第6話「二度目の戦闘と庇われる背中」
「おい、ガキ。ぼーっとするな。左右を警戒しろ」
グレイの低い声が、俺の意識を現実に引き戻した。
「わ、わかってるよ!」
俺は慌てて首を振り、錆びた剣を握り直す。
昨日よりも深い階層。通路の壁はより黒ずみ、空気はさらに重く、湿っている。
時折、遠くから獣の咆哮のような不気味な音が響き、そのたびに俺の心臓は小さく跳ねた。
先頭を歩くのはグレイ。彼の後ろに俺が続き、最後尾をリリアが固める。これが、グレイが決めた隊列だった。
「どうして俺が真ん中なんだよ」
「一番安全な場所だからだ。文句があるのか?」
「……別に」
本当は、一番後ろでリリアを守りたかった。だが、今の俺にそんなことを言う資格がないのは、自分が一番よくわかっていた。
「止まれ」
不意に、グレイが右手を上げて制止した。
「どうしたんだ?」
「……来るぞ。三体だ」
グレイはそう言うと、背中の大剣をゆっくりと引き抜いた。
俺もゴクリと唾を飲み、朝に教わったばかりの構えを取る。腰を落とし、剣を体の中心で構える。
「ミナトさん、無理しないでね」
背後から、リリアの心配そうな声が聞こえた。
「ああ。大丈夫だ」
震える声を、なんとか押し出す。
物陰から現れたのは、コボルトだった。犬のような頭部に、人間のような体。手には粗末な棍棒を握っている。ゴブリンよりも一回り大きく、動きも素早いとラノベには書いてあった。
「一体、お前にやる。殺してみろ」
グレイは、俺にそう言った。
「え……!?」
「俺とリリアは手を出さん。それができなきゃ、お前はここで終わりだ」
非情な宣告。だが、グレイの目は本気だった。
「……わかったよ。やればいいんだろ、やれば!」
俺は、腹を括った。
コボルトの一体が、奇声を上げてこちらに突進してくる。速い。ゴブリンとは比べ物にならない。
「くそっ!」
棍棒による一撃を、俺はかろうじて剣で受け流した。だが、衝撃で腕が痺れる。
「腕で受けるな! 体で捌け!」
後方からグレイの檄が飛ぶ。
わかってる! でも、できねえんだよ!
コボルトは、間髪入れずに次の攻撃を繰り出してくる。
俺はそれを避けるので精一杯で、反撃の隙が全く見つからない。
「ミナトさん!」
リリアの悲鳴が聞こえる。
まずい、このままじゃジリ貧だ。どこかで、一撃を……!
俺は、相手が棍棒を振りかぶった、その一瞬の隙を狙った。
「腰で、振る……!」
グレイに教わった通り、腰を捻る力を使って、剣を薙ぎ払う。
ガキン! という甲高い金属音。俺の剣は、コボルトの棍棒に弾かれた。
だが、昨日までとは違う。相手の体勢が、ほんの少しだけ崩れた。
「今だ!」
俺はその隙を見逃さず、がら空きになった胴体へ、全体重を乗せて剣を突き出した。
グシャリ、という鈍い感触。
コボルトは苦悶の声を上げ、前のめりに倒れ、動かなくなった。
「はぁ……っ、はぁ……っ! やった……!」
俺は、その場に膝をつきそうになる。だが、戦いはまだ終わっていなかった。
残りの二体が、仲間をやられた怒りで、同時に俺に襲いかかってきたのだ。
「しまっ……!」
一体を倒すので精一杯だった俺に、二体を同時に相手する力など残っていない。
死を覚悟した、その瞬間。
俺の目の前に、大きな背中が割り込んできた。グレイだった。
「……まあ、及第点だ」
グレイは、俺を背中に庇ったまま、そう呟いた。
そして、次の瞬間。彼が振るった大剣が、閃光のように煌めいた。
二体のコボルトは、何が起こったのかもわからないまま、一刀のもとに両断されていた。
「……」
俺は、ただ呆然と、その光景を見つめていた。圧倒的な、力の差。
「いつまで座ってやがる。行くぞ」
グレイは血振りもせず、大剣を肩に担ぎ直す。
「グレイ……」
「勘違いするな。お前が一体倒したから、残りを片付けてやっただけだ。貸し借りなしだ」
そう言って歩き出すグレイの背中を、俺はただ見つめることしかできなかった。
悔しい。だけど、それ以上に、その大きな背中が、今は少しだけ頼もしく見えた。




