第64話「夜明け前の誓いと旅立ちの準備」
リストを見つけた夜、俺たちはほとんど眠ることができなかった。
それぞれの胸に、新たな決意と拭い去れない不安が渦巻いていたからだ。
夜が明けきらない薄紫色の空の下。俺は一人、宿屋の中庭で『星詠み』を振るっていた。
「……眠れないのか」
不意に、背後からグレイの声がした。
振り返ると、彼もまた、大剣の手入れをしながら、俺を見ていた。
「まあな。色々、考えちまって」
「フン。お前にも、眠れねえ夜があるとはな」
グレイは、憎まれ口を叩きながら、俺の隣に腰を下ろした。
「なあ、グレイ」
俺は、剣を振るうのをやめ、彼に向き直った。
「あんたは、どうなんだ。リリアの探し人が見つかって……。いや、まだ生きてるかどうかもわからないけど」
「……どう、とはなんだ」
「あんたの後悔も、少しは、晴れるのかってことだよ」
俺の真っ直ぐな問いに、グレイは少しだけ目を伏せ、そして、遠くを見るような目で呟いた。
「……さあな。わからん。だが、もし本当に、あの女の言う通り、レオとやらが生きてるなら……。そして、俺たちがそいつを、今度こそ救い出すことができたなら。あるいは……」
グレイは、そこで言葉を切った。だが、俺には、その先に続く言葉が、痛いほどわかった気がした。
彼が救いたいのは、レオという青年だけじゃない。その青年に、かつて救えなかった名もなき仲間の姿を、重ねて見ているのだ。
「……私も、眠れなくて」
そこに、リリアがやってきた。その手には、温かいミルクが入った、三つのカップが乗った盆があった。
「二人とも、これを飲んで。少しは、落ち着くと思うから」
「ああ、ありがとう」
「……すまんな」
俺とグレイは、それぞれカップを受け取った。
温かいミルクが、冷えた身体に、そして、張り詰めていた心に、じんわりと染み渡っていく。
「私、怖かったの」
リリアが、ぽつりと呟いた。
「レオの名前を、あのリストの中に見つけるのが。そこに名前があったら、本当に、彼が死んじゃったって、認めなくちゃいけない気がして」
「リリア……」
「でも、今は違う。あの女の言葉が、嘘か本当かなんて、どうでもいい。ただ、可能性があるなら、私はそこへ行きたい。この目で、確かめたい」
彼女の瞳は、もう揺れていなかった。
「そして、もし、本当にレオが苦しんでいるなら……。今度こそ、私が、助けるの」
その言葉は、もはや「優しさ」だけではない。仲間を守り、運命に抗うという、確かな「強さ」を宿していた。
「……フン。ようやく、腹が決まったみてえだな、二人とも」
グレイが、ミルクを飲み干して、立ち上がった。
「なら、感傷に浸るのは、ここまでだ。準備するぞ」
「準備?」
「ああ。今日、このまま『アビス』に戻る。もう、一日たりとも、無駄にしてる暇はねえ」
グレイの言葉に、俺とリリアは顔を見合わせ、そして、力強く頷いた。
「ああ!」
「うん!」
俺たちの答えを聞いて、グレイは、満足そうに笑った。
「よし、行くぞ。俺たちの、本当の戦いを、始めに」
空が、白み始めていた。それは、俺たちの新たな旅立ちを告げる夜明けの光だった。




