第66話「螺旋の階段と澱む空気」
「……行くぞ」
グレイが、短く告げた。彼の言葉を合図に、俺たちは、目の前に口を開ける巨大な螺旋階段へと、その第一歩を踏み出した。
一歩、また一歩と、暗闇の中へと下っていく。
階段は、鍾乳洞と同じ、ひんやりとした石でできていた。だが、あの幻想的な光はなく、ただ、俺たちが持つランプの灯りだけが、頼りなく周囲を照らしている。
「なあ、この階段、どこまで続いてるんだ……?」
しばらく下り続けたところで、俺は壁に手をつきながら尋ねた。
下を見ても、ただ底知れない闇が広がっているだけで、終わりが見えない。
「さあな。だが、もう後戻りはできねえ」
グレイが言う通り、俺たちが下りてきたはずの階段は、いつの間にか闇に溶けるようにして消え去っていた。またしても、道は一方通行らしい。
「ミナトさん、グレイさん……。なんだか、空気が……」
リリアが、不安げに呟いた。
彼女の言う通りだった。下へ行けば行くほど、空気がねっとりと、そして重くなっていくのを感じる。
それは、ただ湿気が多いというだけではない。
悲しみ、後悔、絶望。そんな、負の感情が凝縮されて、澱のようになった空気が、俺たちの肺を、そして心を、じわじわと蝕んでいくようだった。
「チッ。精神攻撃まで仕掛けてきやがったか」
グレイが、悪態をつく。
「二人とも、気をしっかり持て。こんなもんに、心を食われるなよ」
「ああ……」
「うん……」
俺とリリアは、かろうじて頷いた。だが、呼吸をするたびに、ネガティブな思考が頭をよぎる。
本当に、この先に答えはあるのか? 俺は、本当にA級に相応しいのか? レオは、本当に生きているの?
「ミナト!」
不意に、グレイの鋭い声が飛んだ。
「お前の剣を見ろ!」
俺は、はっとして、手の中の『星詠み』に視線を落とした。
すると、刀身に宿る無数の星々が、まるで呼吸をするように、明滅を繰り返していた。
そして、その光が、俺たちの周りに澱む重い空気を、少しずつ浄化していくのがわかった。
「これは……」
「その剣が、俺たちを守ってやがるんだ。さすがは、伝説級のアーティファクト、てとこか」
グレイは、少しだけ安堵したように息をついた。
『星詠み』の光のおかげで、息苦しさはだいぶ和らいだ。
俺は、改めて、この剣の持つ力の大きさを実感する。
どれほどの時間を下り続けたのか、もはやわからなかった。
やがて、階段の先に、ぼんやりとした赤い光が見えてきた。
「……出口か?」
「いや、違うな。あれは、もっと禍々しい光だ」
グレイが、大剣の柄を握り直す。
俺たちも、警戒しながら、ゆっくりと光の元へと近づいていった。
階段の終わり。
そこに広がっていたのは、広大な円形の闘技場のような場所だった。
地面は、干からびた血で赤黒く染まり、壁には無数の剣や斧が突き刺さっている。そして、闘技場の中心で、鬼火のような赤い炎が、いくつも燃え盛っていた。
ここは、一体……。
「ようこそ、次の舞台へ」
俺が呆然としていると、闘技場の反対側にある観覧席に作られた一つの玉座から、あの声がした。
監視者の少女が、足を組み、頬杖をつきながら、楽しそうに俺たちを見下ろしていた。
「ずいぶんと、時間がかかったじゃない。待ちくたびれちゃったわ」
その素の口調には、退屈を紛らわせてくれるおもちゃが、ようやく現れたことへの、純粋な喜びが滲んでいた。




