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第十七話:独占者の激突と、避暑地の血戦

 避暑地の別荘を取り囲む森の静寂は、蹄の音と、鎧の金属音によって打ち破られた。ライナスの警告通り、王太子エドガーの率いる大規模な捜索隊が別荘を完全に包囲したのだ。


 ロゼリアが、窓から見えた無数の兵士の姿に息をのんだ瞬間、エドガーが別荘の扉を蹴破って現れた。ロイヤルブルーの乗馬服には森の泥がついていたが、その顔は支配欲と怒りで、かつてないほど冷徹だった。


「ロゼリア。そして裏切り者の共犯者たちよ。私の独占物を盗み出し、王権に抗った罪は重い。直ちにロゼリアを私に引き渡せ。さもなくば、この別荘を国家反逆者の隠れ家として殲滅する」


 エドガーの言葉は、支配者としての公的な正義と、ヤンデレとしての私的な独占欲が完全に一体化したものだった。彼は、ロゼリアが自分から離れようとしたことが許せなかった。


 ノアは、ロゼリアを背後に庇い、王太子を睨みつけた。


「殿下。ロゼリア様は、既に貴族社会から断絶されました。公的には病死として処理されています。もはや、殿下や侯爵家の道具ではありません。私は、ロゼリア様を世界から隠すと誓いました」


 ノアの純粋な暴走が、エドガーの支配に正面からぶつかった。


「黙れ、卑しい使用人め! 貴様の献身など、私の愛の前では無力だ!」


 エドガーが剣に手をかけたその時、別荘の周囲に強大な魔力の壁が出現した。



「ノア。貴様の献身は評価するが、ロゼリア嬢の才能は、貴様一人の力では守りきれない」


 離れのユリウスが、別荘全体を覆う防御結界を完成させていた。彼の目的は、ロゼリアをエドガーに渡さず、魔力研究という名の独占を継続することだ。


「この結界は、王室の正規の魔術師団の攻撃を数時間は防げる。ノア、貴様はロゼリア嬢を連れて第二の逃走ルートへ! 私はここで時間を稼ぐ!」


 その言葉が終わる前に、外壁を破ってライナス・グレイが飛び込んできた。彼の剣は、既に数名の捜索隊の血で濡れていた。


「ロゼリア様。私は貴女の魂の叫びを、誰よりも深く理解した騎士です。貴女をユリウスの実験台にも、ノアの私的な籠にも入れさせない!」


 ライナスの血濡れた献身が、ノアとユリウスの前に立ちはだかった。


「ユリウス。貴様はロゼリア嬢を研究対象として利用しようとした。ノア。貴様はロゼリア嬢の人生を勝手に断ち切った。貴女の平穏を守れるのは、貴女の命の危機に立ち向かう、この私だけだ!」


 ライナスは剣をユリウスに向けた。ロゼリアの独占権を賭けた、三人の狂信的な男たちによる内部抗争が始まったのだ。



 ユリウスとライナスが激突し、ノアがロゼリアの手を引いて逃走ルートへ走る。ロゼリアの心は、恐怖と、微かな安堵、そして新たな絶望でぐちゃぐちゃになっていた。


(エドガーも、ライナスも、ユリウスも、ノアも……みんな、私の「平穏」という名のエゴを押し付けている! 結局、私は誰の独占物にもなりたくない!)


 ロゼリアは、逃走ルートの入り口で足を止めた。ユリウスとライナスの激しい魔力と剣術の衝突が、結界の中で轟いている。


「もう、嫌……誰も触らないで!」


 ロゼリアの「平穏を求める魂の叫び」は、再び彼女の制御不能な増幅魔力を暴走させた。


 ガチャン!


 ロゼリアの魔力が、結界を貫通し、別荘と森の空間そのものを歪ませた。その瞬間、別荘の中にいたエドガー、ノア、ユリウス、ライナスの四人、そして気を失ったロゼリアの体は、光の奔流に飲み込まれ、空間の裂け目へと吸い込まれていった。


 残されたのは、ユリウスの結界の残骸と、エドガーの捜索隊の混乱だけだった。



 このカオスを遠くから監視していたシリル・ジェットブラックは、別荘の爆発的な魔力の奔流と、四人の男とロゼリアの消失を確認した。


「ほう。ロゼリア嬢の魔力は、空間転移まで起こすとは。面白い。だが、これで全員がロゼリア嬢に囚われたことになる」


 シリルは静かに笑った。彼だけは、ロゼリアと男たちがどこへ転移したかの、かすかな情報を既に掴んでいた。


(さあ、ロゼリア嬢。貴女が情報という名の独占権を欲する時、必ず私の元へ来る。貴女が私に頼るその瞬間を、楽しみに待っているよ)


 シリルは、物理的な独占という泥沼に自ら足を踏み入れることなく、情報という最も強力な武器で、ロゼリアの最終的な選択を支配しようと、静かに微笑んだ。


 ロゼリアの狂気の逃避行は、四人の男たちを巻き込んだ、予測不能な集団空間転移という、最悪の形で継続することになったのだった。

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