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理不尽に婚約破棄をされたので、断罪してから幸せになってみせます

作者: 久遠れん

「ミュリエル・オリオール! お前の不貞を理由に、婚約を破棄する!!」

「……は?」


 学園のきらびやかなパーティーの最中、突然突き付けられた言葉に、ミュリエルは唖然と目を見開いた。


 彼女の前では、婚約者であるはずの伯爵令息であるジョヴァニが勝ち誇った顔で笑っている。


 意味が分からなかった。

 不貞などしていないし、そもそもなにを根拠にそんなことを言い出したのかわからない。


 混乱する頭で、疑問を口にする。


「不貞、とは。どういう意味ですか?」

「しらばっくれるな! アガットが目撃している!」


 ミュリエルという婚約者がいるというのに、なぜかジョヴァニの腕を幸せそうに抱いている男爵令嬢アガットに視線を向ける。

 寄り添うように佇む二人に吐き気を覚えた。


「あたし、ミュリエル様がぁ、男子生徒と保健室でそーいうこと、してるところ、みちゃいましたぁ」

「なにを仰っているの……?」


 貞淑さが求められる貴族の令嬢が、婚姻前に婚約者がいる中、学園でそんなことをするはずがない。

 眉を顰めたミュリエルに対し、周囲はひそひそと好き勝手に囁きあっている。


「あの噂は本当だったのね」

「ジョヴァニ様もおかわいそうに」

「ぞっとするな」


 学友に味方はいない。早々に悟らざるを得なかった。

 だが、認めるわけにはいかない。経歴に傷がつくどころの話ではないのだ。


「証拠はあるのですか?」

「証人がいますよぉ。ねぇ、アントニン様」


 唐突に話を振られたのは、学園で一番気弱だと有名な男子生徒だ。

 ミュリエルが素早く視線を動かすと、人ごみが割れてどうみても気弱な男子がおずおずと出てくる。


「貴方、侯爵令嬢のミュリエル様のお誘いを断れなかったのよねぇ」


 蛇が絡みつくようなねっとりとした言葉。

 実際、矛先を向けられた子爵令息のアントニンは真っ青な顔で落ち着かない様子できょろきょろと視線を動かしながら、肯定の言葉を紡ぐ。


「は、はい……。ことわれ、なくて……」


(先手を打たれた!)


 アントニンの言動は明らかにおかしいというのに、周囲の生徒たちは納得している雰囲気を出している。

 彼を脅して証言させるだけではなく、根回しをされているのだと気づかざるを得ない。


 確かに、最近ジョヴァニの行動が怪しかった。

 ミュリエルを放置して、アガットとべたべたといちゃついているのを黙認していたのは、学生のうちに遊んで気を済ませておいてほしかったからだ。


 将来、結婚してから浮気をされるよりは、と黙っていたが、こんな最悪の形で裏切られるとは思っていなかった。


 ぎり、と唇を噛みしめる。ぎりぎりと奥歯を噛む。

 無罪を証明するにはどうすればいい。必死に頭を回転させても、打開策は浮かばない。


 周囲のあざ笑う声が邪魔だ、目の前でにたにたと笑っているアガットが目障りだ、なにより勝ち誇ったように鼻高々のジョヴァニが憎らしい。


「婚約破棄、承服してもらうぞ」


 彼がこんな行動をとったのは、子爵令息のジョヴァニは位が上の伯爵令嬢のミュリエルに強く出れないからだ。


 だからといって、あまりに酷い仕打ちだった。

 こんな形で婚約を破棄されてしまえば、ミュリエルの将来は閉ざされたも同然。


 それでも。今は悔しさを飲み込んで頭を下げるしかなかった。


(みてなさい、このまま敗者にはならない)


 覚悟の炎を胸にともして、一時の屈辱に耐えるしかないのだ。






 パーティーの日から、学園にミュリエルの居場所はなくなった。


 級友たちには遠巻きにされ、声をかけられたとしても体目当ての下種な下級貴族の男子だ。

 吐き気をこらえながら、そっけなく断り続ける毎日。


 それでもミュリエルは諦めなかった。

 嫌な顔をされながらも地道に学園の生徒たちに聞き込みをして回る。


 アガットも大概男漁りが酷く評判の悪い令嬢なので、アガットよりはミュリエルのほうがまだマシ、と判断してくれる令嬢たちから、アガットの悪行の数々を集めた。


 ジョヴァニ以外の男子にも手を出していること、それこそ保健室を中心にあられのない行為で男子生徒を侍らせていること、それらを突き止め、魔道具で現場を抑えることも成功した。


 やられたら倍返しがモットーだ。


 ミュリエルがされたように、大勢の前で濡れ衣をそそぎ、断罪してやりたい。

 だが、彼女一人で立ち向かっても、大したダメージは与えられないだろう。


 アガットは人の婚約者だろうとお構いなしに男子生徒に声をかけている。

 その際の基準は、彼女自身より爵位が上なこと、顔が整っていること、だ。


 男爵令嬢のアガットより地位が低い男子生徒は学園にはいないが、男爵令息に声をかけたとは話を聞かないから確実だ。


 そして、爵位が上でも顔が整っていなければなびかない。これも確信を得た。


(伯爵より爵位が上で、カッコいい方と一緒なら……!)


 伯爵より爵位が上なのは、公爵と侯爵だが、いまの学園に侯爵家の人間はミュリエルしか在籍していない。


 公爵令息の男子生徒は一人いるし、彼は造形も整っているが、果たしてミュリエルの話に乗ってくれるだろうか。


(考えていても仕方ないわ。女は度胸よ)


 いつだか実家のメイドが口にしていた言葉を胸に、ミュリエルは図書館に足を向けた。

 放課後の時間、図書館の片隅でいつも本を読んでいる公爵令息のロバンソン・フジュロルが目的だ。






 図書館に入ると司書の教師にまで眉を顰められた。

 教師ならば噂に振り回されてほしくないが、あれだけのお騒ぎになったのだから仕方ないのかもしれないと浅く息を吐く。


 気持ちを切り替えて、ロバンソンの姿を探す。


 彼はいつも通り、図書館の片隅、けれど日の光が差し込む窓際で読書をしていた。

 組んだ膝の上に本を乗せて、ゆっくりとページをめくっている。


「失礼します。ロバンソン様、少しよろしいでしょうか?」


 落ち着いた声音で話しかけると、ロバンソンは本から視線を上げることもなくそっけなく言い放つ。


「尻軽令嬢が何の用だ」

「っ」


 あまりの呼び方に息を飲む。

 けれど、怯んだのは一瞬ですぐに凛とした声で反論する。


「その濡れ衣を払拭するために、お力をお借りしたいのです」

「なに?」


 やっと興味を引かれたのか、視線を上げたロバンソンの前でミュリエルは背筋を伸ばし続ける。


「かけられた冤罪は晴らさねばなりません。どうか、お力添えをください」


 頭を下げる。

 伯爵令嬢であるミュリエルはいままでの人生で、頭を下げたことは数えるほどしかない。


 いまはなりふりをかまっていられない。イエスの返事をもらえるまで粘る覚悟だ。

 永遠に感じる時間、頭を下げ続けたミュリエルの前でロバンソンが「ふ」と小さく笑った。


 パタン、と本を閉じる音が耳朶に届く。


「いいだろう。お前がなにをするのか楽しみだ」


 そっと視線を上げるとロバンソンはニヒルに口元を歪めていた。

 試されている、と思ったけれど、望むところだ。






 ミュリエルはジョヴァニとアガットの断罪の日を、王宮で開かれる夜会に決めた。

 ロバンソンは楽しげにミュリエルの作戦を聞いて、全面的に協力しようと約束をしてくれた。


 夜会にロバンソンのエスコートで入場したミュリエルは、先に入場していた学友を始めとする貴族たちの心無いひそひそ話にも負けず前を向き続ける。


「あれぇ、どーしてロバンソン様とミュリエル様が一緒なんですかぁ」


 ざわめきを聞きつけたのか、人ごみから現れたアガットの蔑む言葉にもミュリエルは眉ひとつ動かさない。

 隣にいるジョヴァニに対し、ゴミを見る目を向けると彼は鼻で笑う。


「ふん、本当に尻軽だったな。すぐに乗り換えるとは」

「なんとでも仰ってください。婚約者に濡れ衣を着せて婚約破棄をする方に、未練などありません」


 強気の言葉を返すと、ジョヴァニは露骨に表情を歪めた。


「なんだと……!」

「落ち着いてくださーい、ジョヴァニ様ぁ。負け惜しみですからぁ」

「ふん、そうだな」


 ジョヴァニにしな垂れかかったアガットが、じいっとロバンソンを見上げている。


「ロバンソン様はぁ、どうしてぇ、その人をエスコートしてるんですかぁ」

「冤罪をかけられた令嬢を助けるのは、紳士の務めだからな」


 甘ったるい言葉に対して、ぴしゃりと言い放ったロバンソンの言葉に周囲が静まり返る。


「冤罪……?」

「どういうことかしら」

「でも、ロバンソン様のお言葉よ」


 先ほどまでとは温度の違うひそひそとした話が広がっていく。場は用意された。

 ミュリエルは背筋を伸ばし、罪状を糾弾する。


「私は元婚約者である伯爵令息のジョヴァニ様と男爵令嬢のアガット様に、あらぬ罪をかけられました」


 場に響き渡るように風魔法を使って声を拡散する。

 衆目の注目を浴びながら、凛と声を張る。


「女神に誓って、裏切るような行為はしておりません。発言は捏造されたものです」

「アントニン」

「はいっ!」


 ミュリエルの言葉が終わるのを待って、ロバンソンがアントニンを呼んだ。

 学園のパーティーで偽りの証言をし、ミュリエルを陥れる一因を作った人間だ。


 周囲からの注目を浴びながら、びくびくと肩を揺らして前に出てくる。

 彼は、必死な様子で口を開いた。


「ぼ、僕は! 妹を人質にとられて、偽りの証言を強要されましたっ。ロバンソン様が妹を守ってくださったので、いま、僕は僕の罪を認めます。申し訳ありません!!」

「人質に取ったのは誰だ?」

「アガット令嬢です……!」


 静かなロバンソンの問いかけにアントニンが消え入りそうな声で答える。

 注目を一気に浴びたアガットが苦々しい表情をしている。


「裏切るのぉ?! いまこそ人質盗られてるんじゃなーい?」


 悪足掻きをするアガットの言葉に、ロバンソンが悪い顔で笑う。


「お前が雇った無頼漢たちをここに連れてきて証言させてもいいが?」

「っ。……でもでもでもぉ! ミュリエル様がぁ、不貞を働いたのは事実でぇ」

「誰とだ?」

「いろーんな人とですぅ! 証拠ならたーくさん」


 ちら、と周囲に視線を走らせたアガットが並べる嘘八百を、ミュリエルが言葉でもって上から抑える。


「貴女が誰構わず寝ては、次に相手をしてほしかったら私が相手だったと喋るように約束をさせているからでは?」

「はぁ?!」

「証拠が必要ですか? とても公の場で流せない映像にはなりますが」

「!」


 右の瞳に指先をあてる。投影魔術で一度見た映像を映し出すことはできるが、口にした通り、とても公の場に出せるものではない。


 だが、あまりにも罪を認めないなら最終手段として辞さない。

 後から何を言われようが、売られた喧嘩を殴り返すほうが優先だ。


「なんの騒ぎだ!」


 騒ぎに気付いた王太子・カンタンがミュリエルとアガットの間に割って入る。

 ミュリエルたちより五歳は年上のカンタンは学園で一緒に過ごしたことはない。


 彼は険しい表情でロバンソンを見た。


「ロバンソン、どういうことだ。経緯を説明せよ」


 きつい口調で問いただすカンタンにロバンソンが肩をすくめた。

 気安い態度だが、ロバンソンの公爵令息という立場を考えれば、王太子であるカンタンと交友があっても不思議ではない。


「そこの男爵令嬢がミュリエル嬢にありもしない罪を着せたんだ。その汚名を返上していた」

「なるほど。ミュリエル嬢、お気持ちは察する。だが、ここで公の場に出せないものを出すのはご遠慮いただこう」

「はい。申し訳ありません」


 ドレスの裾をつまんで優雅に頭を下げる。

 酷い顔でミュリエルを睨んでいるアガットに、カンタンがため息を吐く。


「アガット令嬢、貴女に関する噂は常々耳に入っている。後程事情を聞かせてもらおう」

「は、はぁ?!」

「アガット!」


 王太子に対してあまりにもな言葉遣いをしたアガットをジョヴァンニが慌てて窘める。

 アガットは渋々といった様子で口を閉じた。


「ミュリエル嬢、証拠の提出を」

「はい。目を見ていただいてもよろしいですか?」

「ああ」


 至近距離でじっと見つめあう。

 網膜に焼き付けている映像を譲渡すると、カンタンは頭を抱えてしまった。


「これは……あまりにも……」


 頭痛をこらえるように額を抑えるカンタンが、じろりとアガットを睨む。


「別室に来ていただこう。――私が宣言する。ミュリエル嬢に掛けられていた疑念は全て嘘偽りだったと!」


 風魔法で拡散された声は、会場の隅々まで届く。

 ジョヴァニが目を見開き、アガットが唇を噛みしめる。だが、王太子の手前なにも言い返せない。


 ロバンソンが心底面白そうに笑みを深めていたのが、ミュリエルには印象的だった。






 ざわめく夜会の会場を抜けて、庭園に出る。

 綺麗に剪定された庭園を夜空の星の明かりと、魔道器の明かりを頼りに歩く。


 ミュリエルの隣をロバンソンが歩いていた。彼は小さく笑みを浮かべて彼女に問いかける。


「気は晴れたか?」

「……正直に言うと、少し不完全燃焼です」

「そうか」


 楽しげに笑うロバンソンの隣で浅く息を吐く。


「泣きわめくまで追い詰めたかったですね」

「ハハ、お前のような気が強い女性は好きだ」


 肩を揺らして笑うロバンソンに、ミュリエルは夜空の月を見上げながら、そっと呼吸を繰り返す。

 なんだかんだ、少し緊張していた。


「面白い余興だった」

「見世物になっていたなら嬉しいです」


 淡く笑ったミュリエルにロバンソンも微笑み返す。

 一緒に夜空を見上げると、風が吹く。

 ドレスの裾を悪戯に揺らす風は火照った体を冷やしてくれる。


「ずいぶん派手に立ち回ったが、今後はどうするんだ?」

「どうしましょうね」


 これだけの大騒ぎを起こしたのだ。

 冤罪をかけられたのだと証明できても、嫁に来てほしいという家はそうそうない。


 今後のことを全て投げ捨てて、断罪に舵を切ったことを後悔はしていないけれど。


「なあ、俺と婚約しないか」


 隣から聞こえた予想外の言葉に、驚いてロバンソンを見上げる。彼は不敵に笑っている。


「度胸のある伴侶を探していたんだ。俺は軍部派だからな」


 ロバンソンの正家フジュロル公爵家は、確かに貴族の中でも強い軍部派だ。

 今の公爵の奥方も気が強いことで有名なご婦人である。


「敵国にとらわれても、弱音を吐かず睨み返せる度胸がある女性が妻に欲しい」

「お眼鏡に叶ったということですか?」

「どんなに蔑まれてもめげずに前を向いた。素晴らしいことだ」


 改めて向き直る。

 まっすぐに見上げると夜空のきらめきを瞳に映して、ロバンソンが甘やかに笑う。初めて見る表情だ。


「お前に決めた。嫁にこい」


 どくん、と心臓が跳ねる。どきどきと鼓動がうるさい。


 いままでジョヴァニにどれだけ甘い言葉を囁かれても、いまいち心が動かなかったのに、ロバンソンの言葉は心臓を殴るような力強さがあった。


「……はい。喜んで」


 やっと心からの笑みを浮かべられる。笑み崩れたミュリエルの頭上に影がかかった。




 夜庭園で星明りの下、二つの影が一つになった。





読んでいただき、ありがとうございます!


『理不尽に婚約破棄をされたので、断罪してから幸せになってみせます』のほうは楽しんでいただけたでしょうか?


面白い! 続きが読みたい!! と思っていただけた方は、ぜひとも


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― 新着の感想 ―
ドレスの「裾」をつまんだ優雅なお辞儀 と 網膜に焼き付いた景色の譲渡 が すごいと思いました
主人公のことを尻軽女呼ばわりしたこの男がいずれ訪れるであろう未来で生まれた子に対して言う一言目が何となく思い浮かびます こいつは本当に俺の子か?まず間違いなくこれでしょう
噂を信じていたかどうかはともかく一言目で尻軽女呼ばわりする男によく「よろこんで」できるな
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