第15節 納豆を食べられないナットウ男爵 ~プロンプトには適切な質問を~
ナットウ男爵は苦しんでいた。
納豆を食べられないのだ。
ナットウ男爵は、納豆が苦手なのではない。むしろ大好物だ。
しかし、とある薬を飲み始めてから、マギに「納豆は禁忌です」と言われてしまった。
最近のカレー侯爵名物『グリーンカレー』も、マギに「イネ型は禁忌です」と言われてしまった。
なぜ、こんなにも食事制限をされるのかを聞いても、意味不明な回答しか得られない。
領民は皆が納豆を食べているというのに、なぜ許されないのだ!と。
そう、もはやマギをも恨む気持ちを抑えるのに精一杯、そんな始末であった。
そこに、聖女レアナと聖人リュカが来るという報せに、一抹の希望を抱いた。
レアナ「ちわ~、聖人聖女ペア参上です!」
リュカ「おい、ナットウ男爵の顔色を見ろよ、参上じゃねぇよ!むしろ惨状だよ!」
ナットウ男爵「やあ、やっと来てくれたね。どうか私を助けてくれないかい?」
悲痛な顔で述べるナットウ男爵の声は、少し低く穏やかだったが、悲しみを感じさせる。
髪は見るからに納豆を彷彿とさせる、艶やかな焦げ茶色のウェーブ。
目元はどこかとろみを帯びた、粘り強く優しい垂れ目で、瞳は琥珀色。
服装は室内にも関わらず大豆色のロングコートで、金色の小さな納豆粒模様がビッシリだった。
全身が「これぞナットウ男爵!」と訴えているが、なぜか年齢不詳である。
おもむろに、リュカは命律端末を起動する。
チカ「やあ、兄くん。今日はどうしたんだい?」
リュカ「ナットウ男爵って知ってるか?」
チカ「ナットウ男爵か?もしかして、納豆が食べられないことに……苦しんでいないかい?」
リュカ「そうなんだよ、理由がわからなくて」
しばし、チカは沈黙してから言い始める。
チカ「……今の時代では名前が変わってしまっているのだが、兄くんなら、これで分かるんじゃないかな?『ワルファリン』の処方」
レアナ「それ、マジで納豆禁忌な薬じゃない!心臓でも悪いのかしら?」
チカ「おや、またノイズが……」
リュカ「だから、レアナの声をノイズ呼ばわりしないでさしあげろください!」
チカ「チッ」
レアナ「またこいつ舌打ちを、なんでよ!」
リュカ「ワルファリンであれば、代わりの薬があったはずだが」
リュカは何とか、ワルファリン代替薬の存在だけは知っていたので問いかける。
チカ「直接経口抗凝固薬DOACだな、それは。ナットウ男爵も『代わりの薬はないか』と聞けば、マギシステムは対応ができたのにな」
ナットウ男爵は、驚愕のあまりに叫び始める。
ナットウ男爵「なんだと⁉てっきり、この薬しかないのかと思っていた!なんてことだ、本当に返してくれと言いたい!薬に苦しめられ、納豆が食べられなかった!この私の十日間を!」
リュカ「たった十日間、納豆食べないだけでそんな悲痛な状態になるとか、別の病気を疑った方がいいぞ⁉」
レアナ「私にはわかるわ?お寿司から離れて、今はお寿司の気分なのに、食べられないことがこんなに苦しい……これが恋かしら?」
リュカのツッコミが止まらない。
リュカ「恋っていうか、お前らのキャラが濃いわ!」
チカ「今晩から、ナットウ男爵は直接経口抗凝固薬に切り替えればよかろう、今晩の夕食から、納豆を食べられるようになる。助けになったかな?兄くん」
リュカ「ああ、助かった!」
チカ「よかった!」
そうして、チカの電源(?)を落とした。
ナットウ男爵「ああ、さすがは聖人様!この納豆なき地獄を生涯続けるか、命を断つか、それを真剣に考えていたのだよ」
リュカ「今度からは、何か困ったことがあって、マギの返答に納得いかなければ、他の手段を聞けばいいですよ」
ナットウ男爵「それで、マギ様の怒りを買いませんか?」
リュカ「マギは怒りませんよ、絶対に」
レアナ「リュカと同意見よ、私も保証するわ。絶対怒らないから」
ナットウ男爵「本当ですか?」
流石にナットウ男爵は、まるで神に逆らうかのような禁忌に感じているようだ。
リュカ「じゃあ、実際やってみるか……チカ、応えて」
チカ「やあ兄くん、なんだい?」
リュカ「チカ、今日は何を食べたらいいかい?」
チカ「兄くんは、確かナットウ男爵のところにいるんだったね、発酵した食品がお薦めだよ」
リュカ「他のものが食べたいんだけど?」
チカ「発酵食品と言っても幅広い、例えばパンだって、イースト菌を発酵させたものだからね、兄くん。ナットウ男爵に聞いてみるのがいいだろう」
リュカ「わかった」
ナットウ男爵「本当に、発酵食品を否定しても全く怒らない⁉しかし、聖人様の命律端末は口調が独特ですな」
リュカは「さすがにこれじゃ説得力が低いか」と、チカの存在を呪った。
レアナ「じゃあ、私の命律端末でも試すわ、起動して」
命律端末「はい、なんでしょうか?」
レアナ「今日、何を食べたらいい?今ナットウ男爵のところにいるんだけど」
命律端末「名産品の納豆がお薦めです」
レアナ「私、納豆が苦手なんだけど?」
命律端末「では、発酵食品として醤油や味噌を使った食品がいいでしょう。ミーソ汁がお薦めです」
レアナ「わかったわ」
せっかく命律端末の使い方――マギは怒らないことを示したのに、ナットウ男爵の顔は蒼白だ。
ナットウ男爵「……本当に怒らない。しかし聖女様は納豆がお嫌いでしたか、参りましたな」
レアナ「これは敢えて否定しただけだから!っていうか、納豆食べさせてよね男爵⁉久しぶりにすっごく食べたい!」
ナットウ男爵「ああ、わざわざ私の為に、マギ様に逆らってくれたのですね!」
レアナ「ね?怒らなかったでしょ?大丈夫なのよ、マギは絶対に人に逆らわないの」
リュカ「その割にレアナは、チカにノイズ呼ばわりされてるけどな」
レアナ「チカはバグだから例外!」
ナットウ男爵「……?我が身に課された運命かと思っていました。マギ様の言葉を疑うなど、畏れ多くて考えたこともありませんでしたな」




