしてたのにゃね⁉」
嘲笑するチカに、沸点を超えそうになるレアナだった。
マルボロ「楽しそうな話の最中に申し訳ないが、一度寿司処に行こうにゃ?」
リュカ「というか、命律端末の永久の定義ってなんなのにゃ……?」
リュカは、前世を思い出しながら、哲学的思考に入るのであった。
リュカ「(……前世でも聞いたことがあるにゃ。サービスの『永久』とは、サ終までの短い夢……そんな定義だった気がするにゃ)」
そうして、寿司処にたどり着いた四人と一台。
レアナ「ねえ、猫って寿司を食べないにゃ?不思議なことに、猫加護の中でも寿司が食べたいにゃ」
マルボロ「父の成果にゃ、猫加護を改良して、寿司も食べられるようにしたにゃ」
ナットウ男爵「ここは寿司処だから、納豆巻きは、ほどほどにするにゃ!」
レアナ「まさかの、ナットウ男爵から納豆巻きを控える宣言にゃ⁉」
ナットウ男爵「さすがに寿司は男爵領にないにゃ、観光に来たからには、観光地の食べ物優先にゃ!板前さん、納豆巻き三人前にゃ!」
リュカ「控えて三人前とか言ってるにゃ……そうだったにゃ、男爵の胃袋はブラックホールだったにゃ……」
マルボロ「男爵は相変わらずにゃあ。だけど、うちに金を落としてくれるのは嬉しいにゃ!」
ナットウ男爵「あと寿司を十人前にゃ!」
レアナは震えが止まらない。
レアナ「まさか男爵一人で食べるにゃ?」
ナットウ男爵「当然にゃ!たった十三人前くらい朝飯前にゃ!」
レアナ「それじゃあ、朝食まで食べることになるにゃ!ブラックホールにも程があるにゃ!」
リュカ「男爵の食費が大変そうにゃ……大丈夫かにゃ?」
マルボロは、なんでもないことのように言う。
マルボロ「大丈夫だにゃ、ナットウ男爵は発酵食品を独占してるにゃ?だから、男爵領には金貨がブンブン入ってくるにゃ。しかも、うちから副業受けているから、うちより金持ちにゃ!にゃははは!」
レアナ「それ、笑い事かにゃ?」
チカ「試算によると、ナットウ男爵はカレー侯爵より金持ちにゃ、もう比べるのも馬鹿らしい位にゃ!」
リュカはこっそり「この国の経済は、納豆由来だったのか」と震えるのだった。
リュカ「もしかしてだけどにゃ?あの金貨袋って男爵の持ち出しかにゃ?」
ナットウ男爵「基本は聖人聖女予算にゃ?私の負担は、大したことないにゃ!」
レアナ「私も、金持ちになりたいにゃ?」
ナットウ男爵「うちの聖人聖女予算は天文学的金額にゃ、言ってくれれば、幾らでも聖人聖女予算を出せるにゃ!」
金持ちになりたいと言っていたレアナ自身が、顔面蒼白になって震える始末である。
リュカ「まさかの男爵無双だったにゃ!」
チカ「ナットウ男爵は爵位こそ男爵だけどにゃ、実際は王家の血が濃く入ってる公爵相当にゃ!」
レアナ「なんで、ナットウ男爵が派閥トップじゃないにゃ?」
マルボロ「おかしなことを言うにゃあ聖女様。王家に近しい人が、影を持った公爵位じゃあ、問題が起こるに決まっているにゃ」
ナットウ男爵「まあ、私の話はこの辺にしとくにゃ」
マルボロの、意味不明な言葉に首をかしげるリュカとレアナだった。
この短時間で、ナットウ男爵の寿司および納豆巻きは半分位胃袋に消えていた。
他の皆は、まだ寿司を数貫食べた程度だというのに。
ナットウ男爵「さて、私の誘導に乗ってくれて嬉しかったにゃ。話したいことは、これから向かうはずの、ラーメン伯爵のことにゃ」
レアナ「ワサビ子爵より爵位が高いのに、派閥内で三位ってのが不思議にゃ?何かありそうだと思ってるにゃ」
リュカ「ラーメン伯爵は、悪徳伯爵かにゃ?」
ラーメン伯爵の名前が出ると同時に、マルボロもナットウ男爵も雰囲気が変わる。
マルボロ「さすが話が早いにゃ!領民を虐げたり、他にも問題が多いのがラーメン伯爵にゃ」
ナットウ男爵「何よりまずいのは、命律端末軽視の姿勢にゃ。だからカレー侯爵の信頼が得られず、実質は派閥三位でさえ高すぎる、そういう声も上がってるにゃ」
マルボロ「ラーメン伯爵の有名な台詞はこうにゃ『民が太るのは喜ばしいことだ!』にゃ」
チカ「兄くん?当然だが、マギシステムはそんなこと絶対言わないにゃ」
そこに、希望を感じさせてくれる情報を言うナットウ男爵。
ナットウ男爵「で、ラーメン伯爵を牽制してくれてるのがオデン子爵にゃ」
マルボロ「私は裏工作に向いてないにゃ、オデン子爵は凄いにゃあ……」
ナットウ男爵「しかし、困ったにゃ。まだ季節は秋にゃ」
レアナ「季節が関係あるのかにゃ?」
マルボロ「オデン子爵は普段から、ラーメン伯爵を翻弄するために冬以外は行方不明にゃ、冬だけはかき入れ時だから領地に戻ってくるにゃ」
ナットウ男爵「しかし、きちんとラーメン伯爵を牽制できてるから、何も言えないにゃ」
リュカは少し考えてから言葉に出す。
リュカ「なるほどにゃ、下手にオデン子爵に接触すると邪魔することになるにゃ」
ナットウ男爵「そうにゃ。ワサビ領で冬まで過ごすというのが、我々の提案にゃ」
そこで、チカが気を遣った風に、口を挟むのだった。
チカ「兄くん、すでに聖人認定同意書の通達が届いているにゃ、あんまり足踏みすると不審がられるにゃ」
マルボロ「ちょっと、見込みが甘かったにゃ……こんなに早くシャブ問題を片付けるとは思わなかったにゃ」
ナットウ男爵「本来なら、シャブシャブ準男爵領で、もう少し時間を使うと思ってたにゃ……あまりに酷すぎて、動いてしまったにゃ」
マルボロ「あまりにお粗末だったにゃ、おかげで完全に計算が狂ったにゃ」
シャブシャブ準男爵、悪党でありながら無能だとフルボッコである。
リュカ「とはいえ、ラーメン伯爵だけに通達しないのも問題にゃ?」
ナットウ男爵「そうだにゃ。なので、ラーメン伯爵の屋敷に近づかずに領内の様子を見て冬を待つのが、我々の次善案にゃ」
レアナ「チカの懸念も完全にその通りにゃ。馬の歩みを遅めて、ラーメン伯爵領に乗り込むにゃ」
マルボロ「本当にすまなかったにゃ、シャブシャブ準男爵があんな無能だと知っていたら、とっくに追放してたにゃ」
リュカ「証拠もなかったから仕方ないにゃ、過ぎたことを気にしても……しょうがないにゃ」
ナットウ男爵「影を総動員するにゃ。オデン子爵と連絡が取れ次第、この件は伝えるにゃ。それまでは、ラーメン伯爵に注意にゃ」
こうして、寿司処での密会のような話は終わった。
なお、ナットウ男爵は結局あの後に寿司を十人前追加注文して、合計二十人前を食べたのだった。
二十人前だと計算がおかしい?納豆巻きのカウントは忘れたよ。




