大切な物
「やばいやばいやばいっ!!」
通勤通学ラッシュで人が壊れたマンホールみたいに溢れかえっている道。
俺が行く道も、後ろの道にも人ひとヒト。仕方ないし何度も通っているとはいえ、流石に慣れない。
最終的な山場である交差点を超えてクソデカビル、ではない。
警察庁の建物内に入る。
歩きながら、人ともみくちゃになったおかげでただでさえヨレているスーツを正し、緩んだネクタイもしっかり正す。
エレベーター前に着いて、エレベーターの上階に行くボタンを押せば丁度あったのか、すぐにドアが開いたのでさっさと入って目的階である15階を押し、閉まるボタンを押す。
「…って!!」
「おわぁ!あっぶない!」
「間に合ったーありがとーレイ」
「隼夜かよ!ビビった~」
多分あと15cmくらいで閉まるエレベーターのドアの隙間に、手と足が突然現れた。
その隙間から声は聞こえたが、まずそのギリギリで危険な行動に腹から声が出た。
ドアは、差し込まれた手足に反応してまた開いて、人が入れるくらいドアが開いてから、ドアを止めた相手がエレベーター内に入ってくる。
グレーで青みがかった、しっかり保管されたりしているんだろう綺麗なスーツ。黒いけど青カラーが反射して見える首周りまではあるけど緩めな短髪。
俺がこの「警察」いや「刑事」という仕事をする上で「バディ」を組んでいる男。鈴木隼夜。
こうやって、エレベーターに手足を挟まれるであろう危険性を全く顧みず、「やってやる!」を実行する男。
いい笑顔で感謝を伝えてくれるが、こちらとしては心臓が一瞬止まったように感じた。
隼夜と俺を乗せたエレベーターはようやくドアが閉まって同じ目的階へ移動する。
「昨日の事件どうにか解決してよかったね。」
「マジ良かった。でもお前突っ走りすぎなんだよ。」
「ん~でも他に考えつかなかったし…」
「いいけどさぁ。」
「報告書、お願いしても良い?」
「えぇ~!?」
「お願いー!」
「…はいはい良いですよ。」
エレベーター内で昨日解決した事件の話をする。
コンビニ内で犯人が立てこもって膠着状態の中、隼夜が犯人に特攻したことで解決した事件。
解決して良かった、のは良かったが人質に取られている人や隼夜自身が危険になる行為でヒヤッとした。
それを伝えたがいつも通りフワりと返答されて、こちらも追求する気が失せる。
そう返せば、昨日の報告書を作ってほしいとお願いされた。
コイツはいつもそうだ。事件を起こすなり解決するなりしては報告書を俺に流してくる。
実際、隼夜の書く報告書は中身がまるで無く、書き直しを食らうことしかない。
だから実質、バディである俺が描いたほうが非常に良い。俺なら隼夜よりはまともな報告書がかける。
だからとはいえ、それを素直に承諾するのも、と思いチョケを挟めば、両手を合わせて依頼をされたので、仕方ないというテイで承諾する。
それを答えたと同時にエレベーターが目的階に着いたことを告げる音を鳴らしてエレベータードアが開く。
人が通れるくらい開いてから、隼夜は先に出て、俺はあとに続く。
ここは警察署。だが、現代のオフィス環境にでもあてられたのか、特定階、特定の課がある階層は、シックかつまるでオフィスチックな作りになっている。
全体的に黒く、温かな光を放つ蛍光灯。ドアを開かない限り中をうかがい知ることの出来ない部屋。
そのドアですら、警察手帳に組み込まれたICチップ機械にを読み込ませないと開かない。
先を歩く隼夜は、スーツの内ポケットに閉まっていたんだろう警察手帳を出して、俺達の課があるドアの機械に置く。
高い音がして、ドアのカギの開く音が。
それを聞いた隼夜は、機械から警察手帳を取ってドアを開く。
俺も同じように機械に警察手帳を置く。同じ音が鳴るが、すでにドアは隼夜が開いている。
これも出勤動作、タイムカードと同じだ。
誰が、この部屋に入ったかを手っ取り早く知るための方法。
できれば、こんなことせず普通にドアを開けて入りたいものだが、偉い人がそうしたいとしていて、この課のある階層がこうなっている以上従うしかない。
「おはようございま~す。鈴木隼夜、対応可能で~す。」
「はぁざいまぁーす。田中玲馬、対応できまーす。」
『おはようさん。2人とも。』
『おはようございます。隼夜さん、玲馬さん。』
『おはよう。』
入ってすぐ、ドアが閉まる音を聞きながら、挨拶をする。
すれば、この課をまとめてくれる課長の目白慎也さん。事務仕事をまとめてやってくれる池島根子さん。サイバー面での知識をフル活用してくれる志吹瑠璃矢さんが挨拶を返してくれた。
俺等のいる課「特殊課 救援対応部」は、この署内におけるありとあらゆる課に「ヘルプ」や「お手伝い」として呼ばれる課だ。
わかりやいので言えば、瑠璃矢さん。
彼はサイバー系の知識が非常に高く、よくサイバー犯罪対策課のミーティングやそういった事件の際に頻繁に呼ばれる。
なら、その課に居たほうが良いはずだが、瑠璃矢さんは「必要なときにしか頭を使いたくない」とそれを常に蹴って、この課にいる。
俺も隼夜も、元々「捜査第一課」という場所にいたが、あまりも多忙かつ担当する事件の上司によっては捜査が杜撰なことが多かった。
それに口をだしたところ、よく思わなかった相手に当たり、晴れてこの課行きになった。
おかげで、「捜査第一課」の仕事から「交通課」「広報課」の仕事まで何でもやらされる羽目になってはいるが、警察内の色んな業務を見て、体験できることは面白い。
隼夜も最初こそ「捜査第一課」に戻りたいとしていたが、いろんなことを経験する内に気持ちが変わったのか、今ではそんなこともいわなくなっていた。
返された挨拶を受けつつ、ドア近くの俺の席に荷物を置けば、根子さんが机の上に俺専用のコップに淹れてくれたコーヒーを置いてくれた。
それは隣の席の隼夜にも同様に。
「ありがとうございます。根子さん。」
「根子さんのつくるカフェオレ美味しいんだよね~」
『そんなことないですよ。でも、ありがとうございます。』
根子さんにお礼を良いながら、真っ黒なコーヒーに口をつける。
隼夜に至ってはブラックが飲めないだのミルクと砂糖を1個ずつ入れても苦いだのと文句を言うので、根子さんが気を利かせて「カフェオレ」として提供している。
根子さんは恥ずかしそうにしつつも、笑顔でお礼を受け取ってくれた。
根子さんも、元々は別の科、確か鑑識だったかな。そこにいて、分析結果をまとめる役割をしていたはずだ。
でも、仕事の忙しさで体調を崩し、続けられなくなったところを課長の慎也さんが拾い、この課で事務仕事をしてくれている。
たまに鑑識の手伝いや事務仕事が必要な課にも行っているみたいだが、基本的にはこの課で仕事をしている。
コーヒーを少し飲んで、荷物の中からノートパソコンを取り出して電源を入れる。
昨日の事件の報告書をさっさと作って、「捜査第一課」の人に渡しに行こう。
そう思って、文章作成ツールを開いたタイミングだった。
後ろから高い音、そしてドアの開く音がした。
『すみません…お手伝いお願いしたいんですが…』
振り向けば、綺麗な七三分けで申し訳無さそうな眼鏡の男性、確か、「捜査第三課」の町山巡さんだ。
手には、複数の紙を持っている。言葉でも言ってる通り、手伝いが必要なんだろう。
『構いませんよ。どうぞ、こちらに。』
課長の慎也さんが笑顔で応対し、ガラス戸で仕切られた会議室、ではなくパーティーションで仕切られた簡易な応接室へ彼を通す。
根子さんは彼のためにと飲み物を用意し始め、瑠璃矢さんはゲームで遊んでいる。
「特殊課 救援対応部」は服装、髪色等、業務に差し支えがなかったりTPOをわきまえている等であれば基本的に自由だ。
瑠璃矢さんも、今はゲームをしているが恐らくあと1時間もすればサイバー対応課から呼び出しをくらい、身動きが取れなくなるだろう。
そんなことを頭に浮かべつつ、ノートパソコンへと向き直ってキーボードを操作する。
「だれ?」
「三課の人。ひったくりとかそんなの。」
「へぇ~」
「ね、犯人の特徴とか様子とか教えてくんない?」
「わかった。犯人はねぇ…」
横から、隼夜が入ってきた相手が誰なのかを聞いたのでざっくり説明する。
あまり興味がなさそうな返事ではあったので、それよりと報告書に必要な内容を記すために、当事者である隼夜に話を聞いた。
それを聞き、適切な言葉にして、必要のないことは記さず、隼夜が覚えて無くて俺が覚えていることは記して。
それを繰り返していれば、30分程度で報告書は完成した。
昨日の今日で隼夜の記憶が割と持っていたのもあり、サクサクと作ることが出来た。
これを保存し、後はコピーして出すだけ、とコピー機へと送信した時。
『ありがとうございます!それでは、お願いします…!』
『はい。そちらもがんばってくださいね。』
話が終わったのか、巡さんが何度も頭を慎也さんに下げて、部屋を出て行った。
慎也さんもそれを見送って、巡さんが持ってきていた紙を改めて見ていた。
そして、見ながらこちらへ迷わず歩いてくる。
『二人とも。昨日の今日だが、救援をお願いできるかい?』
「いいですよ~」
「隼夜!…これから一課に報告書出しに行くんですけど。」
『僕の方でやっとくから。はい。頑張ってね。』
慎也さんが俺の真横で止まって、仕事を振る際の言葉を言ってきた。
隼夜は内容も確認せずにノータイムで承諾したが、こっちとしては良いも悪いも含めた顔見知りがいる「捜査第一課」に行かなければ行けないのだ。ストレスは若干でも受けておきたくない。
だが、逆に慎也さんが報告書を持っていくと申し出てくれ、持っていた紙を手渡された。
頭の中で「捜査第一課」に行くことと、この仕事を請け負うことの天秤が作られ、すぐに決定した。
もちろん、仕事を請け負う方へ。
コピー機から出た報告書を慎也さんに渡し、捜査第一課に行く慎也さんとサイバー対応課に引きずられる瑠璃矢さんを見送ってから、隼夜といっしょに手渡された紙、今回の事件の資料を確認する。
内容は、「盗まれた宝石付きのアクセサリー」の捜索。ひったくりだ。
何でも、子どもにプレゼントした宝石付きのヘアアクセサリーが通学途中に盗まれたらしい。
しかも、盗まれる前日に同じように宝石のついたアクセサリーを付けたお友達がいて、その友達に見せる用に持っていって、同じようにつけていた最中、その子のものだけをひったくった。
なんでも、写真を見る限りは高級店に売っているような宝石かつアクセサリーに見えるが、親がその子のために作った特別な物、オーダーメイド品らしく、盗まれて子どもが凄い泣きわめいたんだと。
それならつけてくるなよな、と思いつつ読み進めていく。
盗んだのは黒い服の人物。水色の靴紐をしている赤い靴を履いていたそうだ。
事件場所は、子どもの通う通学路。通っている学校は私立星羽学院。
確か、金持ちの親が子を通わせている学校だったはず。
被害申請者の名前を見れば「花咲真」と記載があり、すぐに思い浮かんだのは大企業の1つ、花咲グループの長男。
オーダーメイドの宝石を子どもにプレゼントするくらいだ。きっと彼だろうと頭の中で決定づける。
「…情報少なすぎじゃね?」
「子どもの証言だしな…詳しくも喋れないだろ。」
「でもなぁ…」
俺が見終えた資料を見た隼夜は、情報の少なさに声を漏らしていた。
被害にあったのが子どもで、うまく伝えることが出来ないのであればこの少なさは仕方がないとは言えるのでそう返せば、資料とにらめっこする隼夜が小さくうめいた。
俺自身も、もっとこう、体格はどうだったとか、男っぽかったか女っぽかったかとか聞けただろうとは思う。
だが、これで資料をまとめている以上、何も出来ない。
「とりあえず、周辺の監視カメラとか、あと質屋とか回って探そう。」
「はーい。俺質屋回る。」
「俺は学校近くの監視カメラ回ってる…」
『あの、これよかったら…』
「捜査第三課」に話を聞きに行っても無駄なので、実際に捜査しようとやることを言いながら立ち上がる。
隼夜も同じように立ち上がり、回る所教えてくれたので、俺はもう片方を回ろうと口にしたとき、横から根子さんがやってきて、数枚の紙を差し出してくれた。
それは、私立星羽学院近くで監視カメラがある店舗にマークがされた地図と、質屋にマークがされた地図の紙だった。
きっと、飲み物を持って行った際に資料をチラ見して、俺等が調べそうなことを予測して用意してくれたんだろう。
根子さんは本当にこういうところに気が回る。
だから、鑑識に居たときも気を使いすぎて体調を崩したんだろう。
とは言え、これをいらないと突っぱねるほどの人間ではない。
「根子さんありがとう!これで調査しやすくなります!」
「助かる~!根子さん天才!」
『お役に立てたのであれば嬉しいです…!頑張ってくださいね!』
素直に根子さんへ隼夜とともに感謝を伝える。
実際、自分で監視カメラがあるかどうかを探す手間が省かれているのだから嬉しいでしかない。
根子さんは嬉しそうにして、労いの言葉をかけてくれた。
これをもらったのであれば早速行かないと。
コップに残っていたコーヒーを一気に飲み干して、ノートパソコンや荷物はそのままに椅子を机の中へしまう。
「行ってきます!」
「いってきま~す!」
『はい。行ってらっしゃい。』
そう、根子さんに声をかけ、それぞれもらった地図のマークを元に、時にはマークには無かったが見かけて監視カメラのあった店舗に赴いたりして探すこと5時間。
俺と隼夜は、事件現場近くの駅にあるチェーン店の喫茶店に着ていた。
すでに飲み物を含む食事は注文済みで、俺の目の前にはアイスコーヒー、隼夜の前にはメロンソーダが置かれている。
「無い。」
「こっちも無かった。」
「靴めっちゃ見たんだけどなぁ~~~」
「物もまだ売ってないのかもね。もしかしたら範囲外で売ってる可能性もあるとは思うけど…」
互いの捜査結果は「無し」。何の情報も無かった。
ありとあらゆる監視カメラを確認したが、証言のあった服装、特にあの靴を履いた人間は誰一人として映らなかった。
客で隠れて見えない部分はあったにしろ、何度も見返して色味が該当しないとなると、犯人は監視カメラに映っていないと判断できる。
隼夜の方も、アクセサリーを売りに来た客は居ないという回答をもらったらしく、一緒に監視カメラも見たが犯人は映らなかったそうだ。
ここまで見つからないとなると、犯人は準備を徹底していて、衝動でひったくったわけではなさそうだ。
いや、手慣れているとも言えるのか…?
普通の通学路、通学路に至るまでの道には店舗がいくつも並んでいる。監視カメラなんて当たり前だ。
そこで該当する人物が見当たらない、なんておかしい。
そう言えば、たしか事件前日に被害者の友達が「同じような宝石をつけたアクセサリー」をつけてたんだよな。
そこから、ある考えを思いついた。
「…隼夜、お前三課の課長と仲良かったよな。」
「ん?うん。父さんが友達だからね。」
「最近、高級な物のひったくりとか、置き引きとかそういうの起きてないか聞いてくんない?」
「えぇー…わかった。」
その思いついたことをより詳しく、合っているか確認するべく、まずはコネのある隼夜にやってほしいことを伝える。
救援依頼をした「捜査第三課」の課長。彼に話を聞いてほしいと。
課長であればある程度の事件の話は耳に目に入れるだろうし、仲の良いかつ警察の偉い位置にいる親を持つ隼夜となれば、課は違うが下心から話してくれるだろう。
使えるものは使わないと。捜査は進まない。
隼夜は若干面倒くさそうにしつつも、事件解決のために必要なことと判断して電話をかけてくれた。
それと同時に、互いに頼んだナポリタンとオムライスがそれぞれ目の前に置かれる。
「あ、もしもし区並のおじちゃん?お久しぶり~!うん。俺は変わらずだよ。おじちゃんは?…よかった。おじちゃん前に膝壊したって言ったでしょ?気をつけてよ~!あ、で電話した理由何だけど…」
隼夜は「捜査第三課」の課長、区並伸恭さんへ世間話から話しかけ、流れで聞いてほしいことを、電話で話して相手に聞こえる分には問題の無い声量で聞いた。
隼夜が復唱する内容をまとめれば「高級かどうかは構わずひったくりや置き引きは最近多発している」「基本的にバッグとかよりアクセサリー系統が盗まれている傾向がある」「高級品に絞るとなると、それこそ富豪のいる区や私立の小中高学校で待ち伏せしたりしているのではないか」「高級品に絞った場合の証言が同じ人物像のため、同一犯の可能性がある」という内容だった。
電話で越しながらも相手と話している時のように笑顔で電話終えた隼夜は、携帯を机上に置いて、オムライスが来ると一緒に置かれたスプーンを持った。
「いただきます。」
「即かよ。」
「目の前にあるのに食べないの?」
「俺めっちゃ考えて」
「食べなきゃ頭回んないよ。早く食べな。」
スプーンを持ってすぐ、手を合わせて食事の挨拶をした隼夜に思わずツッコんでしまう。
すれば集夜はオムライスの端をすくおうとした手を止めて、逆に質問をこちらにしてきた。
それに少し反論しかけたが、俺が言い終わるよりも先に、昔の人が良く言いそうなことを言いだした。
そして、俺の返答を待たずにスプーンいっぱいにオムライスのかけらを乗せて口に運んだ。
それを見て、めちゃくちゃ回していた頭の回転が落ち着いていくような感じがした。
犯人がどういう思考でどういう物を盗みまくっているのか、それをどうしようとしているのかとか。
いろいろな検討事項が浮かんでいたが、目の前で子どもみたいにオムライスを食べている相手にどんどん薄れて行く。
まぁ、ことわざでも「腹が減っては戦はできぬ」とあるし。腹も空いている。
「…いただきます。」
「ねぇ、後でケーキも食べて良い?」
「俺が払うと思ってる?」
「じゃんけん。」
「ふざけんな。」
「ジョーダン冗談。」
危ない、3回連続で奢らされるところだった。
その危機を乗り越え、腹ごしらえをして追加のケーキを食べている隼夜に説明をする。
資料の内容と、電話の内容を聞いて考えた、あくまで俺が予想建てている、この事件の犯人像。
「計画犯ってこと?」
「そ。あらかじめ盗む物を見つけて調べてから盗むタイプ。しかも、盗む直前に身支度を整える。」
「じゃあ、今回ので言ったら、もうすでにあの子が良いもん持ってるってわかって、通学途中を狙ったってこと?」
「違う違う。被害者は偶然の産物。元は別、お友達の方を狙ってたんだよ。」
「ん?なんで?」
「資料に、『盗まれる前日に同じように宝石のついたアクセサリーを付けた友人がいて、その友人に見せるため、盗品を持って行き、身につけていた』って書いてたぞ。」
あくまで俺の予想だが、話を聞く限りこの犯人は事前に盗むものを狙っている。
狙って、「本当盗る」のタイミングで犯罪者の姿に着替えて実行する。
ちゃんと自分の姿を切り替えているタイプ。
だから、顔がわからなければ体格の情報も無い現状で見つけられないんだろう。
普段の姿と犯罪者の姿の2つがあるなら見つかるわけがない。
恐らく、電話で出ていた同一犯のくだりもコイツだろう。
それで、盗んだ物を売ってないとなると、ハムスターみたく溜め込んで一気に売却する気か、もしくは必要用途があって集めているのか。
盗むものを狙うだとか事前準備をしているのを考えると頭も良さそうだし、海外で売って足がわかんないようにしてるとか考えてたらダルいなぁ。
「あ~よく覚えてるねぇ。」
「まぁ…ぁ?」
資料の内容を復唱しただけで、褒められることでも無かったが、集夜の言葉に返す言葉を濁して説明を続けようとしたら、窓際に座っていた1人の男が動いた。
黒い荷物課入っているとわかるダッフルバッグを持った、どこにでもいるような男。大学生くらいだろうか。
口角の上がった口。黒髪、眼鏡。グレーパーカーにジーンズ。靴は黒いスニーカー。伝票を持ってレジに向かって、会計をキャッシュレスで済ませて店を出ていく。
単なる客。だが、何か引っかかった。
「…レイも気になった?」
「…あぁ。」
「嬉しそうな顔してたね。あの人。」
「そこ?」
それに、集夜も気づいたようで、分割したら2口で食べ終わるケーキを食べる手を止めて話しかけた。
それに相槌を返せば、見当違いと思える返答が返ってきてまたツッコんでしまう。
それに、集夜はケーキにフォークを刺しながら首を振った。
「そこだけど、単に表情が嬉しそう、じゃなくて。」
「…獲物を見つけた。」
「それ。」
集夜は、自分が言った言葉を肯定しつつも否定して、感じたことを伝えようとしていた。
報告書をちゃんと書けない集夜のことだから、と先程までの話しや彼独自の表現を思い出す。
さっきしてたのは事件の犯人の話。俺は、犯人は事前に盗むものを狙っている、と言った。
「嬉しそうな顔」がその「盗むものが見つかった」ということか?
それを聞けば集夜は回答し、刺したフォークをそのままに、ケーキを分割せずに持ち上げ、1口で口に入れた。
そのまま、3分の1残っていたメロンソーダを一気に飲み干す。
その様子を見ていれば、俺の警察用の携帯が振動した。
2コールで相手を確認せずに取る。
「はい。玲馬です。」
『根子です。玲馬さんすみません。今通報があって、お二人のいる場所付近でひったくりが起きるから警察に来てほしいという…』
「はい?」
相手は根子さんだったみたいで、名乗った後続けざまに謝罪をされ、通報があったということを告げられる。
しかも俺等がいる場所付近でひったくりが起きると。
「ひったくりが起きる通報」ってなんだ?思わず裏返った声で聞き返してしまう。
「その、情報は?」
『それが事件が起きるから来て欲しいのみで…ただ、場所はお二人のいる場所付近だそうなので、申し訳ないんですがパトロールしてもらえませんか?』
「レイ。俺あの人追ってくるから会計お願い。後で返すから。」
他に情報は無いのかを聞き返したが無いらしく、申し訳無さそうに根子さんは俺等にしてほしいことを告げる。
そんな電話の中、食べきった飲みきった集夜は、立ち上がって店から出て行った男を追うと言い、俺に文句を言わせる隙も与えず、会計を俺に押しつけて店を出て行った。
俺も同じように立ち上がり、伝票を持ってレジへ向かう。
「一応、わかりました。ありがとうございます。」
『すみません。お願いしますね。』
「…すみません、支払いは…」
レジの机に伝票を起きながら、根子さんとの電話に承諾の旨を伝えて切り上げる。
店員さんがレジの操作をしているところで会計方法を伝えて会計をする。アイツ絶対に金取るからな。
レシートを受け取って胸ポケットにしまい、急いで店を出る。
店を出て、駅の広場に行けば、集夜は腰くらいの高さのある花壇に隠れるようにして、道路側を見ていた。
その側に同じようにして隠れる。
「お前後で絶対金払えよ。」
「うるさい。ねぇ、あれ。あの人。」
「あ?…は?」
隠れてすぐ先ほどのことを伝えれば、暴言で一蹴されて集夜自身の目線の先を指さされる。
すれば、そこにはキッチンカーが並んでいて、そこの1台に1人の男が並んでいた。
白髪で、真っ黒い格好の男。
その後ろにはグレーパーカーにジーンズ、赤い靴に水色の靴紐の男が並んでいる。
特徴的な靴以外、パーカーの素材やジーンズはさっき見たのと変わらない。
わざわざ履き替えたんだろう。もうこれで「これから犯罪しますよ」と言ってるようなものじゃないか。
白髪の男は、飲み物を購入して両手でそれぞれ持ち、迷うこと無く駅の方へ歩いていく。
歩く先を事前に見れば、グレーの長袖シャツを七分袖ほどまでにまくって、黒のスラックスに革靴の、首周りぐらいまでは長さのある黒髪のおっさんが居た。
おっさんは、こちら側に見える腕、右手首にギラギラとこれみよがしに輝く宝石が使われたバングルをつけていた。
別の手で携帯を操作して、時折目線を白髪の男の方へ向けていた。
おっさんの前に白髪の男が目の前に止まった所で、おっさんは携帯を太ももの上に置いて、白髪の男が差し出した飲み物を受け取ろうと、バングルのある方の手を動かした。
その瞬間、白髪の男が突然、おっさんの方へ倒れた。差し出していた飲み物は傾いて、全ておっさんの服にかかった。
おっさんの右手首からはバングルが無くなっていた。
「あいつ…待てや!おい!」
「ぁ、おい!」
そこまで見て、隣りにいた集夜が大声を上げて隠れていた場所から飛び出した。
飛び出したことで、いつの間にかおっさんと白髪の男だけに向けていた視線を全体に戻せば、グレーパーカーの男がおっさんのつけていたバングルを手に逃げ出そうとしていた。
飛び出した集夜を追えば、すでにグレーパーカーの男を取り押さえていた。
男は手にバングルを持っていたので、それを奪い取って汚れが無いか少し確認しながらおっさん達の方へ行く。
目の前に行けば、よごれた服のおっさんと白髪の男が居た。
短く息を吸った。
「これ、あなたのですよね?」
『あー…はい。ありがとうございます。』
笑顔を作って、おっさんへバングルを手渡す。
おっさんは、適当に事務的に感謝を伝えて、変な顔をしながら元の位置にバングルを戻した。
白髪の男は、俺を見ているのかその後ろを見ているのか、ギリ視線がわからない。
ともかく、相手は被害者だ。
「大丈夫ですか、その…服とか、それ自体もなんですけど。」
『あー大丈夫です。お気になさらず。』
「でも」
『大丈夫。キミも早くそっち行ったら?』
努めて心配する声と表情で相手の状況を伺えば、これも事務的に答えられる。
それがわかっているので、警察として何かできるかを口走ろうとして、おっさんは俺の後ろ指さした。
半身で振り向けば、集夜が男に手錠をかけて、車が通せる場所まで連行しようとしていた。
アイツどうやって連れて行く気だよ。電話をしろ電話を。
でも「捕まえること」が先頭に来ている今の集夜にそこまでは出来ないはずだ。
「すみませんっ、じゃあ俺、戻ります!」
『はい~お仕事頑張ってね~。』
おっさんの方へ向き直って、謝罪の言葉を入れて集夜の方へ走る。
後ろからおっさんの声が聞こえるが、アレも事務的な、雑なものだろう。
「おい!集夜!待って!」
「何?!」
「電話する。車持ってこさせるから!…もしもし、すみませんあーっと…」
どんどん駅側ではなく道路のほうへ歩く集夜を止めれば、半ギレの集夜が返事を返してくれる。
いつものことなので気にせずにやることを伝え、警察用の電話で連絡をした。
数分後、サイレンを鳴らした私用車風のパトカーが来たのでそこに詰め込んで一旦署に送っておく。
「はぁ…お疲れ。」
「捕まって良かった~」
「お前捕まえる時人変わりすぎ。」
「ダメ~?」
「いや、良いけど。」
パトカーを見送って隣にいる集夜の肩を叩く。
すれば、集夜は捕まえたときとはうって変わってふわりとした雰囲気に戻った。
変わりようにツッコめば、問題があるかどうかの質問をしてきた。
こっちはその変わり様に何度も付き合っているのであまり気にならない。いつもこうだし。
だから即、問題ないことを伝えた。
「この後どうなんの?」
「三課に連絡して事情聴取してもらって色々してもらう。」
「俺等は?」
「もしアイツが三課の依頼した犯人なら、捕まえたときの報告書書いて出して終わり。」
「ふ~ん。終わりかぁ。」
「まだだからね?」
集夜がこの後のことを聞いてきたので、自分の頭を整理するためにも説明する。
色々には本当にいろいろが含まれている。
ワンチャン、家宅捜索とかされねぇかな。それで犯人だったら俺等の依頼終わりなんだけど。
集夜は「終わり」という単語だけで仕事が終わったと勘違いをしていそうな返事をしたので、まだであることを伝えておく。
笑っているので、勘違いはしておらず、ちゃんと理解はしているんだろう。
「はいはい。じゃあ一旦帰ろ?」
「…おう。帰ろう。」
集夜が帰ろうと言ったので、後ろを向く。
先ほど、おっさんと白髪の男が居た方を向く。そこにおっさんはもう居なかった。
後日、捕まえた犯人の事情聴取から自宅に高級品を隠し持っている可能性が出て、犯人宅の家宅捜索が行われたらしい。
そこで、依頼されたアクセサリーを含む、これまで「捜査第三課」の元に来ていた「盗まれた高級品」が根こそぎ見つかった。
加えて、犯人は日本ではなく海外でこれらを売却しようと考えていたらしく、捕まえた翌日に飛ぶ予定だったらしい。
その前に捕まえられたのは良かったことだろう、と報告書を書きながら思う。
「あの時捕まえた奴でよかったね。」
「ね…はいっ、報告書書き終わり!」
「お疲れ~」
隣りにいる集夜は、相変わらず根子さんの作ったカフェオレをゆるく飲みながら、犯人を捕まえれたことに安堵していた。
捕まえた当人であるお前が書いてくれればな~と頭の隅で抱きつつ、報告書を書き終えて速攻で印刷する。
集夜は労いの言葉をかけてから立ち上がり、印刷機へ向かった。
俺も、根子さんの淹れてくれたコーヒーを飲んで落ち着く。
あの時出会ったおっさんと白髪の男。特におっさん。記憶が間違ってなければ。薄れていなければ。
アイツは多分きっと。
「レイー区並のおじちゃんに持っていこー?」
「あぁ、うん。行くか。」
記憶が戻りかけたところで集夜の大声で現実に引き戻される。
区並のおじちゃん、「捜査第三課」の課長に報告書を持って行こうということだ。
集夜の声に反応を返し、コーヒーを机に置いて、ドア前にいる集夜の所へ行く。
他人の空似だって可能性もある。それに、だからと言ってなんだ。
俺には、この仕事には何ら関係ない。支障はない。はずだ。
『行ってらっしゃい。』
「いってきまーす。」
「行ってきます。」
部屋を出る俺等に根子さんが気づいて声をかけてくれた。
それに、いつもどおり反応して集夜が開けたドアから部屋を出た。