第7話「不味いシチューとガラス玉の瞳」
「よし、今夜はここをキャンプ地にする」
グレイが足を止めたのは、少し開けた小部屋だった。幸い、モンスターの気配はない。
「はぁ……疲れた……」
俺は、その場にへたり込んだ。グレイによるスパルタ式の戦闘訓練を繰り返したせいで、全身が鉛のように重い。
「ミナトさん、お疲れ様。はい、お水」
リリアが水袋を差し出してくれた。その優しさが、疲れた身体に染み渡る。
「ああ、ありがとう……生き返る……」
グレイは手際よく焚き火の準備を始め、火を起こすと、鍋を取り出して何かを煮込み始めた。ぐつぐつという音と共に、なんとも言えない匂いが漂ってくる。
「グレイさん、それ、なあに?」
リリアが興味深そうに鍋を覗き込む。
「シチューだ。干し肉と、そこらで採ったキノコのな」
「へえ、グレイって料理もできるんだな」
俺が少しからかうように言うと、グレイは忌々しげにこちらを睨んだ。
「お前と違って、一人で生き抜く術を身につけてるんでな。文句があるなら食うな」
「べ、別に文句なんて言ってないだろ!」
やがて出来上がったシチューが、木製の器にそれぞれ分けられた。
見た目は、正直言ってひどい。茶色く濁った汁に、正体不明の具が浮いている。
「……いただきます」
リリアは、それでもにこやかにスプーンを口に運んだ。そして、一瞬だけ動きを止め、すぐに笑顔で言った。
「おいしいよ」
俺も恐る恐る口にしてみる。
「……しょっぱ!」
思わず声が出た。塩辛い上に、妙な土臭さがある。
「うるせえな。贅沢言うな」
「いや、でもこれは……!」
「ミナトさん、そんなことないよ。温かくて、おいしいよ」
リリアが俺をなだめるように言う。見ると、グレイは顔色一つ変えず、黙々と自分の分を平らげていた。
「なあ、グレイ」
食事を終え、焚き火を囲みながら、俺は話しかけた。
「あんたは、なんでそんなに強いんだ?」
「……強くなりてえ理由があった。それだけだ」
グレイは、炎を見つめながら短く答えた。
「理由……」
「お前みてえに、ただ『出会いが欲しい』だの『ヒーローになりたい』だの、そんな甘っちょろい感傷で強くなれると思うなよ」
「……っ」
また、心の痛いところを突かれた。
「グレイさん、そんな言い方……」
リリアが庇うように言うが、グレイはそれを遮るように、鋭い視線を彼女に向けた。
「リリア、お前もだ。お前はそうやって、また同じことを繰り返すつもりか。優しくしてやることが、本当にそいつのためになると思ってんのか」
「……っ!」
リリアは唇をきつく結び、血の気が引いたように青ざめて、俯いてしまった。
グレイの言葉は、単なる叱責ではなかった。もっと重い、過去の何かを断罪するような響きがあった。
気まずい沈黙が流れる。パチ、と薪がはぜる音だけが、やけに大きく聞こえた。
「……なあ、リリア」
俺は、空気を変えようと、努めて明るい声を出した。
「リリアの故郷って、どんなところなんだ?」
「え? 私の……?」
「ああ。こんなとこじゃなくて、もっと綺麗な場所なんだろ?」
すると、リリアは少し寂しそうに微笑んだ。
「うん……。小さな村だったけど、お花がたくさん咲いてて、とても綺麗なところだったよ。今はもう、ないけど……」
「え……」
「……ごめんね、変な話しちゃった。もう寝ようか。明日も早いし」
リリアはそう言って、無理に笑顔を作ると、壁際に丸くなって横になってしまった。
俺は、かける言葉が見つからなかった。 ふと、リリアに視線を移すと、彼女は眠っているようだったが、その閉じた瞼が微かに震えていた。
そして、その時。 ランプの光に照らされた彼女の頬を、一筋の光るものが伝っていくのが見えた。
俺は、気づかないふりをした。ただ、目の前の炎が、やけに滲んで見える気がした。
彼女が魔法を使う時だけじゃない。悲しい記憶に触れた時も、彼女の瞳は、まるで感情の置き場所を失ったガラス玉のように、ただ静かに濡れるだけなのだ。




