第53話「仕組まれた道と地下水路」
監視者の少女の声が消え去った後も、その不吉な余韻が、洞窟の中に重く響き渡っていた。
「……今の声、聞こえたか?」
俺が尋ねると、グレイとリリアは、青ざめた顔でこくりと頷いた。
「ああ。頭の中に、直接……」
「私にも、聞こえた……。あの女、やっぱり私たちを見てるんだ……」
リリアは、自分の身を抱きしめるようにして、小刻みに震えている。
「ふざけやがって……」
グレイが、壁を殴りつけて悪態をついた。
「俺たちを、手のひらの上で転がして、楽しんでやがる。どこまでも、悪趣味な女だ」
「なあ、グレイ。どうするんだ? このまま進むのか? あの女の言う通りに?」
俺は、目の前に続く一本道を睨みながら言った。もう、俺たちに引き返す道はない。
進むか、ここで立ち止まるか、その二択だ。
「……決まってるだろ」
グレイは、忌々しげに、きっぱりと言った。
「進むしかねえ。あの女の思惑通りってのが、気に食わねえがな」
「でも、罠だって言ってるようなものだよ!」
リリアが、不安げに言う。
「ああ、罠だろうな。だが、その先に『答え』があるというのも、おそらく事実だ」
グレイは、俺とリリアを交互に見た。
「俺たちの目的は、『アビス』の最深部へ行くことだ。あの女が、ご丁寧にそこへ続く道を用意してくれたってんなら、利用しない手はねえ。どんな罠が待ち構えていようが、全部、叩き潰して進むだけだ」
その言葉には、A級冒険者としての、揺るぎない覚悟が込められていた。
「……そうだな」
俺も、頷いた。
「逃げたって、どうせ追いかけてくる。だったら、向こうの土俵だろうがなんだろうが、乗ってやるしかねえ」
「ミナトさん……」
「大丈夫だよ、リリア。今度は、俺もいる。グレイもいる。三人なら、どんな罠だって、乗り越えられるさ」
俺がそう言って微笑むと、リリアの表情も、少しだけ和らいだ。
「……うん。そうだよね。もう、私、怖がってばかりじゃいられない」
リリアは、ぎゅっと杖を握りしめた。その目には、再び強い光が宿っていた。
俺たちは、決意を新たに、「監視者」が示した一本道を進み始めた。
道は、緩やかな下り坂になっており、先ほどから聞こえていた水の音が、どんどん大きくなっていく。
やがて、俺たちの前に現れたのは、広大な地下水路だった。
天井から染み出した水が、いくつもの小さな滝となって流れ落ち、それが集まって、幅数メートルの川となり、ごうごうと音を立ててダンジョンのさらに奥深くへと流れていっている。
「なんだ、ここは……。第一階層に、こんな場所があったなんて、聞いたことがないぞ」
グレイが、眉をひそめる。
「これも、あの女が作ったってことか……?」
「おそらくはな。地図作成の依頼は、俺たちをここに誘い込むための、ただの口実だったんだろうよ」
川の向こう岸にも、道は続いている。だが、橋のようなものは見当たらない。
「どうするんだ、これ。泳いで渡るのか?」
「馬鹿野郎。こんな流れの速い川に飛び込んだら、一瞬で流されるぞ。それに、水の中に何が潜んでるかもわからん」
グレイが、川面を睨みつけた、その時だった。
ザバァッ!
静かだった川面が、突如として大きく盛り上がり、そこから、巨大な何かが姿を現した。
それは、蛇のような体に、魚のようなヒレを持つ、巨大な水棲モンスターだった。目はなく、代わりに、巨大な口が裂け、無数の牙がびっしりと並んでいる。
「グルルルルォォォォッ!」
モンスターは、俺たちを獲物と認識し、威嚇するように咆哮した。
どうやら、「監視者」が用意した次の舞台の役者は、もう揃っているらしい。




