第八話:王太子の誤解と、独占欲の覚醒
王太子エドガー・アルカディアは、書斎の窓から王都を見下ろしながら、苛立ちと強い混乱に駆られていた。
彼の前には、護衛騎士ライナスが提出した『侯爵令嬢ロゼリア・ヴァリエールに関する極秘報告書』と、王室監査局から上がってきた『ヴァリエール侯爵家の財政に関する噂の概要』の二つの文書が置かれていた。
「金銭的な負債? そして、裏社会の情報屋との接触、だと?」
報告書の内容は、婚約者ロゼリアの『婚約者失格』を証明する、決定的な材料であるはずだった。
しかし、エドガーの感情は、安堵でも、怒りでもなかった。それは、「ありえない」という強い違和感だった。
『ロゼリアが、このような稚拙な手段で自らを貶めるはずがない』
ロゼリアの魔力出力は常に完璧な七割。公務の処理能力は王室秘書官を凌駕し、社交の場では一糸乱れぬ鉄壁の令嬢を演じる。その完璧すぎる知性を持つ彼女が、なぜ自ら醜聞を流し、地位を危うくするのか。
エドガーは、ライナスの報告書に目を通した。そこには、ユリウス・クリスがロゼリアの周りを不自然に嗅ぎ回っていること、そしてノアという使用人が侯爵家で異常なほどロゼリアの私的な動向に気を配っていることが記されていた。さらに、シリル・ジェットブラックという裏の情報屋が、ロゼリアの秘密を追っているという不穏な情報もある。
王太子の頭の中で、点と点が結びつき、恐るべき一つの結論が導き出された。
『ロゼリアは、この国の「何か」を守るため、あるいは、「より大きな力」を手に入れるため、自らを「醜聞にまみれた、無価値な存在」に見せかけようとしている』
彼女の「平穏」への努力は、エドガーには「王室から切り離され、秘密裏に行動するための緻密な戦略」だと誤解されたのだ。
「あの冷たい女は、私と婚約しているという立場を、王室への『防御壁』として利用し、裏で何かを企んでいる。そして、あの五人の男たちは、彼女の秘密に気づき、今まさに彼女の『独占権』を巡って水面下で争っているのではないか」
エドガーの瞳に、強い危機感と怒りが湧き上がった。ロゼリアの賢さと、彼女を巡る男たちの動きが、彼の独占欲を刺激した。
『この世界で、ロゼリアの全てを理解し、支配し、彼女の唯一の居場所を提供できるのは、王族である私だけだ』
ロゼリアの冷徹な態度は、エドガーにとって「攻略しがいのある、強大な存在」として映っていた。そして、彼女が自ら地位を捨てようとしている今、彼は彼女の運命を永遠に確定させる必要に迫られた。
エドガーは立ち上がり、ライナスに命じた。
「護衛騎士ライナス。直ちに、ヴァリエール侯爵家への私的な訪問の手配を。そして、ユリウス、シリル、あの使用人ノア、全員の動向を徹底的に監視せよ」
そして彼は、誰にも聞こえない声で、静かに呟いた。
「ロゼリア。貴女の平穏は、私の傍にしか存在しない。貴女の賢さも、秘密も、その冷たい瞳も、全て私一人のものだ。二度と、私から離れようなどと考えるな」
王太子エドガーの心の中で、ロゼリアへの尊厳と正義感からくる愛は潰え、強い独占欲とヤンデレ的な執着が明確に覚醒した。彼はロゼリアの意図を完全に読み違え、彼女を永遠に手放さないという、最も恐ろしい結論に至ったのだった。
ここまでお付き合い頂きありがとうございます。
ここからヤンデレが連鎖する展開になっていきます。
あまりにニッチな展開で不安しかないのですが、応援いただけましたら、幸いです!!