第56話「星降りの洞窟と鏡合わせの敵」
カツン、カツン……。
静寂に包まれた『星降りの洞窟』に、規則正しい足音が響き渡る。
それは、俺たちの背後から、ゆっくりと、着実に近づいてきていた。
「……なんだ、今の音は」
俺は、『星詠み』の柄に手をかけながら、慎重に振り返った。
「ミナトさん、あれ……!」
リリアが、息を呑んで俺たちの来た方向――水底の階段――を指さす。
階段の上から、一つの人影が、ゆっくりと降りてくるところだった。全身を、黒曜石のような、光を吸い込む漆黒の鎧で覆っている。
その手には、俺が持つ『星詠み』と瓜二つの、星々を宿した黒い剣が握られていた。
そして、何よりも俺を驚かせたのは、その顔だった。兜はつけていない。
そこに現れたのは、紛れもなく、俺自身と全く同じ顔だった。
「な……なんだよ、あれ……。俺……?」
俺は、目の前の信じられない光景に、言葉を失った。
黒い鎧を纏ったもう一人の俺は、何も言わない。ただ、その目に、何の感情も宿さない、空っぽの瞳で、じっとこちらを見ているだけだ。
「……ドッペルゲンガーか?」
グレイが、大剣を構えながら、低い声で呟いた。
「いや、違う。あれは、ただの幻影じゃねえ。実体がある。それも、とんでもなく、嫌なプレッシャーを放ってやがる」
その時、俺たちの脳裏に、再びあの声が響いた。鈴が鳴るような可憐な声。
『ふふっ、驚いたかしら?』
「監視者」の少女の声だ。その声は、心の底から楽しんでいるようだった。
『それは、私があなたのために用意した最高の「鏡」よ。あなたの心の奥底にある、あなた自身も気づいていない、純粋な闘争心と、破壊衝動。それを形にしたのが、「影のミナト」よ』
「影の、ミナト……?」
『あなたは、いつも迷ってばかり。仲間を守りたい、強くなりたいと願いながら、その力の使い方を、心のどこかで恐れている』
少女の声のトーンが、ふっと素に戻る。
『でも、彼は違う。彼は、迷わない。躊躇しない。ただ、目の前の敵を、純粋な力で、効率的に破壊するためだけに存在する。あなたが、本当はそうありたいと願っている、もう一人のあなた自身の姿よ』
「ふざけるな! 俺は、あんな……!」
俺は、あの空っぽの目をした化け物が、自分自身だなんて認めたくなかった。
『さあ、始めましょうか。三度目の試練を』
少女の声が、再び形式張った丁寧な口調に戻った。
『――あなた自身を、超えてみなさい』
その言葉が、合図だった。
『影のミナト』は、その場でふっと姿を消した。
「どこへ消えた!?」
グレイが叫ぶ。
「上だ!」
俺は、咄嗟に上を見上げた。
『影のミナト』は、音もなく俺の真上に移動し、その黒い『星詠み』を、俺めがけて振り下ろそうとしていた。
キィィィン!
俺は、間一髪でその一撃を自分の『星詠み』で受け止める。
凄まじい衝撃。まるで、グレイと打ち合った時のような、いや、それ以上の重圧が、腕にかかる。
「ぐっ……!」
「ミナトさん!」
「ミナト!」
リリアとグレイの声が聞こえる。だが、俺は目の前の「自分」から、目を離すことができなかった。
空っぽの瞳。何の感情も浮かんでいないのに、その剣からは、純粋な殺意だけが、ひしひしと伝わってくる。
こいつは、本気で、俺を殺しに来ている。




