第67話「闘技場の玉座と過去の亡霊」
「ようこそ、次の舞台へ」
玉座に座る「監視者」の少女が、足を組み、頬杖をつきながら、楽しそうに俺たちを見下ろしていた。
「ずいぶんと、時間がかかったじゃない。待ちくたびれちゃったわ」
その素の口調には、退屈を紛らわせてくれるおもちゃが、ようやく現れたことへの、純粋な喜びが滲んでいた。
「てめえ……! また、お前の仕業か!」
俺は、『星詠み』の切っ先を、玉座の彼女に向ける。
「ええ、そうよ」
彼女は、悪びれる様子もなく、あっさりと認めた。
「あなたたちを、ただ歩かせるだけじゃつまらないでしょう? だから、少しだけ、スパイスを加えてみたの。心の奥底にある、嫌な記憶を抉るような、ね」
彼女の言う「スパイス」が、あの澱んだ空気のことなのは明らかだった。
「お前の目的は、なんだ。俺たちを、どうしたい?」
グレイが、大剣を構えながら、低い声で問う。
「あら、まだそんなことを聞くの?」
彼女は、心底不思議そうに、小首を傾げた。
「だから、言ったじゃない。私は、ただ、見たいだけ。あなたたちが、これから起こる絶望に、どう立ち向かい、どう壊れていくのかを、ね」
その言葉は、あまりに純粋な好奇心と、悪意に満ちていた。
「さて、と。お喋りは、これくらいにしておきましょうか」
彼女は、すっと立ち上がると、芝居がかった丁寧な口調で言った。
「これより、四度目の試練を始めます。今回のテーマは、『後悔』。あなたたちが、その背に負い続けている、過去の亡霊との対峙です」
「過去の、亡霊……?」
俺が聞き返すと、彼女は、にこりと微笑んだ。その笑みは、天使のように可憐で、そして、悪魔のように残酷だった。
彼女が、ぱちん、と指を鳴らす。
すると、闘技場の中心で燃え盛っていた鬼火が、二つに分かれ、それぞれが人の形を象り始めた。
炎は、やがて肉となり、骨となり、そして、見覚えのある姿へと変わっていく。
一つは、リリアがリストで見つけた青年、レオ。
そして、もう一つは、それよりも少し幼い、レオによく似た面影を持つ、見習いのような装備の青年。
その二人の姿を見て、グレイとリリアが、同時に息を呑んだのがわかった。
「……嘘だろ……」
グレイの声が、震えていた。彼が見つめているのは、レオではない。もう一人の、名もなき青年の方だった。
「レオ……?」
リリアの声は、囁くように、か細かった。
そこに立っていたのは、リリアが探し求めていた「兄」のような存在、レオ。そして、グレイが救えなかった、かつてのパーティーにいた、名もなき青年。
二人は、俺が戦った『影のミナト』と同じ、何の感情も宿さない、空っぽの瞳で、こちらを見ていた。
『彼らは、試練の途中で心を壊され、私の「人形」になったのよ』
「監視者」の少女の声が、楽しそうに頭の中に響く。
『あなたたちへの想いと、あなたたちを守れなかった後悔だけを、力の源にして動く、とても健気な、操り人形たち。素敵でしょう?』
「てめえ……!」
グレイが、獣のような咆哮を上げた。
「なんて、ことを……!」
リリアは、その場に崩れ落ちそうになるのを、必死で堪えている。
「さあ、始めなさい」
彼女は、再び玉座に腰を下ろし、優雅に足を組んだ。
「あなたたちの、その手で、かつての仲間を、もう一度殺してごらんなさい。それが、今回の試練の、合格条件よ」
レオと名もなき青年が、ゆっくりと、錆びた剣をこちらに向けた。
その構えは、まさしく、グレイが俺に教えた剣の基本、そのものだった。




