第75話「招かれた村と少女の家」
「……あなた、すごく、興味深いわ」
目の前の少女の探るような、純粋な好奇心に満ちた視線に、俺は完全に言葉を失っていた。
この世界の人間じゃない。それを、一目で見抜かれた。
どうする。どう、言い訳すればいい……。
「まあ、いいわ」
俺が答えに窮していると、少女は意外にもあっさりとそれ以上追求するのをやめた。
「立ち話も、なんでしょう。あなたたち、行く当てもないみたいだし。私の村へ来ない?」
「村へ……?」
「ええ。ここから、そう遠くないところよ。こんな夜中に、怪我人を野宿させるわけにもいかないでしょう?」
少女の提案は、あまりに自然で、親切なものだった。だが、俺たちは、彼女の顔が、あの冷酷な監視者と瓜二つであることを知っている。
「……何の、企みだ」
グレイが、低い声で警戒を露わにする。
「企み? 何のことかしら」
少女は、心底不思議そうに、きょとんと首を傾げた。その仕草は、どこからどう見ても、悪意のある人間のそれには見えなかった。
「ただ、困っている人を、放っておけないだけ。……それに、あなたたちのこと、もっと知りたいし」
彼女は、悪戯っぽく笑って、俺を見た。
断る理由は、なかった。いや、むしろ、俺たちの方こそ、彼女のことを知る絶好の機会だった。
「……わかった。世話になる」
グレイが、短い沈黙の後、そう答えた。
「決まりね! さあ、こっちよ」
少女は、嬉しそうに言うと、俺たちの先頭に立って、軽やかな足取りで丘を降り始めた。
彼女に案内されて歩くこと、およそ三十分。
森を抜けた先に、いくつもの家々から温かい光が漏れる、小さな村が見えてきた。
「ここが、私の村。大したおもてなしはできないけど、ゆっくりしていって」
村は、静かで、平和な空気に満ちていた。道端には、見たこともない花が咲き乱れている。
俺たちが知る殺伐としたアークライトとは、まるで別世界だ。
「リリアの故郷も、こんな感じだったのかな……」
俺がぽつりと呟くと、隣を歩いていたリリアが、少しだけ寂しそうに、でも、嬉しそうに頷いた。
少女の家は、村の一番奥にあった。他の家より少しだけ大きく、そして、たくさんの本が積まれた研究室のような部屋が併設されている。
「すごい本の数だな……」
「私の、宝物なの」
少女は、誇らしそうに笑った。
「さてと、あなたたち、疲れているでしょう。部屋を三つ、用意したわ。お風呂も沸いてるから、自由に使って。食事は、その後にしましょう」
彼女は、当たり前のように、俺たち一人一人に、個室を用意してくれた。
その手際の良さと、細やかな気遣いに、俺たちはただ、戸惑うばかりだった。
「……なあ、グレイ。本当に、大丈夫なのか?」
部屋に案内された後、俺はグレイの部屋を訪ねて、小声で尋ねた。
「あの女、親切すぎる。何か、裏があるんじゃないのか……?」
「……わからん」
グレイは、ベッドに腰掛け、難しい顔で腕を組んでいた。
「だが、少なくとも、今のあいつからは、あの「監視者」の女と同じ、禍々しい気配は感じられん。むしろ……」
「むしろ?」
「……いや、なんでもない。とにかく、今夜は、下手に動くな。相手の出方を見る」
俺は、自分の部屋に戻り、ベッドに倒れ込んだ。
ふかふかの清潔なベッド。温かい食事。そして、俺たちの身を案じてくれる優しい少女。
あまりに、居心地が良すぎる。だからこそ、怖い。
監視者にそっくりな顔を持つ名前が聞こえない魔術師。彼女は、一体、何者なんだろうか。
俺は、この温かいベッドの中で、久しぶりに感じる安らぎと拭い去れない疑念の狭間で、ゆっくりと意識を手放していった。




