第48話「訓練前夜とギルドのざわめき」
その日の夜、俺たちはそれぞれの目的のため、再び冒険者ギルドへと足を運んだ。
昼間の喧騒とは打って変わり、夜のギルドはより荒々しく、そして濃密な熱気に満ちていた。
酒の匂い、大声で武勇伝を語る冒険者たちの笑い声、吟遊詩人が奏でる物悲しいリュートの音色。
それら全てが混じり合い、独特の雰囲気を醸し出している。
「さて、俺は少し野暮用がある。お前たちは、そこで適当に時間を潰してろ。面倒には、巻き込まれるなよ」
グレイはそう言うと、人混みの中に紛れるようにして、ギルドの奥へと消えていった。
おそらく、彼なりの情報収集なのだろう。
「ミナトさん、私たちはどうしようか?」
リリアが、少し不安げに俺の顔を見上げた。
彼女のような可憐な少女が一人でいるには、この場所は少しばかり柄が悪すぎる。
「そうだな……。あ、そうだ。あっちに依頼掲示板がある。どんな依頼があるのか、見てみないか?」
俺は、壁一面に羊皮紙が張り出された一角を指さした。
「うん、そうだね!」
リリアも頷き、俺たちは人波をかき分けるようにして掲示板へと向かった。
掲示板には、多種多様な依頼書が、ランク別に分けられて張り出されていた。
「えーっと、『F級依頼:薬草採取。ギルド裏の森にて。報酬、銅貨五枚』……。安いな」
「こっちは、『D級依頼:ゴブリンの巣の討伐。『アビス』第三階層。報酬、銀貨三十枚』か」
「あ、見てミナトさん! 『B級依頼:ワイバーンの討伐。北の山脈にて。報酬、金貨百枚』だって! すごいね!」
リリアが、目を輝かせながら指さす。
俺は、その依頼書に書かれた「B級」という文字を見ながら、自分たちの現在地を改めて思い知らされた。
今の俺は、まだE級。ゴブリン討伐すら、一人では受けられないレベルだ。
「……早く、強くならないとな」
俺がぽつりと呟くと、リリアが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
「大丈夫だよ、ミナトさんなら。だって、グレイさんも認めてたじゃない」
「だと、いいんだけどな……」
その時だった。
「よう、そこのお二人さん。少し、いいかい?」
不意に、背後から声をかけられた。
振り返ると、そこに立っていたのは、優男風の人の良さそうな笑みを浮かべた魔術師の男だった。
「何か用でしょうか?」
リリアが、丁寧に応対する。
「いや、君たちが、あの『星詠み』を持つ噂のルーキーとその連れのヒーラーさんじゃないかと思ってね。俺は、ケイン。しがないC級の魔術師さ」
ケインと名乗る男は、にこやかに自己紹介した。
「俺はミナトで、こっちはリリアだ」
「知ってるよ。君たちの噂は、もうアークライト中に広まってるからね。それで、一つ、提案があるんだが……俺たちとパーティーを組まないか?」
「パーティー……?」
「ああ。君のその剣とリリアさんの回復魔法があれば、俺の攻撃魔法がもっと活きる。俺たちなら、すぐにB級、いや、A級だって目指せるはずだ! どうだい、悪い話じゃないだろう?」
ケインは、自信満々にそう言った。
彼の言葉は、一見すると魅力的に聞こえた。だが、俺はすぐに首を横に振った。
「悪いが、断る。俺たちには、もう仲間がいるんでね」
「仲間? ああ、A級のグレイのことかい? でも、彼はソロで活動することが多いと聞く。それに、君ほどの逸材が、いつまでも彼の言いなりになっている必要はないだろう?」
ケインの言葉は、巧みに俺の自尊心をくすぐり、グレイへの不満を煽ろうとしているのが透けて見えた。
「大きなお世話だ。俺は、グレイに教えを受けてる。それに、俺たちの目的は、ただランクを上げることじゃないんでね」
俺がきっぱりと断ると、ケインは一瞬だけ、その人の良さそうな笑みの奥に、冷たい光を宿らせた。
「……そうかい。残念だな。まあ、気が変わったら、いつでも声をかけてくれ」
ケインはそう言うと、あっさりと人混みの中へ消えていった。
「……何だったんだ、今の」
「わからない……。でも、なんだか、少し怖い感じがしたね」
リリアも、不安げに呟く。
ギルドマスターの警告が、再び頭をよぎる。この剣を持つということは、こういう面倒ごとに、常につきまとわれるということなのだ。
「悪いな、待たせた」
そこに、グレイが戻ってきた。
「どうだった? 何か分かったか?」
「いや、大した情報はなかった。だが、一つだけ、気になる噂を耳にした」
グレイは、声を潜めて言った。
「最近、このアークライトで、冒険者が何人か、立て続けに行方不明になってるらしい。それも、全員、そこそこの腕利きの奴らばかりだ」
「行方不明……?」
「ああ。アビスで死んだのなら死体が見つかるはずだが、それもない。まるで、神隠しにでも遭ったように、忽然と姿を消すんだとよ」
その話は、俺の心に、新たな、そして不吉な影を落とした。
『星詠み』を狙う者たち。リリアの過去。そして、冒険者の連続失踪事件。
この街には、俺たちがまだ知らない、深い闇が渦巻いている。
俺は、明日から始まる訓練の意味を、改めて噛み締めていた。
ただ強くなるだけじゃない。この複雑に絡み合った謎と、悪意に満ちた世界で生き抜くために、俺は、強くならなければならないのだ。




