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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

「ここは、鬼駅です!」「なんて?」

作者: とーふ

 これから僕が話すのは、ある不思議な体験の事だ。


 無論、こんな話をしたところで信じる人は居ないだろうけど。

 これは本当にあった話なのだ。



 そう。あれは……残業のせいで終電間際の電車に乗ってしまった時の事だ。

 僕は酷く疲れていて、座席に体を預けながら半分くらい眠った頭で電車の揺れる感覚を味わっていた。


 起きていないと乗り過ごすと分かっていても、体はいう事を聞いてくれなくて……僕は襲い来る睡魔と戦いながら何とか意識を保っていた。

 が、おそらくはそれが悪かったのだろう。

 気が付くと僕は深い眠りの中に入っていた様で……周囲の騒がしい声に目を覚ます事となった。


「いや、だから。分かんねぇって。俺、電車とか詳しくねぇもん」

「アタシよりは詳しいでしょ」

「まぁ、確かにな? じゃあ俺が分かるハズか」

「そうそう。じゃ、はい! なんでこんな事になってるの!」

「ん~、分からん!」


 何だか酷く頭の悪そうな会話が聞こえて来た事で、僕は体を起こし、周囲を見る。

 どうやら乗客は僕以外には殆どいないらしく、何やらドア付近で話をしている田舎のヤンキーみたいな格好をしたカップルと、他は死んだ様に眠っている人たちばかりだった。


 僕はとりあえず、懐からスマホを取り出して時計を確認したが、現在の時刻は0時27分。まだ降りる駅には着いていない時間であった。

 もう少し寝てても良いが、なんだか話をしているカップルが気になってしまい、そちらへと意識を向けた。


「でもよぉ。そもそもよぉ。なんで次の駅名が出てねぇんだよ」

「いや、だから。アタシがそれ聞いてんだって。みー君にさ」

「確かに」

「しっかりしてよ!」


 相も変わらず頭の悪そうな会話をしているなと思いながら僕はふとヤンキーの頭の上にある電光掲示板へと視線を向けた。

 が、そこには何も表示されておらず、僕はドクンと心臓が跳ねるのを感じた。

 おかしいと思い、他の掲示板も見るが、どうやら状況は同じな様だった。


 何が起きているんだとスマホを開こうとしたが……その前に電車がキィーっと音を立てながらどこかの駅へと停車した。

 駅に着いたようである。


 何かがおかしい。

 さっきから僕の中で何かが大きな警報を鳴らしていた。


「とりあえず降りようぜ? タクシーに乗れば良いだろ」

「まぁー。確かに」


 僕は電車から降りようとしているカップルに続いて、急いで電車から飛び降りた。

 カップルは僕の事など気にせず、スタスタと駅のプラットホームを歩いてゆく。


 その、まるで何も警戒していない姿に、ヤンキーは凄いなと思いながら、僕の足は自然とヤンキーカップルの後を追っていた。

 そして、ヤンキーカップルは駅名が掛かれた看板の前で足を止め、それを読もうといている。


 僕はその間に電車の外観を確認したり、駅員が居ないかと周囲を見渡してみたが……どうやら何も居ない様だった。


「えーっと? 鬼駅?」

「おにえきぃ?」

「いや、だって。書いてあるじゃない。鬼駅って」

「いやいや鬼駅は無いだろ。だって鬼駅じゃ、おーにーえきーって感じじゃん」


 どういう感じだよ!


「確かにそうか」


 納得するのかよ!


 僕は何だか落ち着かない気持ちになりながらヤンキーカップルの近くへと向かう。

 バクバクと早くなる心臓の音を感じながら、嫌な予感に全身を震わせながら。


「じゃあ、なんて読むのよ」

「そりゃお前、キだよ。キ!」

「キィ? なんで、鬼でキって読むのよ」

「バカだなぁ。お前。鬼滅〇刃見てねぇの? キって読んでるだろうが」

「あ。確かに。そっか。キ駅かぁ」

「キ駅?」


「キ駅」


「キ駅……?」


「「キー駅!!」」


 ヤンキーカップルはまるで正解を導き出したとでもいう様な満面の笑みで互いを指さしながら笑い合って意味不明な事を言う。

 いや、キー駅ってなんだよ。


「そうか。ここが鍵だったんだな」

「アタシ達。遂にたどり着いたんだね」


 意味不明な会話にさらに意味不明な要素を詰め込んで言葉を投げ合うカップルに、僕は我慢出来なくなり、遂に声を差し込んでしまった。


「あのー。多分なんですけど。それって『きさらぎ』って読むんだと思うんですよね?」

「アン? そうなのか? はーちゃん」

「アタシが知るワケないでしょ」

「そりゃそうか。しっかしキサラギか……キサラギ、キサラギ……ハッ! キサラギキャッツアイ!?」

「それは、木更津!」


 思わず勢いで突っ込んでしまった! と僕は自分の口を塞ぎながら血の気が引くのを感じていた。

 だが、ヤンキーは特に怒る事もなく、ギャハハと笑い、そうだ、そうだと僕の背中を叩いた。

 そのあまりの強さに、僕は咳込んでしまう。


「とりあえず駅名も分かったし。タクシーでも呼ぶかぁ」

「どんくらい時間かかるかな?」

「わかんねー。ま、でも朝になる前には来るだろ」


「いえ……それは難しいと思います」


 僕は、僕たちがここを『きさらぎ駅』だと認識した瞬間に、扉を閉めて走り出した電車を見送る。

 どの道、アレにはもう乗れないし。仕方ないか。


「どういう意味だ?」

「ここは、きさらぎ駅なんですよ。聞いた事ないですか? ネット上で囁かれる噂の話」

「ウワサぁ?」

「そう。ある女性が電車に乗っていたら、異界の駅にたどり着いてしまうんです。ですが、そこは異界ですから、現実世界に戻る事は出来なくて、女性はそのまま、行方不明になってしまうんですよ。その女性がたどり着いた駅というのが……! きさらぎ駅なんです!」


「へー」

「ふーん」

「反応が薄い!」


 二人とも僕の話には無関心である様で、適当な返事を投げて返してきた。

 とっても怖い話なんだけど! 僕の伝え方が悪かったのかなぁ!?


「まぁ、よく分かんねぇけど、歩いていけばいつか帰れるだろ」

「ねー」

「いやっ! だから、ここは異界なんですよ! もうあの世の入り口なんです!」

「チッチッチッ。分かってねぇなぁ」


 自信満々なヤンキーの様子に、僕はもしかして、彼が寺生まれのTさんだったりするのか!? と顔を上げた。

 しかし……。


「地球ってのは丸いんだぜ? だから歩いていけば、いつかたどり着けるんだ」

「いやだからここは異界―!!」


「でも、その何たらって駅に降りるのが危険なら、なんで降りたの? あのまま電車に乗ってれば良かったじゃない」

「いや、あのまま電車に乗ってても駄目なんですよ。さっきも言いましたが、ここはあの世の入り口なんです。あのまま乗っていたら、きっとあの世へ行ってました」

「へー」

「ふーん」

「興味ゼロ! なんで聞いたの!?」


 あまりにもマイペースなヤンキーカップルの様子に、僕は何もしていないのに息を荒げさせてしまった。

 そして、その様子にヤンキーカップルは、何だかんだで人が良いのか、僕の為に水を買ってきてくれると言ってくれた。


 流石にそれは申し訳ないので、僕も二人と一緒に駅を出たのだが……まぁ、何もない。

 見事になーんにも無い。


 いや、まぁ。逆に良かったかもしれない。

 あの世の物を食べるとこの世に帰れないというのは定番の話であるし。


「んー。なんもねぇなぁ」

「いや、大丈夫ですよ。あの世の物を食べると良くないって言いますし」


「そっか。まぁ、そうだな」

「え? なんで?」

「ばっか、お前。あの世って事は死んでるって事だぞ。つまり、死んだ食い物って事じゃねぇか」

「いや。バカなのは、みー君の方でしょ。魚も動物も食べる時には死んでるじゃない。アタシら死んだ物普段から食べてるのよ?」

「なっ!? なんだってー!?」

「逆に今まで何を食べてると思ってたの? 牛食いながら、モーモー聞こえてたか?」

「確かに……! アイツ等は全員……死んでいた!?」


 いや、驚き過ぎだろ。

 と、周囲を確認しながら僕は思わず突っ込んでしまう。

 あんまりやってると怖いから、心の中でそっとだ。


「まぁでも、食べ物として死んでるっていうのは分かるかも」

「どういうこっちゃ?」

「要するに腐ってるって事よ。食べたら腹壊すよ」

「うぉー。やべー。気を付けよ」


「すみません。お話し中。調べてみましたが、何も無いので、ひとまず駅に戻りましょうか」

「いや、でも駅に戻ってもあの世行きなんだろ?」

「まぁ、確かにそうなんですけど……」


 と、ヤンキーに言葉を返そうとした僕であったが、不意に遠くから太鼓を叩く様な音が聞こえて来た。


「なんだ? この音」

「祭りでもやってんじゃないの?」

「あの世でも祭りとは……ここは江戸のあの世か?」


「いや……これは」

「なにか分かるのか? お前」

「えと、ちょっと待ってください。思い出すので……」


 そう。きさらぎ駅の話だ。

 僕も前に読んだから何となくだけど覚えている。

 確か、あの中でも太鼓の音が聞こえて……それで、それで……。


 僕が頭を抱えながら先の展開を思い出そうとしていたのだが、そこにクラクションの音が鳴り響き、遠くから光がこちらに迫ってきているのが分かった。

 エンジンの音もするし。どうやらそれは車の様だった。

 白いワンボックスだ。


「どうしたんだ? お前たち」

「いやぁー。実は寝過ごしちゃいましてー」

「そうなんか。だが、ここで待っててもタクシーなんざこねぇぞ。近くの大きな駅に連れてってやろうか」

「お、良いんですか? ありがとうございまーす」


 ワンボックスからこちらを見ていたおオジサンはヤンキーと話をして、快く車に乗せてくれると言った。

 そして、ヤンキーカップルに押し込まれる形で僕は車の中に押し込まれたのだが……助手席には片足のないオジサンが座っていて、俯きながらブツブツと何か言って居る様だった。


 不気味だ……。


 と、そこで僕はかつて読んだきさらぎ駅の終わりを思い出していた。

 それは、トンネルを抜けた女性が親切な人に、車に乗せてもらうのだが、その車はどんどん山の方へと向かってしまい……女性はそのまま書き込みが途絶えてしまうという話だ。


 この車に乗ってはいけない。


「駄目だ! この車……!」

「ほら。乗れって」


 僕は車を飛び降りようとしたが、ヤンキーに押し込まれてしまい、そのまま車は走り出してしまうのだった。

 最悪だ。最悪だ!!


 どうすれば良い!?

 どうすれば……!


 僕は必死に思考を巡らせるが、良い答えが思い浮かぶ事はなく、そのまま車は山の方へと走り出していった。

 流石にこの状況でヤンキーもおかしいという事に気づいたのか、声を上げる。


「なぁ。行く方向おかしいんじゃねぇの? 線路沿いに走れば良いだろ?」

「ねぇ、なんか車の中、熱くない?」

「おい! 返事しろよ!」


 焦っているのかヤンキーの言葉遣いが荒い。

 そして、そんなヤンキーの声に応えたのか車はキィっとブレーキを踏んで止まり、オジサンたちはブツブツと呟きながら俯いていた。

 嫌な空気だ。

 最悪な感じである。


 僕は何かが起きる予感がして、バッグの中にあったある物を握りしめた。

 そして……。


「うぉぅえぇぉぉえぉぉおおおお!!」


 助手席に座っていたおじさんが奇声を上げながら、僕らに向かって飛び掛かって来た。

 こんな事になるんだろうなと数多のホラー、パニック作品で予測していた僕は握りしめていた清めの塩をオジサンにぶつける。


 するとどうだろう。

 オジサンは奇声を上げながら、シュウシュウと溶けて、消えてしまったではないか。

 素晴らしい! 幽霊、怪物には清めの塩なんだ!


「お、おい!? 何したんだ!」

「清めの塩です! 彼は悪しき者でしたが、塩で浄化され……」


「塩で、溶けた?」

「塩で……! な」

「な……!」


「な?」


「「ナメクジ人間だー!!!」」

「なんて?」


 ヤンキーカップルは車の扉を勢いよく開けると外に飛び出し、女性が持っていた大きなバッグから食塩一袋業務用を取り出した。

 そして、慣れた手つきで、それを開き、ヤンキーの男が塩を掴み、運転席から外に出て来きていたおじさんに投げつける。


 その瞬間、運転していたおじさんも奇声を上げながらシュウシュウと溶けてしまうのだった。


「え? 普通の塩でも良いの?」


「また、ナメクジ人間……! マズいよ。み―君」

「あぁ。どうやら俺たちはナメクジ人間の村に迷い込んだみたいだ!」

「え? なんて?」


 僕の疑問を置き去りにして、山の上の方から幾人ものうめき声をあげた人々が降りて来る。

 おじさんや、おばさん。

 どうやら子供は居ないようだが……とにかく大勢の人が降りてきて。


「くらえぇぇえ! 塩!」

「こっちくんな! ナメクジ人間!」


 普通の塩によって撃退されていった。

 なんで??


「おい! アンタ! 逃げるぞ!」

「どこ行くの!?」

「駅だよ! 駅ぃ! とにかく山の中はヤバイ! ナメクジ人間が木から落ちてくるかもしれん!」

「えー! やだー! キモーい!」


 ワイワイと騒ぐヤンキーカップルと共に僕は走って、走って、ゼェゼェ言いながら走って、きさらぎ駅まで戻って来た。

 さっきまでしていた太鼓の音は消えており、周囲には静寂が満ちている。


 そして、ヤンキーの男は何やら確信した様な顔で、僕らに向かって口を開いた。


「ずっと考えてたんだけどよぉ」

「なに?」

「ここから脱出する方法だよ」

「うん」

「電車に乗れば良いだろ。電車でここまで来たんだから」

「いや、でも……ここはあの世の入り口だって言ってたじゃない」

「だから! あっちじゃなくて、こっち行きの電車に乗れば良いんだろ」

「あ、なるほど~。み―君頭良い!」

「だろ!?」


 僕はみ―君の言葉が理解出来ず、頭にハテナを浮かべていたが、まだ息を切らしている状態であり、まともに話す事は出来なかった。

 そして、そうこうしている間にヤンキーの男に手を引っ張られ、来た時と反対側のホームへと向かう事になったのである。


 そして、ベンチに座り、次の電車を待つ。

 時刻は深夜であり、電車が来るはずが無いのだが……。他にやる事も無いので待つ。


「うー。寒くない?」

「そりゃ冬だからな。走ったし。汗が冷えてるんだろ」

「うー、無理。耐えらんない。鍋やりましょ。鍋」

「お、良いな」


 ヤンキーの女性が提案した狂気の行動にヤンキーの男も乗り、二人は駅のプラットホームでたき火を始める。

 駅の、プラットホームで、たき火を始める。


 とても正気とは思えないが、止めるだけの体力も無かった。

 しかし、たき火を始めてから少しして、何か遠くから音が聞こえてくる様な気がしていた。


 そして、僕は尽きかけの体力を振り絞り、体を起こした。


「ん? どうしたんだ?」

「何か音がします……この音は」


 僕は遠くから見える光に思わず、あっと声を上げた。

 それは電車であった。

 ここに来る時に乗っていた電車と同じ、電車だ。


 僕は思わず立ち上がって、ホームに停車する電車を見つめた。

 暗いホームの中で淡く光る電車の車内灯は僕を誘っている様で……しかし、乗って良いかどうか迷う物だった。

 もしかしたら、これも何かの罠かも……。


「お、良い所に電車が来たな。乗るぞ!」

「わ」


 しかし、僕の悩みなんて関係ないとばかりに僕はヤンキーに手を引っ張られ、電車に飛び乗った。

 それから、すぐに電車はガタガタと動き始めて……その心地よい揺れに、僕はウトウトと意識を奪われてしまうのだった。



「……ん。お兄さん!」

「ん? んあ?」

「駄目だよ! こんな所で寝ちゃ!」

「え?」


 僕は、誰かの声に目を覚まし、周囲を見ると、そこは僕がよく乗る電車の始発駅であった。

 プラットホームは光に溢れており、目の前には電車が止まっている。

 時刻を見れば、どうやら終電の様だった。


 これまで見ていたのは夢だったのか?

 よく分からない。


 が、僕の隣にはグーグーと眠りこけているヤンキーカップルがおり、僕はアレが夢では無かったのだろうと思い至った。


「で? 乗るの? 乗らないの?」

「あ。すみません。乗らないです」

「そう。もう駅も閉めるからね! 寝るなら外で寝てね!」

「はい」


 そして、電車は警笛を鳴らしながら、駅を出て行った。

 悪いが、今はちょっと夜の電車に乗る気分にはなれなかった。


「んー。あぁ? ここ、どこだ?」

「アレ? アタシたち電車に乗ってたんじゃあ」

「終電はもう行ってしまいましたよ」

「んー! そっかぁ。ならしょうがねぇや。どっかに泊まるかぁ。行こうぜ。はーちゃん」

「んー。アタシ、もう眠いよぉ。み―君」


 フラフラと歩いていくヤンキーカップルの背中を見ながら、僕ははぁとため息を吐いた。

 何だかとんでもない体験をしてしまった様だ。


 僕はスマホを起動しながら小説投稿サイトを開く。

 そして、フッと笑った。


 どうせ誰も信じないだろうけど。


『これから僕が話すのは、ある不思議な体験の事だ。』


 折角だからと僕はこの話を投稿してみようと思うのだった。

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