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第11節 グリーンカレーの普及 ~哲学を超越するスパイス~

 翌日には、グリーンカレーを作る材料が、カレー侯爵家に集まった。

 命律端末を理由に、スケジュールを無視してグリーンカレーを貪るカレー侯爵。


カレー侯爵「おお、これが私の名を冠するカレーか!スパイシーで美味しいではないか!これなら『カレーは飲み物』派だって納得するだろう!」

レアナ「いや……グリーンカレーを飲み物分類するのは、ちょっと……」


 リュカは、ふと日本風グリーンカレーを思い出した。


リュカ「炊いたイネを使ったバージョンも、作って貰ったらどうだ?」

レアナ「そうね!ほうれん草たっぷり使って、ね?」

カレー侯爵「なんと、グリーンカレーはこれだけではないのか!」

リュカ「それは、夕食をお楽しみに」


 レアナはこっそり命律端末で「炊いたイネに合うグリーンカレー、レシピを生成しておいて」と指示を出しておいた。


 そして夕食の時間。


カレー侯爵「おお、これは従来型のカレーに近い。しかし色が強烈に緑だな」

レアナ「グリーンカレーですから、それは緑ですよ(にっこり)」

リュカ「野菜成分もたっぷりですから、健康にもいいですよ(にっこり)」

レアナ「これには、副菜も合うと思うので、カレー侯爵のお好きなものを」


 カレー侯爵は、即座に福神漬を選んだ。


レアナ「まさか福神漬を……」

カレー侯爵「これは、決して宗派の問題ではない!彩りなのだ……芸術なのだ!」

リュカ「副菜でそんな哲学を語るな」

レアナ「そう……そうなのね。私はカレーなら、全てらっきょうが合うと思っていたのに」

リュカ「おい、それじゃマジでらっきょう狂信者じゃないか!正気に戻れ!」


 福神漬派のリュカも呆れ、レアナは少し寂しそうに語る。


レアナ「し、正気よ⁉私はずっと正気だったのよ!でも……あの食感、あの甘酸っぱさ……らっきょうは、カレーと出会うために生まれてきた味なのよ!」

リュカ「いや、本当に正気か⁉ま、まぁグリーンカレーをお試しください、侯爵様」


 リュカはとにかく、副菜戦争を避けるために話を逸らす。


カレー侯爵「……美味しい、確かに美味しいのだ。しかし、これはあまりに従来のカレーに近い、これではまた戦争が始まってしまう」

リュカ「そっかー、カレーの概念を広げるという意図からすると、ちょっと外れてるよな」

レアナ「でも、選択肢が増えることは悪い事じゃないんじゃない?」

カレー侯爵「ただ、緑黄色野菜サラダは案外カレーに合うことがわかった、とにかくドレッシングが素晴らしい!これは、明日にでも広めていいだろう……グリーンカレーは、保留だ……」


 しかし……皆、失念していた。

 レアナはグリーンカレーのスパイシー版とイネ版の両方のレシピを、マギシステムに登録していた。


 どこかからか、『グリーンカレー』のキーワードが漏れたらしい。

 侯爵の名を冠しているだけに、領内で爆発的に広がった。


 そして、カレー侯爵の予想通りに、領民の間で戦争が起こったのだった。


「グリーンカレーは名前から明らかなように、侯爵公認だ!」

「しかしイネに掛けないカレーなど言語道断!」

「ナンにも、イマイチ合わないしな」

「ちょっと待て、レシピは二つあるぞ……炊いたイネに掛けるグリーンカレーも命律端末に存在する」

「緑色のカレー?そんな物をカレーと認めるというのか?」

「それは違うだろう!いつカレーが今の色だけだと決められた⁉」


 カレー侯爵領では、大混乱が起こっていた。


カレー侯爵「ああ、恐れていたことが起こってしまった!」

レアナ「ごめんなさい、せめて名前を変えておけば」

カレー侯爵「それはいかん!それでは私の名前が残らないではないか!」

リュカ「え?大事なの、そこ?」


 ここで、カレー侯爵によるカレーの主流派閥について講義を受けた。


・茶派(旧来カレー原理主義)

・赤派(福神漬推進連盟)

・白派(らっきょう教団)

・黄派(ナン第一主義)

・混合派(野菜万能派)

・カレーはスープ派(過激派)


 それに加えて「ビーフカレー派」「ポークカレー派」「チキンカレー派」「キーマカレー派」という諸派が肉派閥として存在している。

 また赤派と白派の両方を受け入れる諸派として「副菜自由主義同盟」と「副菜自由主義連合」という副菜派閥も存在している。

 これら諸派については、単独で属するのではなく――例えば「茶派で親ビーフカレー派、かつ副菜自由主義同盟派」のような、複雑極まりない関係性だ。


 今回のグリーンカレーによって『緑派(グリーンカレー肯定派)』が爆誕してしまったのだった。

 この『緑派』の意見も統一されていない。


「グリーンカレースープこそ至上!」

「お前、カレーはスープ過激派かよ!」

「受け入れられやすいのは、イネに掛けるグリーンカレーだろうとは思う」

「イネに掛ける方は、ほうれん草が多く含まれているではないか!混合派か⁉」

「そういえば、侯爵はイネに掛けるグリーンカレーに福神漬を選んだらしい」

「な――侯爵は赤派だったのか⁉俺は白派だけど、侯爵は中立だと信じていたのに!」

「ナンに、イネに掛けるタイプのグリーンカレーを合わせると、結構美味しかったぞ?」

「貴様!黄派だったのか!」

「私は茶派だが、カレーはうんこ色しか認めん!」

「下痢を繰り返してると、うんこも緑色になる!すなわち、これはカレーである!」


 もはや、収拾がつかないカレー侯爵領であった。


 レアナは命律端末を取り出し問いかけた。


レアナ「ねぇ、カレーって何なのかしら?」

命律端末「分類不可能な個体:カレーパフェ、カレーパスタ、イネ風味ナンカレーなど三十三件……エラー発生。もはや『カレー』の定義は不可能です。カレーとは、名付けえぬ混沌そのもの……人類の胃袋に宿る、未定義なる至高概念です」

レアナ「カレーって、哲学以上の……哲学を超える何かだったのね?マギまでバグる」

リュカ「しかし、カレーパフェって一体何だ?それにイネ風味ナンカレーとか……」

命律端末「新たな宗派が生成されました──『カレーニヒリズム派:全ての料理はカレーに帰結する』」


 宗派生成を聞いて脱力しながら、レアナはそっと命律端末をしまった。

 レアナは、なんだか吹っ切れたような微笑みを浮かべている。

 リュカは未知の組み合わせに、震えながら頭を抱えるのであった。


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