1.5 遊園地①
「おぁぁぁざぁぃます…田中玲馬たいおうでき」
「やったー!!ありがとう目白課長!」
『はいはい。楽しんできてね。』
偶然目にしたアイドルが気になって、動画とか見ていたら寝不足になった。
そんな中で出勤してみれば集夜のデカくて嬉しそうな声が部屋中に響いた。
ガチャンとドアの閉まる音が遅れて部屋に入った途端、集夜がこちらを向いた。
相変わらず綺麗なスーツで健康的な集夜は、先程声と同じように嬉しそうな顔でこちらに早足で歩いてくる。
隣に来た途端両肩を掴まれた。何だ。
「レイ!!明日俺等お休みもらった!」
「…はい?」
「遊園地に行こう!最近出来たやつ!父さんと母さんが行けなくなったからってチケットくれたんだよね~!」
「まって、俺出勤して二秒なんだよ…」
肩を捕まれ、揺らされながら突然休暇をもらったことを告げられた。
しかも俺と集夜の2人。
予定まで決められていて、遊園地に行くんだと集夜は言っている。
「最近出来た」って言ってたから、数週間前に電車5駅分ぐらいのとこにできた「バディセットパーク」とかいう「必ず2人組でないと入れない」がコンセプトの遊園地。
家族でも3人家族はお断り、4人家族だったらOKの特殊な遊園地で、建設当初から賛否両論だったような…オープンしてたんだな。
で?集夜の両親がそこに行く予定だったけど行けなくて?俺と集夜で休みを使って行く?
「もったいないし!父さんも母さんもレイと遊んできな~って言ってたし!」
「いや、俺の意思は?」
頭で集夜の言ったことを理解していたら、集夜は俺を掴むのをやめて、さらなる理由付けをしてきた。
いい笑顔かつ、両親にも指定されている人選で俺の意思が全く考慮されていない。
両親ごと信頼されていることは嬉しく思うが、勝手に休みを作られて予定まで決まっているのはどうか思う。
それを聞けば、集夜はキョトンとした顔をした。
「…どうせ暇でしょ?」
「ひー……まではあるけど。」
「じゃあ決定!」
集夜の回答に、俺は頭を巡らせた。
休みをもらったとて自分が何をするか。
生活必需品は足りてるし、どこかに行く予定もない。言われた通り暇である。
それを認めざるを得ない、と言えば、また笑顔で予定を決定された。
まぁ、前にも集夜の家族にハイキング連れて行かれて、映画の特別試写会にも連れて行かれたんだっけか。
思い返せば、全部勝手に決められて連れて行かれてるな。
『バディセットパークはコンセプトがコンセプトなんで回転率いいらしいよ。』
「そうなんすね!あそこ絶叫系とか評価高いみたいなんで超楽しみなんですよね~!」
『お化け屋敷はただ回るだけじゃなくて、ミッションがあるみたいですよ。』
「知ってます!アトラクション中に二人別行動するヤツですよね?アレもめっちゃ楽しみなんすよ~!」
決定するや、瑠璃矢さんや根子さんがその遊園地の情報を伝え、集夜は嬉しそうに2人と話をしている。
思い出せ…最近テレビで特集組まれたりバラエティの現場になったりしてただろ。
コンセプト上、2人組の作れない家族連れは入れないし、2人組という人数制限でトラブルが少ないからか回転率はたしかに良い。
だからとは言え、有名どころの遊園地に負けずアトラクション性は高そうで、タレントも叫び散らかしていたはずだ。
あぁ、あとお化け屋敷。儀式を成功させるだとかどうだかの設定で2手に分かれさせられるんだっけか。
あれ、確か片方のタレントが凄い叫んでて、もう片方をビビらせてた記憶があるけどそういうもんなのか…?
何であれ、これで絶叫系は回るしお化け屋敷も行くことは確定したな。
『はいみんな。休みになるのは集夜君と玲馬君だから。』
『はぁ~~い。』
『瑠璃矢君は呼ばれてるからね。』
『またですか?!あの課は自力で人探しも出来ねーのかよ!?』
『君の力を必要としてるんだから、助けてあげなさい?』
慎也さんがお喋りはここまで、というように話を遮って仕事をするよう促した。
瑠璃矢さんが気だるげに返答していたが、慎也さんが救援依頼を出されていることを告げた途端、声を上げて救援依頼をした課に文句を言った。
慎也さんが苦笑いをしているということは思うところがあるんだろう。
それでも救援依頼を出されて対応可能であるなら俺らはやらなくちゃいけない。
『集夜君と玲馬君はその前に、分析センターのお手伝いに行ってね。人手が足らないみたいだから。』
「はーい!」
「ぁぁい。」
慎也さんに俺等のしごとを言われ、集夜は元気よく、子どもみたいに返事をする。
寝不足なのにさらにそれを加速させるような仕事をさせられそうだと思いまともに返事は出来なかった。
そして翌日。休暇日、午前9時。
申請書の諸々は自分でやらないといけない関係上、集夜には自力で作ってもらって、慎也さんに提出・受理してもらった。
前に俺が集夜の休暇申請書を作ったら、慎也さんにはバレたんだよな。
パソコンで打って印刷して出してるかつ集夜が1度自力で作ったやつを真似たのになぁ。流石、警視監まで行った人だと思うけど。
そんなことを思い出しながら、私用の携帯でSNSを見て遊園地に向かう電車の駅前で集夜を待つ。
夏前で暑いし、そんな着飾る必要もないと赤下地に黒の流動体がデザインされた半袖シャツにカーキの膝までの半ズボン、あとスニーカー。
ショルダーバッグには警察用の携帯にプラス必需品を入れておいて、一応警察業務もできるようにはしているが、せっかくの休暇だ、無いようにしておきたい所ではある。
「レイ~お待たせ~。」
「ん~おはよ。」
集夜の声で名を呼ばれ、携帯から顔を上げる。
すれば、集夜が軽く手を振ってこちらに駆け足で来ていた。
集夜も警察業務をする気が全く無いのが見て取れる、白いパーカーシャツで、それとセットアップだろうGジャンにそれと合わせるようなジーパンを履いて、遊園地内を練り歩きやすいようにだろう、俺とは種類の違うスニーカーを履いている。
Gジャン暑くないのか、とは思ったがセットアップなら仕方ないだろうし、暑さの感じ方は人それぞれだ。
集夜がよければそれでいいだろう。
それに、荷物もリュックサック、と言っても比較的小さいデイパックぐらいの物を背負って、まるで遠足みたいだ。
「じゃあ行こう。」
「行こう!」
集夜が隣に来たので、改札を通り駅構内へ移動する。
観光客も上京者も通常移動の人も人でごった返す駅構内。
雑談をしようとしても人の声と構内アナウンスでかき消されるため、互いに無言で目的のホームまで速歩きをする。
人の波を避けて、目的のホームに続く階段を登って、やってくる電車を確認して、乗口前に並ぶ。
「…はぁ。人多すぎ。」
「この駅はな~この時間でも朝と変わんないよ。」
ホームについて歩みが止まってから、集夜は息と文句を吐いた。
駅によっては時間帯や日にちによって乗客数が変わるが、この駅はあまり変わらない。
遊園地に着く前から疲れているようにも見えるが、これでアトラクションを回れるのか?
そう思っていた時間は電車に乗っている間だけだった。
「っ、きたぁ~~!!!」
「意外とデカいな…」
電車に1時間ほど揺られて、数分歩いた、目的の遊園地の出入り口前。
ここも、それなりに人が溢れている。が、それ以上に園もデカい。
どんな形であれ家族連れOKにしていたら相当儲かっていただろうに。
集夜は電車に乗ってから着くまでの間、人混みに耐えるように目を閉じてつり革を掴んでいたのに、着くやいなや子どもみたいに目を輝かせている。
25歳とはいえ、こういうのは嬉しいんだろうか。
…3歳差で電車の混み具合と園の圧に圧倒されているのは年だからか…?
それを考えていれば、俺の少し前にいる集夜が振り返った。
「行こう!早く回ろう!!」
「はいはい。チケットは?」
「もちろん…持ってる!」
「じゃあそれ見せて入ろう。」
成人とは思えないはしゃぎようではあったが、それだけ楽しみしていたということだろう。
遊園地に入るために必要な物を聞けば、ズボンのポケットから携帯を出して、デジタルチケットを見せてきた。
何でもデジタル化してんだなぁ、とは思いつつ園内に入ることを促した。
集夜が先に駆けていくのに続いて、少し大股で合うように歩く。
メインゲートで集夜が携帯の画面をキャストに見せれば、俺等を確認したキャストが園内のパンフレットと腕に巻くバンドを2つ渡した。
何の変哲も無いバンドだが、説明を聞くに、埋め込んでるチップでアトラクションの入場だったり買い物の支払いとかをやってくれるんだそう。
「支払い…?」
「あ、父さん達のクレジットから引かれるんだって。自由にしな~って言ってた。」
「いやいや流石に」
「いいじゃん良いじゃん!こっちが良いって言ってるんだから気にしない!」
「えぇ…」
バンドを巻きながら、このバンドと支払い情報の紐づけなんてしてないぞ、と思って口に出せば、集夜がというか集夜の両親の計らいがエグすぎる。
それを遠慮しようものなら、メインゲートから園内に入るのと合わせて集夜が俺の背を押して遠慮させない言葉を言う。
この予定が決められた時の勢いで押されるし言われるしで遠慮することは難しそうと判断し、仕方無しにそのまま受け取ることに決めた。
集夜に背を押され、園内に入れば巨大な園内図が置かれていた。
園は円状に作られていて、円の外側にはアトラクション、内側にはレストランやお土産店といった形で建てられている。
今いるのは円の外側。だからアトラクションにすぐ行くこともできるし、一旦食事や土産を見に行くこともできる、が。
集夜の目線はすでにアトラクションにしか向いていない。
「…回るなら、水に濡れる系は後にしよう。びちゃびちゃのまま歩きたくないだろ?」
「あーそうだね。じゃあ…」
アトラクションを回る上での助言をすれば、行きたい所から行こうとしていた集夜やそれをやめてくれて、回る順番を考え始めた。
意外と冷静に考えてくれているようで、伝えてくれた順番は、絶叫系に乗った後は落ち着くアトラクションに行ってと緩急をつけている。
休憩のことは頭に入れてるのか知らないが、こちらから言い出せば取らせてくれるだろう。
「最初からジェットコースター…」
「ゆるいやつだし!いこいこ~」
最初に乗るのはジェットコースター。
絶叫系では無いのはパンフレットで印が付いていないことからわかってはいるが、朝から乗るのに最適ではない。
とはいえ、集夜がそうしたいと決めたし、俺も異論はないから言うだけ。
ウキウキな集夜に手首を捕まれ目的のジェットコースターに歩く。
園内図からそう遠くない「ミニマム!フライトコースター」は全長1350mの短いジェットコースターだ。
ジェットコースター初心者にはもってこい、といったもんだろう。
アトラクション内出入口にある機械にバンドを通して入場確認をされる。
そのまま、バンドで施錠確認ができるロッカーに手荷物を預ける。
少なからず順番待ちはしたものの、数分並んですぐに乗ることができた。
「ジェットコースターとか何年ぶりだ?」
「俺も修学旅行以来かも。」
他の客同様に席に座り説明されている通りに安全バーを降ろす。
乗るまではそうでもなかったか、乗り始めると気分が高揚して、さっきの集夜みたくはしゃいでいるのが自分でもわかる。
『それでは!!みなさま良いフライトをー!!』
キャストの掛け声で、機械音と振動が響き、コースターが動く。
その音に負けないほどに乗客の声が響いて、それすら気持ちを上げる要素の一つになる。
短い上昇を終え、ゆるりとコースターが下る。
「は?」
「お、ぁああああ!!」
この短さならそんなに勢いなんて無いだろう、と予想していたら下る瞬間に明らかシステムが働いて、下る勢いが増した。
予想していない勢いで開いた口と目を瞬時に閉じた。横の集夜も驚きの声とジェットコースターに乗ったら上がる特有の声を、他の客と同様に上げた。
そして、それもほぼ一瞬。急に勢いが治まったのを感じで目を開ければ、もう最初の発着地点に戻っていた。
「はや…」
「早かった~!」
同じ感想を言いなから、キャストの指示を待って安全バーを上げる。
若干放心状態のまま、案内表示に従って歩き、ロッカーに預けていた荷物を取ってアトラクション内から出る。
「…よし。次行こう。」
「乗り気になってきた?」
後から来る他の客の邪魔にならない所に寄って立ち止まり、同じ位置にきた集夜に次に行こうと促した。
それが集夜は意外だったのか、ニヤリとした顔で気分を尋ねてきた。
この高揚感のまま。次に行きたい。こんな気持ちいつぶりだろうか、
「まぁ、乗ったらもうねぇ。」
「よしよし!行こう次!」
それに素直に返せば、快活な笑顔を見せた集夜が背中を痛いくらいに叩いて自分が決めた順番で回り始めた。