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ダンジョンで出会いを求めるのは間違っている  作者: 七星鈴花


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第72話「最後の別れと勝者のいない試練」

「ギ……ア……アア……」


 俺の放った『スターダスト・スラッシュ』によって、レオの身体は、もうその半分以上が、きらきらと輝く光の粒子となって、闘技場の空気の中に溶け始めていた。

 その空っぽだった瞳に、ほんの一瞬、正気の光が戻ったように見えた。


「……リ……ア……」


 か細く掠れた声。それは、確かに、リリアの名前を呼んでいた。


「レオ!」


 リリアが、彼の名前を叫ぶ。彼女の瞳からは、堪えていた涙が、再びとめどなく溢れ出していた。


 レオは、俺たちではなく、リリアだけを、その消えゆく瞳で、じっと見つめていた。

 そして、ほんの僅かに、その唇が、笑みの形に動いたように見えた。


『ごめん……な』


 その言葉は、声にはならなかった。だが、俺たちの心に、確かにそう響いた。

 次の瞬間、彼の身体は完全に光となり、静かに、そして、跡形もなく消え去った。


「ああ……ああ……!」


 リリアは、その場に崩れ落ち、嗚咽を漏らした。

 俺は、かける言葉が見つからなかった。

 俺たちは、勝った。試練を、乗り越えた。だが、この胸に広がるのは、勝利の喜びなどではなく、ただ、どうしようもなく重い喪失感だけだった。


「……さて」


 その静寂を破ったのは、玉座の少女の声だった。


「感傷に浸っている暇は、ないんじゃないかしら?」


 彼女の視線の先。そこでは、グレイが動きを封じていた名もなき青年が、再びその空っぽの目で、立ち上がろうとしていた。


「……ミナト」


 グレイが、低い声で俺を呼ぶ。


「ああ。わかってる。終わらせよう、この茶番を」


 俺とグレイは、青年を挟むようにして、ゆっくりと距離を詰める。

 青年は、何も言わない。ただ、その手にした錆びた剣を、無感情に構え直すだけだ。


「……なあ」


 グレイが、青年に向かって、静かに語りかけた。


「お前の名前、最後まで、聞けずじまいだったな。悪かった」


 その言葉は、懺悔のようにも、あるいは、今からこの手で友を討つ、自らへの戒めのようにも聞こえた。


「だが、もう、お前を苦しませはしない。俺が、この手で、終わらせてやる」


 グレイは、大剣を大きく振りかぶった。それは、いつものような、敵を粉砕するための、荒々しい一撃ではない。

 もっと、静かで、厳かで、そして、深い慈しみに満ちた、鎮魂の一振りだった。

 青年は、それを防ごうとも、避けようともしなかった。ただ、静かに、その一撃を、その身に受け入れた。グレイの大剣が、青年の胸を貫く。

 青年は、驚くほど穏やかな顔で、ゆっくりと、グレイの方へ倒れ込んだ。


「……ありが……とう……」


 最後に、そう聞こえた気がした。

 彼の身体もまた、レオと同じように、静かな光の粒子となって、闘技場の闇へと、溶けるように消えていった。


 闘技場に、完全な静寂が戻る。

 後に残されたのは、泣きじゃくるリリアと、大剣を杖代わりに、天を仰ぐグレイ、そして、何もできずに立ち尽くす俺だけだった。

 勝者など、どこにもいなかった。これは、ただ、あまりにも悲しい、別れの儀式だったのだ。


「……見事よ」


 玉座から、「監視者」の少女の声がした。

 その声には、いつものような、楽しげな響きはない。ただ、どこまでも平坦で、温度のない声だった。


「あなたたちは、与えられた試練を、見事に乗り越えたわ」


 彼女は、ゆっくりと立ち上がると、芝居がかった、丁寧な口調で言った。


「よって、これにて、四度目の試練は、あなたたちの合格とします。おめでとう」


 その言葉は、俺たちの心を、少しも慰めはしなかった。


「ふざけるな……!」


 俺は、怒りに任せて、玉座の少女を睨みつけた。


「これが、お前の言う『合格』かよ! 仲間を、この手で殺させて、何が『おめでとう』だ!」

「あら、勘違いしないで」


 少女は、静かに首を横に振った。


「彼らは、もう、とっくの昔に死んでいたのよ。あなたたちが、とどめを刺すずっと前からね。心を壊され、私の人形となった時点で、彼らの魂は、もうそこにはなかった」

「なんだと……?」

「あなたたちがやったことは、殺害じゃない。ただ、その魂の抜けた器を、壊してあげただけ。むしろ、感謝されるべきじゃないかしら? 永遠の苦しみから、解放してあげたのだから」


 その言葉は、正論のようで、そして、どこまでも歪んでいた。

 彼女の価値観は、俺たちのものとは、根本的に、そして絶望的に、異なっているのだ。


「……もう、いい」


 グレイが、静かに言った。


「お前の戯言に、付き合ってる暇はねえ。次の道を示せ。俺たちは、先へ進む」


 彼の声には、もう怒りはない。ただ、全てを飲み込んだ上で、それでも前に進もうとする、鋼のような意志だけがあった。


「ええ、ええ。そうこなくっちゃ」


 少女は、満足そうに頷いた。


「では、約束通り、次の舞台へと、ご案内しましょう」


 彼女が、再び指を鳴らす。

 すると、闘技場の中心の地面が、ゴゴゴ……という音を立てて、ゆっくりと割れ始めた。

 その下から現れたのは、さらに下層へと続く、新たな螺旋階段だった。

 その階段の先は、これまで以上に深く、冷たい闇に包まれていた。


「さあ、行きなさい、候補者。そして、その仲間たち」


 少女は、再び玉座に腰を下ろし、優雅に足を組んだ。


「あなたたちの物語の、最終幕は、もうすぐそこよ」


 その言葉を最後に、彼女の姿は、玉座ごと、闘技場の闇の中へと、蜃気楼のように、すうっと溶けて消えていった。

 2025/12/30から2026/1/2の間は、更新をお休みとさせていただきます。

 これからもよろしくお願いします。

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