第57話「鏡との死闘と見せつけられる差」
「ぐっ……うおおおおっ!」
俺は、歯を食いしばりながら、『影のミナト』が振り下ろす黒い剣を押し返そうとする。
だが、奴の力はあまりに強大で、俺の身体は少しずつ、地面へと押し付けられていく。
「ミナト、手を貸す!」
グレイが、大剣を構えて駆け寄ろうとする。
「来るな、グレイ!」
俺は、叫んだ。
「こいつは、俺の敵だ! 俺が、一人でやる!」
「馬鹿野郎! そいつは、お前自身なんだぞ! まともにやり合って、勝てる相手じゃねえ!」
グレイの言う通りだった。『影のミナト』の剣筋は、俺自身が知る、俺の動きそのものだ。
だが、その一振り一振りに、俺にはないものが宿っていた。
迷いのない、完璧な精度。 躊躇のない、純粋な殺意。 そして、力の全てを、効率的に破壊へと転換する圧倒的な戦闘センス。
こいつは、俺が持ち得なかった才能の塊。理想の、俺の姿だった。
「はあああっ!」
俺は、力の限りを込めて剣を弾き返し、一度距離を取る。
「ミナトさん!」
「リリア、手を出すな! これは、俺の戦いだ!」
俺は、再び『影のミナト』と向かい合う。
奴は、何も言わない。ただ、空っぽの瞳で、俺を排除すべき対象として見ているだけだ。
『そうよ。それでいいの』
不意に、監視者の少女の声が、頭の中に響いた。
『仲間なんて、当てにしちゃだめ。あなたは、一人で強くならなくちゃ。彼のようにね』
「黙れ!」
俺は、空に向かって叫んだ。
「俺は、こいつとは違う!」
俺は、再び地面を蹴った。
今度は、ただ力任せに打ち合うのではない。グレイとの訓練を思い出す。相手の動きを、読め。
『影のミナト』が、横薙ぎに剣を振るう。
俺は、その動きを予測し、低くしゃがみ込んでそれをかわす。
そして、がら空きになった胴体へ、カウンターの一撃を叩き込む。
手応えは、あった。 だが、『影のミナト』は、俺の一撃が当たる寸前に、自らの腕の鎧でそれを受け止め、ダメージを最小限に抑えていた。
そして、即座に、蹴りを放ってきた。
「ぐはっ!」
腹にめり込む、強烈な一撃。俺は、数メートルも吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「ミナトさん!」
リリアの悲痛な叫び声が聞こえる。
「……強え……。めちゃくちゃ、強い……」
俺は、咳き込みながら、なんとか立ち上がった。
俺の動きは、全て読まれている。それどころか、俺が次に何をしようとするか、俺自身よりも、奴の方が正確に理解しているかのようだ。
これが、俺の理想の姿?
ふざけるな。こんな、ただの殺戮人形が、俺の理想であるものか。
『あらあら。もう、終わりかしら?』
監視者の少女の、どこか退屈そうな声が響く。
『あなた、彼に勝つつもりなんでしょう? その程度で、どうやって自分を超えるというのかしら。期待外れも、いいところね』
その声は、俺の心を、じわじわと絶望で満たしていく。
勝てない。 こいつには、勝てない。
技術も、力も、覚悟も、全てにおいて、俺はこいつに劣っている。
俺が、諦めかけた、その時だった。
「――ミナト! 下を向くな!」
グレイの、雷のような怒号が、俺の鼓膜を打った。
「お前は、そいつと何が違う! 目を逸らすな、考えろ! お前にあって、そいつにないものは、何だ!」
俺にあって、こいつにないもの……?
俺は、目の前の、空っぽの瞳をした「自分」を、もう一度見つめた。
そして、気づいた。
そうだ。こいつには、ない。
俺が、この世界に来て、手に入れたたった一つの何よりも大切なものが。




