第54話「水中の牙と突破口」
「グルルルルォォォォッ!」
目の前の水棲モンスター――グレート・イールとでも呼ぶべきか――は、巨大な口を開けて威嚇の咆哮を上げた。
その巨体から放たれるプレッシャーは、リーパーほどではないにせよ、そこらの雑魚モンスターとは比較にならない。
「チッ、今度は水遊びのお時間かよ。とことん、俺たちの嫌がることをしてきやがる」
グレイが、大剣を構えながら悪態をつく。
「どうする、グレイ! あいつ、水から出てくる気配がないぞ!」
俺が叫ぶ。
奴は、川の流れの中に巨体を潜ませ、いつでも飛びかかれる体勢で、じっとこちらを窺っている。
「当たり前だ。奴の土俵は水中だ。こっちが水に入るのを待ってやがるんだ」
「じゃあ、どうやって……!」
「ミナトさん、あれを!」
リリアが、指さしたのは、モンスターの背後、川の中ほどに点在するいくつかの岩だった。
「あの岩を使えば、向こう岸まで渡れるかもしれない!」
「なるほどな。だが、そう簡単に行かせてくれるとは思えんな」
グレイが言った、その時だった。
グレート・イールは、口から粘液質の塊を、弾丸のように吐き出してきた。
「危ない!」
俺たちは、咄嗟に左右に飛びのいてそれを避ける。粘液が当たった壁が、ジュウウ、と音を立てて溶けていく。強酸だ。
「くそっ、遠距離攻撃まで持ってるのかよ!」
「リリア、ミナト! 俺が奴の注意を引きつける! その隙に、お前たちはあの岩まで飛べ!」
グレイが叫ぶ。
「なっ! 無茶だ、グレイ! 一人で相手にする気か!」
「お前が、あの岩の上から『星詠み』の力で奴を仕留めろ! それしかねえ!」
グレイは、俺の返事も待たずに、川岸を走り出した。
「おい、化け物! こっちだ!」
グレイが挑発すると、グレート・イールは巨大な頭部を彼の方へと向けた。
「ミナトさん、行こう!」
リリアに手を引かれ、俺は一瞬ためらったが、すぐに意を決した。
「ああ!」
俺たちは、グレイが作ってくれた隙を突き、最初の岩へと飛び移った。
「よし! リリア、俺に強化魔法を!」
「うん! 風の如き俊敏さを、彼の者に!」
リリアの魔法で、再び身体が軽くなる。
「喰らえ!」
俺は、不安定な足場で体勢を整え、『星詠み』から光の斬撃を放った。
斬撃は、グレート・イールの巨体に命中する。だが、奴の身体は分厚い粘液で覆われており、決定的なダメージには至らない。
「ギシャアアアッ!」
怒り狂ったグレート・イールは、ターゲットをグレイから俺へと変更し、その巨大な尾で、俺のいる岩ごと薙ぎ払おうとしてきた。
「うわっ!」
俺は、間一髪で隣の岩へと飛び移る。先ほどまで俺がいた岩は、尾の一撃で粉々に砕け散った。
「ミナト、口だ! 奴の弱点は、あのデカい口の中だ!」
川岸から、グレイの叫び声が聞こえた。
口の中? どうやって……!
その時、グレート・イールが、再び俺に向かって強酸の粘液を吐き出すために、その巨大な顎を大きく開いた。
今だ!
「星よ、応えろ!」
俺は、全ての意識を『星詠み』に集中させた。
狙うは、ただ一点。無防備に晒された、奴の口の奥。
「この一撃で、決めさせてもらう!」
俺は、強化された脚力で、岩の上から大きく跳躍した。そして、空中から、落下する勢いも利用して、『星詠み』を奴の口の中へと、力任せに突き立てた。
「いっけええええええええっ!」
『星詠み』の刀身が、奴の喉の奥深くへと突き刺さる。
「ギ……ゴ……ア……アアア……」
グレート・イールは、声にならない断末魔を上げ、その巨体を激しく痙攣させた。そして、やがて動きを止めると、ずぶずぶと川の底へと沈んでいった。
俺は、着水と同時に川岸へと転がり込む。
「はぁ……はぁ……やった……のか……?」
「ミナトさん!」
リリアとグレイが、すぐに駆け寄ってきた。
「馬鹿野郎。無茶しやがる」
グレイは、そう言いながらも、その口元には笑みが浮かんでいた。
「あんたに言われたくねえよ……」
俺も、悪態をつきながら笑い返す。
グレート・イールが沈んだ川は、奇妙なことに、その流れを少しずつ緩やかにしていた。
そして、奴が沈んでいった場所を中心に、水面が渦を巻き始め、やがて、そこから石の階段が、ゴゴゴ……という音を立てて、せり上がってきたのだ。
その階段は、川底を通り、向こう岸まで続く、新たな道を形作っていた。
「……道が、できた」
「どうやら、あの化け物を倒すことが、この川を渡るための『鍵』だったみてえだな」
グレイが、階段を見下ろしながら言った。 俺たちは、「監視者」が用意した次なる舞台への道を、自らの手でこじ開けたのだ。




