第5話「無様な剣筋と最初の教え」
翌朝、俺は身体の節々の痛みで目を覚ました。硬い石の上で雑魚寝したせいだ。
隣では、リリアがまだ静かな寝息を立てている。グレイの姿は、すでになかった。
「……起きたか、ガキ」
部屋の外から、低い声がした。出てみると、グレイが通路の壁に寄りかかり、腕を組んでこちらを見ていた。
「……おはようございます」
俺は、不貞腐れた声で挨拶した。
「リリアが起きるまで、少し付き合え。その無様な剣筋を、少しはマシにしてやる」
「え?」
「勘違いするな。お前のためじゃねえ。足手まといにウロチョロされると、こっちの身が危ういからだ」
グレイはそう言うと、俺から錆びた剣をひったくった。
「構えてみろ」
「……こうか?」
俺はラノベの挿絵を思い出しながら、それっぽいポーズを取ってみせる。
グレイは、盛大にため息をついた。
「話にならんな。足の開き、腰の入れ方、腕の角度、全部だ。そんな構えじゃ、ゴブリンどころかスライム一匹斬れん」
「なっ……! 昨日、俺はゴブリンを倒したぞ!」
「リリアの助けがあって、まぐれでな。もう一度同じことができるか?」
グリっと睨まれ、俺は言葉に詰まる。確かに、もう一度やれと言われても、できる気はしなかった。
「いいか、よく聞け。剣ってのは、腕で振るんじゃねえ。腰で振るんだ」
グレイは俺の後ろに立つと、ぐいっと俺の腰を掴んで捻らせた。
「うわっ!?」
「こうだ。腰の回転を、腕に、そして剣先に伝える。体全体を一つのバネみてえに使うんだ」
「こ、こうか……?」
言われるがままに、見様見真似で素振りをしてみる。
「違う。手首が死んでる。もっと柄をしっかり握れ。だが、力むな」
「無茶苦茶言うなよ!」
「これが基本だ。これができなきゃ、お前は次の戦闘で確実に死ぬ」
グレイの言葉には、冗談の色が一切なかった。その真剣な眼差しに、俺はゴクリと唾を飲む。
それから一時間ほど、俺はグレイの指導のもと、ひたすら素振りを繰り返した。
「もっと腰を落とせ!」
「腕が開きすぎだ!」
「剣の重さに振り回されるな! お前が剣を振るんだ!」
罵声に近い指示が、絶え間なく飛んでくる。汗が目に入り、腕は鉛のように重い。
だが、俺は必死に食らいついた。悔しい。この男に、これ以上無様だと思われたくない。その一心だった。
「……ミナトさん? グレイさん?」
部屋から、リリアが顔を覗かせた。
「リリア……」
「おはよう。二人とも、何をしていたの?」
「こいつのリハビリだ」
グレイはそう吐き捨てると、俺から剣を奪い返して突き返した。
「少しはマシになった。だが、まだ話にならんレベルだ。勘違いするなよ」
「……わかってるよ」
俺は息を切らしながら答えた。腹は立つが、ほんの少しだけ、剣が軽く感じられるようになっていた。昨日までとは違う、確かな感覚が腕に残っている。
「さあ、行くぞ。今日はもう少し下まで潜る」
グレイはそう言うと、さっさと準備を始めてしまった。
「え、でも、ミナトさんはまだ……」
リリアが心配そうに俺を見る。
「大丈夫だ。行ける」
俺は、リリアに向かって頷いてみせた。
「それに、足手まといのままじゃ、いられないからな」
それは、グレイにではなく、自分自身に言い聞かせるような言葉だった。
グレイは何も言わず、ただ俺を一瞥しただけだった。その目にどんな感情が宿っていたのか、俺にはまだわからなかった。




