第58話「俺だけの武器と絆の力」
「――ミナト! 下を向くな!」
グレイの怒号が、絶望に沈みかけていた俺の意識を、強引に引き戻した。
「お前は、そいつと何が違う! 目を逸らすな、考えろ! お前にあって、そいつにないものは、何だ!」
俺にあって、こいつにないもの……?
俺は、目の前の、空っぽの瞳をした『自分』を、もう一度見つめた。
強い。速い。迷いがない。俺が持っていなかった、全ての才能を持っている。
だけど、こいつの瞳は、何も映していない。ただ、敵を破壊するためだけの、空虚な器だ。
そうだ。こいつには、ない。 俺が、この世界に来て、手に入れた、たった一つの、そして何よりも大切なものが。
「……仲間だ」
俺は、ぽつりと呟いた。
「え……?」
「俺にあって、こいつにないもの。それは、仲間だ!」
俺は、ゆっくりと立ち上がった。
視界の端に、傷だらけで俺を支えようとするグレイと涙を浮かべながらも、必死に杖を構えるリリアの姿が映る。
「俺は、一人じゃない! 俺の力は、俺だけのものじゃないんだ!」
『あら、面白いことを言うのね』
監視者の少女の声が、頭の中に響く。
『仲間なんて、弱さの言い訳でしかないと思っていたけれど。その脆い絆が、力になるというの? 見せてみなさいよ、その答えを』
その声は、相変わらず俺たちを観察するような冷たい響きを持っていた。
「ああ、見せてやる!」
俺は、『星詠み』を構え直した。今度は、ただ闇雲に力を求めるのではない。
俺の背後には、仲間がいる。
グレイが教えてくれた剣の道筋。リリアが与えてくれた立ち上がるための癒しの光。その全てが、俺の力だ。
「リリア!」
俺は叫んだ。
「俺に、回復魔法はいらない! 残ってる魔力の全てで、援護を頼む!」
「え、でも、ミナトさんの身体が……!」
「いいから、やれ! 俺はもう、倒れない!」
俺の決意を感じ取ったのか、リリアは一瞬ためらった後、力強く頷いた。
「わかった! 信じてる、ミナトさん!」
「グレイ!」
「……なんだ」
「あんたなら、わかるだろ。こいつの、次の動きが」
「フン。お前自身の動きだろうが」
「頼む!」
俺が叫ぶと、グレイは、ふっと口元を緩めた。
「……来るぞ、ミナト! 次は、右上段からの、叩き割りだ!」
グレイの言葉と同時に、『影のミナト』が動いた。
その動きは、寸分違わず、グレイの予測通りだった。
「そこだ!」
俺は、攻撃を待って受けるのではない。
その一歩先へ、自ら踏み込んだ。相手が剣を振りかぶるその懐へ。
『星詠み』が、俺の意志に応えるように、青白い光を放つ。
俺は、ただ、仲間を信じた。
グレイの「読み」を信じ、リリアの援護を信じ、そして、この剣が応えてくれることを、信じた。
「これが、俺の答えだ!」
俺の剣は、『影のミナト』の剣よりも、速く、そして鋭く、奴の鎧の隙間――心臓部――へと、吸い込まれるように突き刺さった。
手応えは、なかった。まるで、幻を斬ったかのように、俺の剣は空を切る。
『影のミナト』は、驚いたように、初めてその空っぽの瞳で、自分の胸を見た。
その体は、足元からゆっくりと光の粒子となって、崩れ始めていた。
『――見事、と言うべきかしら』
監視者の少女の声が、静かな洞窟に響く。
『まさか、本当に「自分」を超えてしまうなんて。ええ、とても、とても面白かったわ』
その声には、初めて、純粋な賞賛とほんの少しの人間的な熱が混じっているような気がした。




