第07節 ワサビ領からの旅立ち ~聖人認定同意書~
何日も寿司を食べ続けたら、リュカとレアナも寿司三昧に満足してしまう。
豚汁も、流石に毎日となると、正直食べ飽きてしまう。だけど海藻ミーソ汁を頼むと、板前さんが少し寂しそうにする。
次の日に豚汁を頼むと、少し温かい味がした。
まさか、たった一日で腕を上げるとは――恐るべし板前さん!
レアナ「そろそろ、一度ワサビ領を離れようと思うわ」
リュカ「しかし、俺には穢魂者というレッテルがあるからなぁ」
レアナ「ワサビ領では、差別的なことを言われなかったでしょ?私だって、元聖女だってバレてないし」
リュカ「そういえばそうだな、なんでだ?」
レアナは気まずそうに言う。
レアナ「前世での感覚で考えちゃ駄目なのよ、命律端末をスマホって例えた私が悪かったけどね。通話機能も、カメラ機能も、SNSもないから、前世に比べて情報伝達は信じられないほどに遅いのよ。聖女の姿も、ほとんど伝聞でしかないわ」
リュカ「じゃあ、レアナの足を引っ張ることにはならない可能性が高い?」
レアナ「もうエッチ、私の脚にそんなに興味があるの?」
リュカ「違う、そうじゃねぇ!」
と言いつつもリュカは、チラチラとレアナの脚を意識してしまう、悲しい十三歳であった。
侍女達も、そんなリュカとレアナを見てほっこりしている。
そして、旅立つということをマルボロに伝えると、寂しそうに言った。
マルボロ「そうか、行っちゃうのにゃ……情報の代金、即金で渡すと言ったのに、遅くなってしまったにゃ。申し訳ないにゃ」
レアナ「素晴らしい寿司を、心ゆくまで食べられたから、遅れても全然構わないわよ」
リュカ「っていうか、レアナの請求額、ぼったくりが過ぎないか?」
マルボロ「時間が掛かったのは、海藻入りミーソ汁と豚汁の費用対効果、ワサビの収支の計算に時間が掛かってしまったのにゃ。この辺をしっかり計算して対価を支払わないと、貴族としての信頼が落ちるにゃ」
レアナ「減額とか勘弁してよね?」
マルボロ「安心するにゃ、ミーソ汁と豚汁、ワサビそしてお寿司は大黒字の見込みにゃ、だから、ズバリこの金額にゃ!」
革袋に包まれた金貨に、レアナは目を輝かせる。
レアナ「え⁉本当にこんなに貰っていいの?お金はあればあるだけ助かるから、ありがたく貰っておくけど!」
リュカ「ちょっとマルボロさん……その試算表、可能なら見せて貰えませんか?」
マルボロは、少し緊張した表情で言う。
マルボロ「さすがに、それは勘弁にゃ。ワサビ領の実態は君たち相手とはいえ、そう簡単には見せられないにゃ」
リュカ「あ、その言葉だけで、大体察しました」
レアナ「え、リュカ、何?どういうこと?」
リュカ「それだけ、領地経営的に大成功ってことだよ。俺は試算表だけを求めたのに、まるで領の予算開示かのような言い回しだったろ?」
マルボロ「その通りだにゃ、今後ワサビ領は伸びるにゃ!お寿司は特に大きいのにゃ!豚汁や海藻入りミーソ汁だけでも無視できない影響力にゃ!寿司以外は全国展開も視野に入れられるから、安すぎる位だにゃ!」
レアナは、不満げな表情で言う。
レアナ「うーん……不労所得があると嬉しいんだけどなぁ」
マルボロ「そこは抜かりないにゃ!聖女予算に積み増ししておくから、お金に困ったら取りに来るといいにゃ」
レアナ「え、だけど、私はもう聖女じゃないんだけど?」
マルボロ「私たちの派閥は、神殿のやり方に懐疑的にゃ。我々は聖女解放派閥と呼んでるにゃ!聖女様が野に下りた時の為に、うちが属する派閥は聖女予算を積み立てているにゃ!派閥リストはこれだにゃ」
その言葉に驚いたのはリュカだった。
リュカ「え、こんなリスト渡していいんですか?レアナですよ⁉」
レアナ「ちょっと、それどういう意味よ!」
マルボロ「派閥に属する家には、聖女予算があるにゃ?旅をするならこれらの家を頼るといいにゃ」
レアナはなんとも言えない表情をする。
レアナ「ふぅ……聖女予算とか、初耳だわ。こんなに後ろ盾になってくれる家があったなんて……」
マルボロ「ある意味で、反神殿活動だからにゃ?神殿にいる聖女様に、今まで伝えるチャンスがなかったにゃ!」
リュカ「そういえば、マルボロさんってレアナを今でも聖女呼びしていたな」
マルボロは、自信満々に言う。
マルボロ「当然にゃ!命律端末を最も巧みに操る者こそが、本来の『聖女』にゃ?そして、少なくともワサビ領を実際に救ってくれたにゃ?あ、リュカ君にもこれを渡しておくにゃ」
豪華に装飾された、一枚の証明書のような紙?
『聖人認定同意書――穢魂者として神殿に追放されしリュカ氏は、命律端末こそ与えられなかったが、聖人の可能性が極めて高い。それを認める功績があった時には、この同意書にサインをするように』
そして『キャビン・ワサビ』と『マルボロ・ワサビ』のサイン?なんだこれ、要するにスタンプラリーか?
リュカ「(だけど、こんな紙切れでも……何も持たなかった俺にとっては、人生で初めて手に入れた『証明』かもしれない)」
そしてマルボロに問う。
リュカ「この『キャビン・ワサビ』というのが、ワサビ子爵ですか?」
マルボロ「そうだにゃ、父もとても喜んでいたにゃ!」
レアナ「これだけの金貨があれば、旅のための馬車も買えるわね!」
マルボロは慌てて、その言葉を遮る。
マルボロ「馬車なんて買う必要はないにゃ、ここに来るまで使った馬車と、同じ性能の馬車を提供するにゃ、これは父からの餞別にゃ!御者もついてくるから絶対にお得にゃ!」
リュカ「なんか、本当に至れり尽くせりだなぁ」
レアナ「旅が凄く快適になりそうね!次はどこに行こうかしら!」
大して考えることもなく、マルボロは言う。
マルボロ「カレー侯爵領がお薦めだにゃ、お寿司を生み出すその舌を、満足させてくれると思うにゃ」
レアナ「カレー!まさか、それって辛い中に甘味もあったりするシチューみたいな?」
マルボロ「その通りにゃ、うちとも関わりが深いから、炊いたイネに掛けるのが主流にゃ!もちろん例外もあるにゃ!」
レアナは目を輝かせて言う。
レアナ「もう、完全にカレーじゃない!もう、カレー侯爵のところに行くことで決定ね!」
リュカ「ちなみに、そのカレー侯爵は派閥の中で、どういう立ち位置なんですか?」
マルボロ「派閥の長にゃ!」
これを聞いて、リュカもレアナも顔を硬直させる。
レアナ「とんでもない大物ね、接触はできるのかしら?」
マルボロ「安心するにゃ、飛脚を飛ばして派閥の全ての家に伝達済みだにゃ!」
リュカ「(つまりこの紙一枚で、派閥の町でも『俺たちを受け入れる理由』が生まれるわけか、大したもんだ……)」
レアナ「わかったわ!また寿司を食べたくなったら、必ず来るからね!」
マルボロは、冗談交じりに言う。
マルボロ「ありがとうにゃ……寂しくなるにゃ。『ねこまんま』をまた食べたくなっても、来て欲しいにゃ」
レアナ「あの『猫加護』はもう勘弁よ!あの設定はもう解かないでよ!私が『にゃ』語尾とかキャラに合わないわ!」
リュカ「いや、結構似合ってたぞ、レアナ」
レアナ「――っ!」
レアナの顔は瞬間沸騰器のように赤面する。
なにをレアナは赤面してるんだ、女の子が『にゃ』とか言って、萌えない男はいない!
少なくとも俺の知る限り、男ってそういう生き物だ!
レアナ「――ば、バカっ!あんたなんか、にゃんにゃん地獄に落ちればいいのよ!」
マルボロ「聖女様だけは『猫加護』を恒久的に与えるとかどうにゃ?」
レアナ「……お願い、お願いだからそれだけは止めてよね?」
そして翌日、リュカとレアナは、馬車に大量に積み込まれたイネと卵を目撃する。
馬車はカレー侯爵領に出発した。
リュカはその夜、イネと卵の発する淡く青白い光に、またトラウマスイッチが押されるのであった。




