第68話「動けない心と錆びついた剣」
「……嘘だ」
リリアの唇から、か細い吐息が漏れた。彼女の視線は、目の前に立つ青年――レオ――に、釘付けになっている。
「レオ……。本当に、レオなの……?」
彼女の呼びかけに、レオは答えない。ただ、空っぽの瞳で、手にした錆びた剣を、無感情にこちらへ向けているだけだ。
「……おい」
グレイの声は、押し殺したように、低く震えていた。彼が見つめているのは、もう一人の青年。かつて、自分が救えなかった、名もなき仲間。
「てめえ……。なんで、お前が、そんな姿で……!」
怒りと後悔とどうしようもない無力感が、彼の全身から滲み出ているようだった。大剣を握るその手に、ギリ、と力が込められる。
「ふふっ。いい顔をするじゃない、二人とも」
玉座から、監視者の少女の、楽しそうな声がした。
「愛しい人や、守れなかった仲間と、こんな形で再会できるなんて、感動的でしょう? 私からの、特別な計らいよ」
「ふざけるな!」
俺は、二人の前に一歩出て、叫んだ。
「こんなの、ただの悪趣味な嫌がらせだ! こいつらは、もう、あんたたちが知ってるレオでも、仲間でもない! あの女に操られてる、ただの人形だ!」
俺は、必死で二人に呼びかけた。だが、俺の言葉は、彼らの心には届かない。
「でも……! でも、レオは、生きてる……!」
リリアは、涙を流しながらも、レオから目を逸らさない。
「私が、助けなきゃ。今度こそ、私が……!」
彼女は、ふらつく足で、レオの方へと歩き出そうとする。
「やめろ、リリア!」
グレイが、彼女の腕を掴んで、強く引き留めた。
「そいつは、罠だ! 近づけば、殺されるぞ!」
「離して、グレイさん! 私は、行かなきゃ……!」
「目を覚ませ! そいつは、もう、お前の知ってるレオじゃねえんだ!」
二人の間で、激しい葛藤が火花を散らす。
俺は、どうすることもできずに、ただ立ち尽くしていた。
俺には、彼らが共有する過去がない。彼らが、目の前の「人形」に抱く、深い想いも、後悔も、本当の意味では理解できない。
俺にできることは、何だ? 『星詠み』を構え、あいつらを斬ることか? かつて、二人が大切に想っていた存在を、この手で?
俺の身体は、まるで鉛のように重く、動かなかった。
『あらあら。どうしたのかしら?』
「監視者」の少女の、心底不思議そうな声が、頭の中に響く。
『あなたたちの手で、かつての仲間を殺してごらんなさい、と言ったのよ。それが、今回の試練の合格条件。簡単なことでしょう?』
「黙れ……!」
『それとも、できないのかしら? あんな、ただの操り人形を相手に、剣を振るうことすら?』
少女の声のトーンが、ふっと素に戻る。
『ああ、そう。そうだったわね。あなたたち人間は、そういう「感傷」とかいう、どうでもいいものに、すぐ足を掬われるんだったわ。本当に、面倒で、脆くて……そして、だからこそ、面白い』
その言葉が、引き金だった。
レオと名もなき青年が、同時に動いた。その動きは、機械のように正確で、一切の迷いがない。
二人は、それぞれ、最も心を乱されている相手――レオはリリアに、名もなき青年はグレイに――その錆びついた剣の切っ先を向けて、突進してきた。




