第74話「星空の下での邂逅と優しい魔術師」
「……いってて……。おい、二人とも、無事か?」
俺は、草の上に叩きつけられた衝撃で、思わず呻き声を上げた。身体を起こし、隣を見ると、リリアとグレイも、同じように地面に倒れていた。
「な、何が起こったの……?」
リリアが、呆然と呟く。
「わからん。だが、間違いねえ。ここは、さっきまで鏡に映っていた、あの場所だ」
グレイが、鋭い目で周囲を見渡す。
満天の星。ひんやりとした夜風。さっきまでいた、薄暗いダンジョンとは、何もかもが違っていた。
「おい、見ろ!」
グレイが指さす先。少し離れた丘の上で、あの黒髪の少女と仲間らしき青年が、まだ話を続けていた。
「……ははっ、お前の言うことは、いつも難しいな」
青年が、楽しそうに笑っている。
「そんなことないよ! これは、世界を変える大発見になるかもしれないんだから!」
少女は、楽しそうに、そして、少しだけむくれたように、そう言い返した。その表情は、どこからどう見ても、普通の、活発な女の子のものだった。
「……信じられない。本当に、あの玉座の女と、同じ顔なのか……?」
俺は、ゴクリと唾を飲んだ。
「でも、そっくりだよ……。双子、とか……?」
リリアが、信じられないというように呟く。
「だとしても、気味が悪いことに変わりはねえ。おい、どうする。下手に動いて、見つかるのはまずいぞ」
グレイが、声を潜めて言った。
俺たちが、どうするべきか決めかねていると、丘の上の二人の会話が終わったようだった。
「じゃあ、俺は先に村に戻ってる。お前も、あんまり夜更かしするなよ」
「うん、わかってる。もう少しだけ、星を見てから帰るから」
青年は、少女の頭をくしゃりと撫でると、俺たちとは反対の方向へと、丘を降りて行ってしまった。
丘の上に、少女が一人、残される。
俺たちが息を殺していると、不意に、少女がこちらを、まっすぐに見た。
「そこにいるのは、どなた?」
その声は、凛として、しかし、警戒の色を帯びていた。
「……っ!」
見つかった!
「チッ。行くぞ」
グレイが、覚悟を決めたように立ち上がった。隠れていても仕方がない。
俺とリリアも、慌ててその後に続いた。
俺たちが姿を現すと、少女は驚いたように目を見開いた。だが、その瞳には、恐怖よりも、強い好奇心と警戒心が浮かんでいた。
「あなたたち……冒険者の方? 見ない顔だけど、どこから来たの?」
「……俺たちは、旅の者だ。ダンジョンの途中で道に迷って、気づいたら、ここにいた」
俺は、咄嗟に、当たり障りのない嘘をついた。
「ダンジョン? この近くに、そんな場所はないはずだけど……。それに、ひどい怪我……」
少女の視線が、俺たちの傷だらけの服やグレイの腕に巻かれた血の滲んだ包帯に留まる。
「動かないで。手当をするわ」
彼女は、ためらうことなく俺たちに駆け寄ると、まず、一番傷の深いグレイの腕にそっと手をかざした。
「おい、触るな!」
グレイが反射的に彼女を突き放そうとするが、少女は怯まなかった。
「聖なる光よ、彼の者の傷を癒し給え」
少女がそう詠唱すると、彼女の手から、温かく、強力な癒しの光が溢れ出した。
リリアの詠唱とは言葉が違う。だが、その効果は絶大で、グレイの傷が目に見える速さで塞がっていく。
「お前、一体……」
グレイが、信じられないというように呟く。
「あなたたちも」
少女は、次に俺とリリアに向き直ると、同じように癒しの光で、俺たちの細かい切り傷を癒してくれた。
「助かった……。ありがとう。あんた、すごいヒーラーなんだな」
俺が礼を言うと、少女は少し照れたように笑った。
「ヒーラーじゃないわ。私は、魔術師。治癒魔法は、専門外なの」
「専門外で、これかよ……」
グレイが、呆れたように呟いた。
「改めて、聞かせてもらうけど、あなたたち、本当に何者なの? その剣……見たこともない意匠ね」
少女の視線が、俺の背負う『星詠み』に注がれる。
「俺はミナト。こっちはグレイとリリアだ。あんたの名前は?」
俺が尋ねると、少女はにこりと微笑んだ。
「私は、――よ」
まただ。彼女が名前を口にした瞬間、都合よく、強い夜風が吹き抜け、その肝心な部分だけが、俺の耳には届かなかった。
「……あなたのその格好、それに、その雰囲気。この世界の理と、ほんの少しだけ、ずれているのが、私には『視える』の」
少女の表情から、笑みが消えた。
「あなた、もしかして、この世界の人間じゃないでしょう?」
「なっ……!?」
俺は、心臓が凍りつくのを感じた。なぜ、わかるんだ。
「どうして、そんなことが……」
「私の専門だから」
少女は、悪戯っぽく、しかし、その瞳の奥に、底知れない探究心の光を宿して言った。
「世界の法則、理、因果。そういう、目に見えないものを解き明かすのが、私の研究テーマなの。……あなた、すごく、興味深いわ」
その問いかけは、純粋な好奇心から来るものだった。
だが、俺には、自分の全てを見透かされているようで、背筋に冷たい汗が流れた。嘘は、もう通じない。
俺は、目の前の、あの監視者にそっくりであるが、全く違う少女を前にして、どう答えるべきか、完全に言葉を失っていた。




