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第十五話:避暑地への逃亡と、独占者の隠れ家

 王城の私室に閉じ込められたロゼリアは、エドガーの執拗な監視と歪んだ愛情により、日々心身が衰弱していった。彼の愛は、外部の光を一切遮断する、完璧な独占の檻だった。


 ロゼリアは、誰にも助けを求められない絶望の中で、ただ「平穏に死にたい」と願うばかりだった。



 ロゼリアが軟禁されて三日目の夜、作戦は実行された。


 魔法使いユリウスは、王城結界のわずかな魔力の揺らぎを突き、精密な計算と魔導具を用いて「結界の穴」を作り出した。


「たかが王族の結界など、私の知性と才能の前では無力だ」


 ユリウスの学術的な傲慢さは、彼に王城侵入という不敬な行為を躊躇させなかった。彼の目的は、ロゼリアという「生きる研究素材」をエドガーから奪い返すことのみだ。


 その穴を通り抜けたのは、侯爵家で内情を知り尽くした使用人、ノア・グリーフだった。


 ノアは、ロゼリアの私室に忍び込み、衰弱しきった主人を抱きかかえた。


「ロゼリア様。もう大丈夫です。私が、貴女を支配者たちからお守りします」


 ノアの瞳は、純粋な保護欲で熱く潤んでいた。彼の愛は、「誰にも傷つけさせない、私だけの聖域」をロゼリアに提供しようとする、過剰な献身だった。



 ロゼリアを抱きかかえたノアが、ユリウスの結界の穴へと向かう途中、闇の中から声がかかった。


「待て。ロゼリア様をどこへ連れていくつもりだ」


 声の主は、騎士ライナスだった。王城から離反した彼は、王太子に見つからぬよう王城近くに身を潜め、ロゼリアの軟禁状況を監視していたのだ。


 ライナスは剣を構えず、血の跡が残る服のまま、二人の前に立ちはだかった。


「お前たちがロゼリア様を奪い、己の独占欲を満たそうとしているのは明白だ。ユリウス、貴様の研究欲。ノア、貴様の私的な所有欲」


「ライナス、貴様こそ王太子の支配を逃れ、ロゼリア嬢を独占しようとしている。私たちの方が、彼女の才能と魂の自由を保障できる」


 ユリウスが反論する。


「お二人とも違います。ロゼリア様は、誰にも利用されず、誰にも支配されない、本当の平穏を求めている。それを実現できるのは、私だけです」


 ノアは、ロゼリアを強く抱きしめることで、所有権を主張した。


 三人の男たちの間で、ロゼリアの「独占権」を巡る緊張が走った。ロゼリアの平穏は、既に彼らのエゴのぶつかり合いの道具と化していた。


 しかし、ライナスは剣を鞘に戻した。


「王太子の支配下よりはマシだ。貴様たちに貸しを作ろう。ロゼリア様の行方は、私が監視する。もし、彼女に危害を加えるようなら、この剣で貴様らを王太子よりも早く排除する」


 ライナスは、ロゼリアの「真の平穏」を守るため、一時的な共闘を許した。彼はロゼリアの孤独を理解した唯一の騎士として、彼女の監視と献身を続けることを選んだのだ。



 ノアとユリウスは、ロゼリアを王都から遠く離れた山奥の避暑地の別荘へと連れ去った。この別荘は、ノアが侯爵家の私財を管理する過程で密かに用意していた、外界から完全に隔離された「隠れ家」だった。


 ロゼリアは、別荘の寝室で目を覚ました。鉄格子はない。窓の外には、静かな森の緑が広がっていた。


「ロゼリア様。お食事をお持ちしました」


 ノアは、完璧な使用人としてロゼリアに献身した。彼の淹れた温かいハーブティー、彼の用意した着替え、彼の整えた静かな環境。ライナスの血と恐怖、エドガーの冷たい支配に疲弊しきっていたロゼリアは、この「使用人の献身」に、微かな安堵を覚えた。


(ノアは、支配しようとはしない。ただ、私を労ろうとしている……)


 ユリウスは別棟にこもり、ロゼリアには「静養」と称して近づかなかった。彼は、ノアという完璧な監視役を得たことで、ロゼリアの魔力データを遠隔で記録するという、陰湿な研究に没頭していた。


 ロゼリアの心は、極限状態から解き放たれ、ノアの純粋な(そして異常な)保護欲という、新しい独占の中で休息し始めた。


 しかし、この別荘は、ロゼリアが「普通の平穏」を夢見た場所ではない。そこは、ユリウスの知的な監視と、ノアの献身的な独占という、二重の密室だった。


 そして、王都からは、ロゼリアの逃亡を知ったエドガーの激しい怒りが、静かに、しかし確実に迫りつつあった。

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