第09節 カレー侯爵領での大戦争 ~死者はいません~
カレー侯爵領に到着した。
カレー侯爵領は城壁に囲まれていて、門番によって守られている。
入ろうと門番に声を掛けたら、こう問われた。
門番「カレー味のうんこと、うんこ味のカレー、どっちを選ぶ?」
レアナ「なんだか懐かしい『究極の選択』ね?」
レアナは真剣に考えようとするが、すぐさまリュカが提案をする。
リュカ「常識的に考えて『うんこ味のカレー』じゃないか?」
レアナ「なんで?」
リュカ「味がカレーでも、実体がうんこなら、それこそ食中毒を起こすぞ」
レアナ「それもそうね『うんこ味のカレー』で」
門番「よろしい!そこまで深くカレーを愛してくれているなら、侯爵領に入る資格ありと見做そう、さあ入りたまえ」
領地に入ると、一気にカレーの香りが鼻を突いた。
いかん、脳がカレーに染まってしまった、もうカレーしか食べたくない!
レアナ「強烈な街ね……出店が全部カレー系よ」
リュカ「ビーフカレー、チキンカレー、ポークカレー、キーマカレー、ナンカレー……何を食べるか、それが問題だ」
レアナ「私はビーフカレーがいいわね、リュカは?」
リュカ「もう脳が『カレーなら何でもいい』状態だ!ビーフカレーの店に行こう!」
しかし、そのビーフカレーの店には、残念ながら『つけ合わせ』が置かれてなかった。
リュカ「福神漬があったらなぁ……」
レアナ「らっきょうがあればなぁ……」
瞬間、リュカとレアナの間に火花が散った――そう、錯覚するほどの緊張感が走る!
リュカ「福神漬……それは漬物界の八宝菜、味の祝祭だ」
レアナ「らっきょう……それはシャリッと響く救いの鐘、食卓の天啓よ――あなた、福神漬原理教ね!」
リュカ「レアナこそ、らっきょう狂信者じゃないか!」
レアナ「ぐぬぬ……」
リュカ「まさか、ここでこんな決裂が起こってしまうとはな」
リュカとレアナの一触即発の雰囲気を見て、店主が慌ててやってきた。
店主「お客さんたち。ここは『副菜自由主義連合』加盟店舗なんで、どちらも置いてないんですよ。なぜって、お客さんたちのように争いが始まるからです。福神漬がスパイスのように飛び交った『らっきょう戦争』……あれは、繰り返してはならない悲劇だったのですよ?カレーは命を救う、しかし副菜は命を奪う、そう身に染みました……ですから、お客様が各自で副菜を持ち込むのです」
『らっきょう戦争』が何だったのかは、全く理解できないが、リュカとレアナは「こいつらやべぇ……」と思っていた。
レアナ「副菜ごときで戦争?一体私たちは、どんな修羅の国に入ってしまったの?」
店主「『ごとき』ですって?カレーとはルーと副菜、そしてイネの三位一体。どれかが欠けても教義は完成しないのです!」
リュカ「教義って……一体なんです?」
店主「『カレーこそ至高の食べ物であり、崇め奉るべし』という、カレー侯爵による教えですよ」
まだ見ぬカレー侯爵に、震えが止まらなくなったリュカとレアナであった。
筋肉隆々のスパイス愛好客「店主、聞き捨てならねぇなぁ、カレーは究極の食べ物だ!至高なんて言葉じゃ全然足りねえなぁ?」
メガネをクイッと上げるインテリ客「ああ、こんどは『究極対至高戦争』が始まるのか……」
食通気取り客「いいか、至高は完成形、究極は過程。そこには終わりなきスパイスの探求があるんだ!」
リュカ「議論が……なんかの哲学みたいになってきたぞ」
レアナ「というか、もう私は副菜、なんでもいいわよ……」
そこに、胡散臭いローブ男と、騎士の鎧の男がやってきた。
胡散臭いローブ男「ようこそ『副菜自由主義同盟』へ」
騎士の鎧の男「待ちたまえ!『副菜自由主義同盟』はカルトである!『副菜自由主義連合』こそが正統教義!」
リュカ「まさかの副菜にまで細かい派閥があるとか、本当に修羅の国だ。マルボロめ、恨むぞ」
リュカが頭を抱えている最中でも、容赦ない勧誘の嵐である。
胡散臭いローブ男「福神漬でもらっきょうでもいい……だが強制されるな。副菜は……自由の象徴だ!」
騎士の鎧の男「副菜は祈りであり、制度である!貴様らの自由に正義はあるのか!」
レアナ「ねえ、リュカ?さっさとカレー食べて、この店を出ましょう?」
胡散臭いローブ男&騎士の鎧の男「「カレーを『さっさと食べる』など!言語道断!」」
こんな時だけ意気投合する、胡散臭いローブ男と騎士の鎧の男であった。
リュカ「うわぁ……こいつら、本当に面倒くせぇ!」
そうして、更に『ビーフカレー対ポークカレー戦争』『ナンカレーはカレーのカテゴリに入れていいのか戦争』などに巻き込まれて、リュカとレアナが半泣きで店を出ることができたのは……三時間後のことであった。
その手には、冷めたカレーの残骸と副菜に関するパンフレットが五枚、握りしめられていた。
リュカ「……もうカレーの話、誰ともしたくねぇ……ってか、なんで俺はカレーを握りしめてるんだ」
レアナ「でも……また食べたくなるのがカレーなのよね……それが、カレーの魔性……」
握りしめていたカレーの残骸を口に運ぶ、リュカとレアナだった。
冷めていても、握りしめていたカレーは、悔しいことに美味しかった。




